第36話 ノンノン不安要素
ナナシ達が迷宮内で強制転移という罠に嵌った一方その頃。
ナナシ達という戦力を失ったサイラス旅館では、代わりに二人の女性冒険者がピンチヒッターとして働いていた。
「注文内容を確認させていただきます。
ザールのグリル焼きが一点。エメマンサラダが一点。根菜スープが一点。
それでは少々お待ちください。三番テーブルオーダー入りました!」
「はい、こちらカンマンの包み焼きでございます。お熱いのでお気を付けください」
巧みな接客で捌いていくのは、赤ランク冒険者のハンナとアローマ二人だ。
この二人が働いているのは、ナナシとの約束を果たすためである。
冒険者によって培われたスタミナによって、彼女達からは“疲労”という二文字は感じられない。
また、様々な魔物や人と関わっていた経験から、臨機応変に物事へ対応している。
そんな二人はサイラス旅館の正規従業員四名のうち二人も足りないというのに、そのハンデを感じさせないほどの働きぶりであった。
朝食のラッシュ時を終えて束の間の休憩時間。
丁度誰も客がいなくなったタイミング。
カティーのオススメの着物を着る二人は緊張感を解くように大きく息を吐いた。
「ハァ~、疲れた~。いや、疲れてないんだけど、精神的に疲れたっていうか」
「さすがに冒険者でもこんな入れ替わり入れ替わりで人と対応しないからね」
モップを支えに寄りかかるハンナ。
そんな彼女の愚痴をアローマは苦笑いしながら答えた。
すると、そんな二人を見てカティーが近づいてくる。
「ハンナさん、アローマさん、お店の手伝いをしてくださりありがとうございます。
ナナシさんから『自分達がいない代わりに助っ人が来るよ』と言われてたんですが、どんな人かと思って不安で......でも、全然杞憂でした」
「ふふっ、あたし達はまだ冒険者ランクが低かった下積み時代に、同じように宿屋でバイトしてたことがあるからね。
その経験が活きてるだけよ。ま、まさかこの年齢になってまでやるとは思わなかったけど」
「お二人は冒険者だったんですか?」
「あら、ナナシは言ってなかったの?」
アローマは目を丸くした。
あの如何にも口が軽そうな道化師ならてっきり言ってるものと思っていたからだ。
そんな道化師が話題に出て、ハンナはまたしても大きく息を吐いた。
「ハァ~、でも実際騙されたってのもあるわよね」
「なんですか! うちの従業員が粗相をしたのならすぐに教えてください! すぐさま教育し直しますので!」
ハンナの言葉に意気込むカティー。
明らかにナナシに対して当たりが強い。
そんな看板娘を「どうどう」と落ち着かせるアローマは、ハンナの悩みを明かした。
「大したことじゃないわよ。単に目当ての男が来ないってだけだから」
「あ、そういう......」
「ハァ~、騙された~。知らせてくれた時、『選り取り見取りの殿方がやって来るよ』とか言ってたのに。
確かに来てくれるけどまだ若かったり、弱いくせにえばり散らしてるやつだったりで全然だよ全然。
これで今後も全然来なかったら体で支払ってもらおうかしら!」
「お連れさんもだいぶこう......なんというか」
「飢えてるだけよ。数か月ほど飯を抜いたアーギルタイガーのように」
ハンナの姿が段々とよだれを垂らす肉食獣に見えてきたカティー。
事実、カティーのその認識は相方のアローマの言葉により正しい認識だったようだが。
「「っ!」」
その時、ハンナとアローマは旅館の近くに何十人もの殺気立った人間の気配を感じた。
二人は示し合うように顔を見合うと、同時に頷いていく。
「カティーちゃん、ここで待ってて。それから、サイラスさんにも同じように」
急にハンナが真剣な顔つきでカティーに指示を出した。
瞬間、ハンナとアローマの冒険者としての風格が伝わり、カティーは不安な顔をする。
「どうしたんですか?」
そして、カティーが尋ねる問いに二人は不敵な笑みで答えた。
「「狩りの時間」」
ハンナとアローマは厨房の方に置いてあった剣と大槌を持ち、旅館の外へと出た。
すると、二人の周りには店を取り囲むように大勢の男達が立っている。
「おいおい、ここにはもう従業員が居ねぇんじゃなかったのかよ?」
「どっちだっていいだろ。それよか女だぞ?
看板娘も好きなようにしていいって言ってたし、こいつらもいいかな? いいよな!」
「ん?......すーっ、なんかどこかで見たことあるような顔のような......」
「ハハハッ、そんな武器持ってたかだか女二人がこの数にどうに出来ると思ってんのか?」
ハンナとアローマを見て数人の男達が各々言葉を吐きだす。
女性にとってあまりにも耳障りな言葉の数々。
さぞ二人は怒りに満ちているだろう――と思いきや、二人の反応は違った。
「あり、なし、保留。なし、なし、絶対なし」
「う~ん、あたし的には悪くないけどな。あ、あっち良さそうじゃない?」
二人は品定めしていた。
さぞ功名な料理人が食材を見ながら、良し悪しを判断するように。
男達の戯言などに耳を傾けるよりも、よっぽど重要な仕事だと主張するかのように。
「どうやらナナシの言葉は間違ってなかったみたいね」
「問題はここからよ。選んだ相手が私達よりも強いかどうか。
さて、始めましょうか――テイスティングを!」
ハンナとアローマは武器を構えた。
同時に、男達の殺気を飲み来んばかりの性欲を覇気として現した。
その瞬間、男達のシンボルは縮こまったという。
*****
洞窟の中を探索中のナナシとゴエモン。
ゴエモンはサイラス旅館の様子が気になり、ナナシに話しかけた。
「そういや、旅館の方大丈夫かな?
指名依頼のせいでこっち優先しなきゃいけなくなったんだけど」
「指名依頼は大体が街や国規模での影響が及ぼされる場合に、実力のある冒険者がその脅威を排除もしくは調査するためだからね。
だから、レイモンドがいるとはいえ、ビギナーである俺達にも使命が入るのは異常」
「つまりは、天下の冒険者ギルド様の支部組織がクズジヤンとズブズブってことだろ?
俺達がいない間に旅館を潰そうと......今更だが、なんで普通に受けたんだ?」
明らかに旅館が脅威とわかっているにもかかわらず、依頼を受けることを決定したのはナナシだ。
その決定には他三人には何の相談も無かった。
故に、ゴエモンの疑問は当然である。
いくらレイモンドの旧友とはいえ、彼からすればナナシのことは何にも知らないのだから。
ナナシは振り返り、後ろ歩きで洞窟を進みながら答えた。
「嬉しいね、ミュウリンを普通の仲間として扱ってるからのその発言。
だけど、世の中はちょいと複雑なんだ。なんたって人間には感情があるからね」
「あっ......そうだったな」
鬼人族であるゴエモンの故郷“鬼ヶ島”は、人類が集約する本土から離れた島国だ。
そして、鬼が島は本土に比べると魔族による襲撃は全くと言っていいほどなかった。
故に、魔族に対して鬼人族の憎悪はほとんどないのだ。
他クラスの有名人を友達から噂程度に聞く距離感。
好きか嫌いかも判断しえないような立ち位置。
だからこそ、見えるのは俯瞰した視点がある。
冒険者ギルドでのナナシとミュウリンが他の冒険者達としていたやり取り。
その時に向けられていた魔族に対する憎悪を。
「クズジヤンの狙いとしては、ミュウリンを魔族とすることで指名依頼を拒否しにくくした。
ミュウリンが魔族であるかどうかなんて関係ない。依頼を受けさえすればいいだけだから」
「そして、俺達が依頼を受けてる間に......つまりは旅館からいない時間を作るために」
「で、そこでもちろん対抗策は打ってあります!
数日前に俺の両サイドに冒険者の女性がいるでしょ?
その二人に任してある。今頃溌剌としてるかな~」
ゴエモンは二人の女性冒険者の姿を思い出した。
そして、彼自身思うことがあるように腕を組んで少し考える。
しかし、すぐに頭を横に振った。
「ま、勇者のお前さんが言うなら信じるだけでいっか」
「今は道化師さ。にしても、まさかもうそこまで信用されるとはね」
「信用はまずこっちがしてからなんぼだろ。
それにお前さんは俺が信用してるレイモンドに信用されてる。
レイモンドが言うには、それってお前さんを信用してることになるだろ?」
「おいおい、口説くなよ。本気にしちゃうだろ」
「すんな」
そんな話を続けていると、遠くから小さく微かだが音が聞こえてきた。
その音は進行方向に歩いていくにつれ、段々と大きくなっていく。
―――ドクンドクン
まるで心臓のような鼓動音。
一定間隔で大きな音を響かせている。
「何の音だ?」
ゴエモンは不安そうな顔をする。
その一方で、ナナシはずんずんと先へ進んだ。
やがて、ナナシがとある空間の入り口で止まる。
三十センチほど下にズレた広い空間。
その正面には正しく何かの心臓にしか見えない物体がある。
それは一定間隔で鼓動し、常に淡い紫のネオンカラーの光を放っていた。
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