第35話 ペア
ナナシの<魔力探知>による視界が、異常な魔力の放出によって白一色に包まれてから数秒後。
彼は寝そべっていた体を起こし、周囲を確認した。
いる場所は人が三人程度横に並べる道幅のどこかの洞窟。
一本道のその場所には僅かに魔光石が照らしてるのみで薄暗い。
近くにはゴエモンの姿もある。
数分後、ゴエモンが目を覚ましたようで、目頭を押さえながら起き上がった。
そして、ナナシと同じように周囲を見渡す。
「クソ何が......ってここはどこだ? それにレイモンドとミュウリンの姿もねぇ!」
その疑問に答えたのは土壁に触れるナナシだ。
「恐らく先ほどの転移魔法陣で強制的に転移したようだな」
「転移魔法陣!? それって世界の理に干渉する神域の魔法だぞ!?
それにあの規模......一体何がどうなってやがる!?」
「わからない。それと訂正しておくと転移魔法陣は神域の魔法じゃないぞ。
ただ、発動するために座標を固定し、莫大な魔力が必要ってこと。
それが多くの人に間違った知識を与えているわけだが、一つ言えるのはこの世界ではサラッと使えるタイプの魔法じゃない。
ま、要するになんかメチャクチャなことに巻き込まれたってことだ」
「なにそれ超不味いじゃん!」
ゴエモンは頭を抱えて慌て始めた。
一方で、ナナシは特に変わりなく落ち着いている。
ミュウリンがいないせいか普段のうるささがない。
「なるほど......そんなのが。なるほどね」
ナナシは触れた土壁からわかった情報に頷く。
そんな彼にゴエモンは首を傾げた。
「どうした? 二人の居場所に見当がついたのか?」
「いいや、違うよ。二人に関しては大丈夫ってわかってるから心配してない。
いや、さすがにちょびっとは心配かな。信用が勝ってるだけ。
それよりも俺についてきなよ。面白いもの見られるかもしれないぜ?」
「面白いもの?」
ゴエモンはナナシの言葉の意味が理解できていないようで、先ほどから腕を組みながら首を傾げたままだ。
そんな彼を置いてナナシは相変わらず我が道を行く。
「それじゃ、張り切ってレッツゴー! 道中までしりとりしながら行こうぜ」
「......ハァ、それじゃ、しりとりの“り”からリードローム」
それから、二人はしりとりしながら薄暗い道の中を歩いていった。
―――同時刻
ミュウリンを庇うように抱きしめながら寝転がっていたレイモンドは目を覚ました。
「大丈夫か?」
「うん、レイモンドさんのおかげで大丈夫だよ~」
レイモンドはミュウリンを開放すると、その場に立ち上がる。
場所はナナシ達と同じようなどこかの洞窟の一本道。
ただし、ナナシ達よりも二回りぐらい広い。
「見た限りでも、ここは別の場所みたいだな。さっきのは転移魔法陣だったか」
「強制的に飛ばされた場所がここだったみたいだね。一人じゃなくて良かったよ」
ホッと胸をなでおろすミュウリン。
レイモンドも「そうだな」と同意した。
同時に、彼女はすぐに環境に適応するために情報を整理した。
この転移が迷宮の罠によるものか、もしくは人為的によるものか。
いずれにしろこの場所に留まってもわかるものもわからないだろう。
となれば、取るべき行動は一つしかない、と。
「ひとまず歩くぞ。ここに留まっても何も始まらないからな」
「そうだね。行こうか」
二人は薄暗い道を歩き始めた。
レイモンドが先頭に立ち、ミュウリンが後ろからついていきながら。
しばらく歩いても横道はなく景色も変わらない。
変化があるとすれば、好戦的な魔物が襲ってくるぐらいだ。
「ここはそこそこ深い場所みたいだな。
向かってくる魔物も怯えずに襲ってくるし、多少歯ごたえもある。
ま、手こずるほどじゃねぇけどな」
「レイモンドさんが守ってくれるおかげでボクはすっごい楽だよ。
えへへ、まるでお姫様にでもなった気分だね」
ミュウリンはレイモンドの優しさに触れて上機嫌に笑う。
レイモンドからすれば騎士として当たり前の行動をしてるだけだが。
強制転移という不幸に晒されても変わらず柔らかな空気が続く。
それはミュウリンの性格的な影響もあり、レイモンドがミュウリンが魔族であっても敵視してない故の空気感だ。
そんな空気がしばらく続くと思われた矢先、レイモンドの一言によって空気が少し変わった。
「......お前は元から姫だったろ」
「っ!」
ミュウリンはビクッと反応し、足を止める。
彼女の足音がしなくなったことに気付いたレイモンドも立ち止まった。
「どうしてそう思うの?」
ミュウリンの率直な質問。
レイモンドは振り返り、体を向けて答えた。
「一言で言えば過去の経験則だ。オレ達は過去に二度魔王と戦ってる。
っつっても、二度目はナナシだけが勝手に戦いに挑んだあの決戦だから、オレは一回だけだけどな」
レイモンドはそれからポツリポツリと話し始めた。
......それは今より三年前の出来事。
世界はまだ魔族との戦いの真っ只中であり、どこどこの村が襲われたや誰々が殺されたなどの話が絶えなかった頃。
魔王城を目指しながら各地で人々を救っていた勇者パーティの目の前に魔王が現れた。
予期せぬ襲来に戸惑う勇者パーティだったが、すぐに気持ちを切り替えて戦いに臨んだ。
結果は惨敗。圧倒的な魔王の力に勇者一行は手も足も出なかった。
生殺与奪の権は完全に魔王に握られ、人類の希望が潰える。
そんな優位に立った魔王であったが、なぜか魔王は勇者パーティを殺すことは無く「殺す価値もない」と言い放ち、その場から立ち去ってしまった。
人類の敵の王である魔王に情けをかけられ生かされる。
それが勇者パーティと魔王との最初の戦いだった。
「つまり、オレ達は魔王に対してあまりにも弱かったから見逃されたわけだ。
そしてあの時、オレは魔王に手も足も出なかったが、代わりに魔王の強さや気配は身に染みて理解してる」
レイモンドはその時の弱さを思い出し、拳を握る。
同時に、魔王の魔力から感じた感覚をしっかりと思い出した。
「テメェの魔力は魔王とそっくりなんだよ。加えて、魔王よりも魔力が遥かに大きい」
「だから、ボクが姫であると」
「あぁ、そうだ。間違っちゃねぇだろ?」
「......うん、当たってる」
ミュウリンはそっと事実を認めた。
瞬間、ミュウリンは強張って少し上がった肩を降ろしていく。
まるで隠し事に対する肩の荷が下りたかのように。
ミュウリンは駆け足でレイモンドの横に並んだ。
そして、二人は一緒に歩き始める。
それから少しして、レイモンドは口を開いた。
「......オレもテメェに伏せていたことがある。
オレの名はレイモンドだが、そうであり、そうじゃない」
「どゆこと?」
「レイモンドっつーのは、オレに家督を継がせるための名前だ。本当の名はレイティア。
アトラスジョーカー家は貴族だが、元を辿れば冒険者からの成り上がり。
だから、一族の決め事として一番武力がある子供に家督を継がせる習わしがあったんだ」
そこでアトラスジョーカー家では子供同士で決闘をさせた。
それによって勝ち上がった子供を次の跡継ぎにするために。
これまでの一族の歴史では、この決闘で男児が勝ち上がってきた。
故に、今回も同様にレイモンドの兄二人のどちらかが家督を継ぐと思われ、兄二人からしてもそれで家督相続の決着をつけようとしていた。
しかし、結果はレイモンドもといレイティアが勝ち上がった。
それもあまりに圧倒的な力量差でもって。
文句のつけようもないほどに圧勝で。
それはアトラスジョーカー家にとって大問題だった。
一族の中では兄二人のどちらかから選ぶべきとの声も出た。
しかし、それはその他多くの者達によって「先祖の決め事に泥を塗る行為」として却下された。
それから一族は苦心した挙句、レイティアをレイモンドと名を変えることで、男として扱うことにしたのだ。
それは動きから言葉遣い、果てには服装に至るまで事細かに。
だが結果的に、レイモンドは家督を継ぐ前に勇者パーティの一人として選出され、一族の問題は解決した。
その代わり今のレイモンドの状態だけが残った。
「だから、オレの真名はレイティア。レイティア=アトラスジョーカーだ。
とはいえまぁ、今まで通りレイモンドでいい。そっちの名の方が知れ渡ってるしな。
......それにアイツとの共通点が出来たみたいで今は悪い気しねぇし」
レイモンドは最後の言葉だけを小さく呟く。
その言葉に込められた思いを払拭するように。
それから、顔を横に振ると前を見た。
そんな彼女の話を聞いたミュウリンはニンマリ。
まるでポワポワとした空気が彼女の体中から溢れ出ている。
そして、その感情のままお礼を言った。
「えへへ、ありがと~。話してくれて」
「構わねぇよ。さっきの質問はそっちの秘密を暴いたようなもんだしな。
オレもこれぐらいは話さなきゃフェアじゃねぇと思っただけのことだ」
レイモンドは言い面そうに「あー」と声に出しながら頭をかく。
その二秒後、言葉を続けた。
「それにまぁ、オレだって償いたい気持ちはある。
戦争中の行動を後悔してるわけじゃないが、罪悪感がないわけじゃない。
こんな程度じゃ全然足しにはならないだろうが......そんな感じだ」
「そっか。うん、味方だもんね」
「お、おう! そうだぞ!」
慌てて返事をするレイモンドの横で、ミュウリンは軽い足取りで歩く。
「レイちゃんって呼んでいい?」
「......好きにしろ」
「やったー!」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
良かったらブックマーク、評価お願いします




