第31話 信じる理由
普段は色んな声で騒がしい冒険者ギルド。
しかし、今回ばかりは事情が違う。
珍妙な格好な冒険者が隣に魔族と思わしき少女を連れているからだ。
そして、他の冒険者からはその少女が魔族ではないと証明するためにとある依頼をこなせとのこと。
当然ながら、ナナシは首を傾げる。
「とある依頼? その依頼を受ければどうにかなるの?」
その疑問に答えたのは一人の女性剣士だった。
「ギルドからはその依頼の成果を示すことで魔族ではないことと信用するらしい。
正直、無茶苦茶な要求であることも理解してるし、その少女が魔族とは思えない」
「なら、突っぱねて欲しいものだけどね。手押し力比べならいくらでも受けて立つよ?」
「気持ちはわかる。だが、噂は感染力の早い毒だ。
魔族との戦いがそう遠くない過去にあった以上、可能性があるという時点で疑わなければならない。
それに、あなたとて相棒がそのような噂を立てられてるのは嫌だろう」
ナナシの横に立つミュウリンが上着の裾を引っ張る。
小さく頷く反応はこの状況に対して受け入れてるようだった。
すなわち、言われた通り依頼を受けようと。
ミュウリンがそのような行動を示す以上ナナシはもうこれ以上断れない。
言われてる当の本人が結果で示そうというのだから。
「わかった。んじゃ、その代わりその依頼を終えた暁には今いる皆には一曲付き合って貰うよ?」
ナナシが返答すれば、女性剣士は周囲の反応を見て頷いた。
「わかった。これ以上、言いはしない」
双方納得の上での合意。
故に、これにて話は終わり――かと思われたが、ナナシは思い付きでとある話題を出す。
「ちなみに、君は魔族にも友好的な人はいると思う?」
「さっきの意趣返しの質問というわけか。
そうだな......ハッキリとは言わないが、言葉が通じる以上全く理解し合えないことは無いんじゃないかというのが自分の見解だ」
「正直に答えてくれてありがとう。君とは仲良くなれそうだ」
「あなたの相棒を疑った罰として答えただけだ。気にするな」
ナナシはゆっくりその女性に近づいていく。
そして、女性が持っていた依頼書を受け取った。
「魔族にも良い人がいるという考えを答えるのが罰か。それはとても悲しい考えだ」
ナナシは踵を返し、ミュウリンのそばに戻る。
それから、冒険者ギルドを出て行こうとしたまさにその時、道化師はニヤッと笑いポロッと爆弾を落とした。
「ま、実際俺の相棒は魔族なわけだけど、依頼をこなせば君達は魔族である事実を黙認してくれるわけだ。優しい人達の集団で良かったよ」
「......は?」
「では、行ってきまーす! 吉報をお楽しみに!」
ナナシはミュウリンと一緒に外に出る。
核爆弾並みの破壊力に一瞬思考が止まる冒険者達。
数秒後にすぐさま「待て!」とナナシを追いかける。
その彼らがギルドの入り口から出たのはまた衝撃的な光景だった。
ナナシとミュウリンの他に二本の刀を腰に下げた鬼人族の男。
そして、見間違えるわけがない有名な鎧を着た剣士。
彼らは男の方こそわからなかったが、鎧の剣士の方はすぐにわかった。
魔王を打ち倒し勇者の仲間の一人にして、あらゆる攻撃を防ぐ故に<絶壁>の二つ名を与えられた剣士レイモンド。
勇者とともに魔族と戦った英雄が魔族であるという少女と一緒にいる。
まるでこれまでの戦いの歴史をひっくり返すような衝撃的な光景。
彼らはただ茫然としながら、その姿が小さくなるまで見つめた。
その一方で、先頭を歩くレイモンドは冒険者達の姿が小さくなったところでナナシに質問する。
それは当然、冒険者ギルドの入り口で慌てふためく冒険者達の姿を見たからだ。
「ナナシ、テメェ何をした? つーか、何があった? 全部答えろ」
「まずは先に謝っとくよ、すまん。レイを思いっきり巻き込んだわ」
「だから、その内容を言え――」
「ミュウリンは魔族だ」
振り返りナナシを見るレイモンドはゆっくり顔を正面に戻した。
何答えることもなく静かにゆっくりと。
「ごめんね、騙すつもりは無かったんだ~。
ただ、魔族って良く思われないから、せめて言うとしても良い印象を持ってもらった時に言いたかったんだ」
ミュウリンは静かに顔を俯かせる。
魔族であるだけで周りを恐怖させるというのを彼女は理解している。
普段ゆるふわな感じの彼女だが、表に出にくいだけで繊細なのだ。
「わかってるよ」
「え?」
「だから、わかってるってんだ」
レイモンドは振り向くこともせず答えた。
そして、そのまま言葉を続けていく。
「オレがどれだけ魔族と戦ってきたと思ってんだ。
魔族特有の魔力の流れならすぐにわかる。
だから、ナナシと会った時にはすぐにわかった。
ミュウリンが魔族だってことはな」
「な、なら、どうして黙っててくれていたの?」
ミュウリンは動揺した。
抱いた感情が震えた声となって表れる。
足もその場に立ち止まってしまった。
それから、ナナシ達全体の動きも止まる。
すると、レイモンドは腰に手を当て、ため息を吐くと振り向いた。
「今、その質問に答える必要はあるのか?」
「え? どういう――」
「だって、今この結果が全てだろ」
「っ!」
この結果――つまり、レイモンドがミュウリンを魔族であると糾弾しなかったということ。
その現実にミュウリンは小さく息を呑む。
しかし、それでも理由は知りたいものだろう。
そんな気持ちが表情に表れていたようで、レイモンドは仕方なさそうに答えた。
「ま、それで納得いったら苦労しないだろうな。いいぜ、答えてやる。
正直、オレだって魔族に対して思うことはある。
軍を率いて戦った時には大勢の仲間が死んでった。
それこそ、たまたま仲良く話した相手だろうとな」
「......」
「だが、アレは戦争だったから仕方ないことだ。
あの時の罪を戦いに参加したかどうかも分からねぇ相手に罪の償いを強いるのは、オレの騎士道にとって恥でしかない。
しかし、そう簡単に気持ちが鎮まるほど何もなかったわけじゃない」
「なら――」
その時、ナナシがそっとミュウリンの肩に手を置く。
そして、優しい笑みで静かに頷いた。
まるで、大丈夫、と言外に伝えるように。
「......だから、信じることにした」
レイモンドはそっと上を向く。
広がる青空が遠くまで澄み切っている。
とても素晴らしい出発日和だ。
「ミュウリンが信じる、そしてオレが信じるただ一人の男をな。
ナナシはテメェを信じてる。そんな奴をオレは信じてる。
なら、それはテメェを信じてるといっても差し支えねぇだろ」
「......いいの?......ううん、違うね。ありがと~」
「騎士は善良な人間を殺さない。それは種族が違えど同じだ」
レイモンドは照れ臭くなったのか顔を背けた。
同時に彼女が思うのは、こんな可愛い子を殺せるか! だった。
その直後、突然号泣する声が響く。
「うぅ、うわあああああ、良い話だな、おい」
声にサッと振り向いたレイモンド。
泣いているのは話を黙って聞いてたゴエモンだった。
「おい、なんでテメェが泣くんだよ」
「だってよ、分かり合えないと思ってた種族がこの瞬間仲良くできたんだぜ?
こんな素晴らしい光景に泣かずにいられるかよ」
「ハァ、そういう時は分かってても毅然とした態度でいるもんだろ」
ゴエモンの態度に肩を竦めるレイモンド。
しかし、泣いてる相手に強く出るほど彼女も鬼ではない。
その一方で、ルンルンとした様子のナナシがレイモンドに近づいた。
彼のにんまりとした顔がレイモンドをイラっとさせる。
「なんだその顔は」
「ちょっと、レイちゃ~ん。俺のこと好・き・す・ぎ――がっ!」
ナナシ、股ぐらに多大なる衝撃を受ける。
ムカついたレイモンドによる凶悪なる一撃が男の弱点を突き上げたのだ。
「そ、そこはダメ......」
バタンと倒れるナナシ。
その姿を見下ろすレイモンド。
「今のでこの男に対する信用度は下がったな」
「ナナシさん......」
冷たく見下ろす女。
悲しそうに見つめる少女。
号泣する大男。
悶絶する男。
この場にはプチカオスが広がっていた。
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