第30話 策略にハマる道化師
場所はアールスロイス領主が住む館。
赤いカーペットに、質の良い魔物で作られた革のソファ。
また、歴代領主の肖像画に、観葉植物。
豪華絢爛な内装に彩られた空間はまさに権力の象徴と言える。
そんな応接室で三人の男達が集まっていた。
一人がこの街の領主であるアスロ=アールスロイス。
机を挟んで向かい側に座るのがこの街で一番の商会を持つクズジヤン=ナーホルド。
その商人の座るソファの後ろにいるクズジヤンの若い秘書イマリ。
いつもならこの空間には和気あいあいとした空気が流れていた。
馴れ合いのような茶番もあったり、日常生活について話したりと。
しかし、今日ばかりは違う。
満たされるのは剣呑とした空気。
どちらかが冗談を言ったとしても、冗談では済まされないだろう。
そして、三人の中で一番に怒りの感情を抱いていたクズジヤンがアスロに言った。
「アスロ領主、どうかあの旅館に兵を動かす許可を!
このままではいつまで経っても土地を奪えませんぞ!」
街一番とはいえ一介の商人が領主に対して直談判する内容ではない。
しかし逆に言えば、これまではこのような言葉を言っても許されていたという仲でもあったわけだ。もっとも、今回ばかりは状況が違うが。
その事を一番に理解しているアスロは腕を組みながら答える。
「それは俺にアーデルハイド帝国にケンカを売れと言っているのか?」
クズジヤンは眉をひそめ、首を傾げた。
言っている意味がわからなかったようだ。
その反応にアスロは首を横に振る。
「確かに、今までは貴様の行動にこちらとしても利があったからお前の行動を支援し、同時に黙認してきた。
しかし、今回ばかりは事情が違う。俺は何があっても手を出さない。絶対にだ」
「なぜですか!? なぜ今回ばかり!?」
「金に目がくらんだかクズジヤン。おい、そこの秘書。
ちゃんと内容は伝えてあるんだろうな?」
アスロは睨むようにイマリを見た。
その視線の圧を意に返さず、秘書は落ち着いた様子で答える。
「はい。ですが、増えてきた土地の管理と、ここまで順調だった故の油断のせいで忘れていたのかと」
「おい、イマリ! ワシにもわかるように話せ!」
「今クズジヤン様が狙ってる旅館には、現在レイモンド=アトラスジョーカーと思わしき人物がいます」
「れ、レイモンド!?」
クズジヤンとて知らないわけにはいかない大物中の大物。
魔王を倒した勇者パーティの一人であり、稀代の英雄の一人だ。
とはいえ、彼が分からなかった理由は一応ある。
というのも、これまでのレイモンドの公での顔出しが少なかったからだ。
彼女は公式の場や普段街を歩く時、ほぼ常にフルアーマー。
また、彼女は常在戦場を意識しており、そのために彼女の顔を正確に認識してる者は少ない。
それにこの世界では当然ながら写真がなく、残せるものは絵しかない。
彼女が公式の場で顔を出したとしても、その顔をいつまでも鮮明に覚えておくのは難しいだろう。
故に、彼女がサイラス親子の旅館で顔を出しながら働いてるにもかかわらず、彼女がレイモンドと知って騒ぎ立てる人がほとんどいないのだ。
逆に知っている人は相当コアな人物と言える。
「......っ!」
クズジヤンは歯を食いしばり、固めた拳をテーブルに押さえつける。
自分が認識するよりも先に仕掛けてしまっていると自覚したのだ。
今更知りませんでしたなど通用しないだろう。
「今更気付いたか。しかし、まだ幾ばくかの猶予はあるはずだ。これを機に手を引くことだな」
「そんなバカな! ワシにはまだ手にしていない宿屋がいくつもあります! そんな簡単に諦めきれるものではない!」
「そんな欲をかいた行動が今の結果を招いたのだろう」
「ぐぬぬぬ......!」
ぐうの音も出ないクズジヤン。
事実、彼は金に物を言わせて行動してきた。
これまで何が対立しようともそれで解決してきた。
それ故に増長が止まらなかった。
結果、生まれたのがこのザマだ。過ぎたる欲は身を亡ぼす。
今は辛うじて生きているが、崖っぷちであることは変わりない。
ここが運命の分かれ目だ。金銀財宝は目と鼻の先にある。
必死に腕を伸ばすがあと数センチ届かない。
その財宝を目の前にアスロは手を引いた。
となれば、クズジヤンがそれを手にいれたなら、その財宝は独り占めでき、さらにはアスロに対しても優位に立てるだろう。
しかし、問題はその財宝の横にいる眠っている獅子レイモンド。
その人物を如何に起こさずに財宝を手に入れるか。
まさにハイリスクハイリターン。
「......っ」
腕を組み、指をトントンと動かす。クズジヤンは考え続けた。
実は何か簡単に財宝を手に入れる手段があるのではないか、と。
しかし、考えても考えてもレイモンドという存在に恐怖し、案が棄却される。
「あ、そういえば、あの旅館には角の生やした美しい髪色の獣人がいましたね」
イマリがボソッと呟く。
瞬間、クズジヤンの脳裏に電流が走る。
思い浮かぶは名案。
「良い考えを思いつきました。アスロ様、ここは一つ耳を貸してい頂きたい」
そして、クズジヤンは思いついたことを説明した。
瞬間、アスロの表情が増々青ざめる。
「し、正気か貴様......」
「はい、これなら無事に手に入れられるでしょう。
そして、あのレイモンド様とてその条件を飲まないわけにはいかない。
要は戻って来るまでの間に土地の権利書を貰えばいいのです」
アスロは非常に渋い顔をする。
しばしの沈黙の後、ゆっくり口を開いた。
「俺は所用で外に出かけていた。その間のことは何も知らない。
故に、貴様がしようとしていることの一切の責任を持たない。
もし貴様がこちらに不利益を被るのなら、俺は容赦なく貴様と縁を切る。
それでもいいのなら、一考の余地はある」
「ふふっ、問題ありません。こちらには赤ランクになったばかりですが、優秀な冒険者を雇いましたので。手に入れるのも時間の問題ですよ」
相当思いついた作戦に自信があるのかほくそ笑むクズジヤン。
そんな二人のやり取りをイマリは静かに見つめていた。
*****
クズジヤンとアスロ領主との話し合いが行われた翌日。
冒険者ギルドに訪れていたナナシとミュウリンは何人もの冒険者に囲まれていた。
それぞれが剥き身の武器を向けて戦闘態勢。
いつもガヤガヤとうるさいギルドが今や溢れ出る威圧で静かになっている。
それは今朝出されたリーク情報が原因だ。
「おい、そこのテメェ。隣のガキが魔族ってのは本当か?」
そう、それが冒険者達が殺気立ってる理由。
ミュウリンが魔族であるという情報が知ってしまったのだ。
もちろん、ナナシがミュウリンが魔族であることをわざわざ言いふらすような真似はしていない。
なぜなら、ナナシは旧友であるレイモンドにすらミュウリンの正体を隠しているのだ。
もっとも、既にミュウリンがただものではないということには気づいてるようだが。
となれば、なぜ知られてしまっているのか。
答えは簡単――単なる噂だ。
もっともらしい理由をつけて相手の評価を落とす。
例え、それが嘘であったとしても、その情報を聞いた人物が疑いさえすればいい。
そうすれば、その情報を鵜呑みにして行動したのは、それを鵜呑みにした方の責任になるから。
今の冒険者達の行動もそれだ。疑ってるから警戒している。
直接行動して来ないのはそれが嘘であるなら殺人は罪になるから。
「ちょっとちょっと待ってよ。こんなに可愛いんだよ? それはないって。
仮に、それが本当だったとしたら、どうするつもりだったのさ」
「殺す。仇だ」
一人の男の冒険者からの火の玉ストレートな宣言。
どこもそこも魔族との溝はとても深いようだ。
そんな言葉にやれやれとナナシは言った。
「正直、魔族だって分かり合える人がいるかもって思うけどね。可愛いは世界の共通言語なんだから。
まぁいい、それよりもこうして素敵なお出迎えをしてくれたってことは何か俺達に用があるんだろ?」
「あぁ、お前達にはそのガキが魔族でないことを証明するためにとある依頼を受けてもらう」
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