第29話 ナナシ曰く「茶番は全力でやるから楽しい」
「――で、こっちがケンカ売られてる間に、テメェはどこぞの女とよろしくやってるたぁ良いご身分だな?」
「......」
ナナシ、レイモンドに詰められる。
眼力のある目がより鋭くなって見つめてくる。
今の彼の気分はさながら母親に叱られる男子小学生のようだろう。
なぜ、ナナシがホールのど真ん中で正座させられてるのか。
それは数時間前に遡る。
ナナシがハンナとアローマに連行される間、彼はずっと抵抗していた。
逃げなければ獰猛な肉食獣に(貞操を)喰われる、と思いながら。
しかし、散々男にフラれ続けた二人の力は強靭な力でもって両腕を抱えているため、振りほどくことが出来ない。ましてや、逃げるなんてもってのほか。
このままじゃ不味いとナナシは一つの作戦を思いついた。
その名もレイモンドに助けてもらおう大作戦。
二人はレイモンドのガチ恋勢だ。イケるはず、とほくそ笑みながら仲間を売ることを考えたのだ。
そして、ナナシは猛獣を引きつれサイラス親子が経営する旅館にやって来た。
すると、旅館の前では何人もの男達が地面に寝転んでるではないか。
その男達の前で勇ましく立つ女性が一人――レイモンドである。
それからの展開は大方予想できるものだ。
ナナシに対して強い執着心を抱いてるレイモンド。
それは一体どんな感情によるものか。少なからず単純なものではない。
加えて、戦闘直後のレイモンドは気が昂っている。
さながら縄張り争いに勝った獅子のように。
その状態で両手に華の状態のナナシと目が合ったのだ。
“ナナシ、終了のお知らせ”というテロップが流れるのは想像に難くない。
ちなみに、レイモンドの姿を確認したのはナナシだけではなかった。
当然ながら、彼が引き連れてきたレイモンドガチ恋勢のハンナとアローマも目撃していたのだ。
そして、そんな二人は限界ヲタクに達しながらナナシから離れ、しどろもどろになりながらレイモンドに握手してもらっていたという。
また、どさくさに紛れてこっそり逃げようとしていた道化師は、背後から忍び寄ったミュウリンに確保されたという。
それから現在、夕食時というピークを過ぎて店じまいの時間。
並びにナナシに対するお説教タイムでもある。
正座するナナシの前にはレイモンドが座っている。
腕を組み足を組み、睨む姿は鬼気迫る。
「どうなんだ? こっちが必至こいて働いてる間に街でフラフラと女を口説いて歩くのは?
楽しかったか? あ? 話せて嬉しかったか? おい、どうだって聞いてんだ。答えろ」
「ま、間違ってもやましいことはしてないし、されてない!
道化師でもそういったモラルは守る! モラル大事!」
「んなもんこっちは知らねぇ。そして、質問に答えろ。
聞いてんのは感想だ。どうだってんだって聞いてんだろうが」
「た、楽しかったです......でも、話を聞いてたのがほとんどで――」
「強いて言えば?」
「両サイドからおっぱいが当たって、その柔らかさにずっとドキドキしてました!」
レイモンドはすぐに立ち上がり、ナナシに蹴りを入れる。
ナナシはすぐさま体を亀のように丸めるが、それでもレイモンドは攻撃を止めない。
その光景はさながら浦島太郎に助けるまでの間子供達に蹴られるウミガメのよう。
しかし、その物語と違う点があるとすれば、誰もそのウミガメを助けないことだろうか。
「い、痛い! もう、やめよう! こんなこと!」
「その胸はどんだけの大きさだったんだ? あ?」
「片方がアーマルで、もう片方がシノリノぐらいです!――あっ痛い!」
ナナシは正直に答え、レイモンドの蹴りが強まった。
ちなみに、アーマルはメロンサイズであり、シノリノはモモサイズの果物である。
一方で、ひたすらボコボコにされる光景を眺めていたゴエモン。
自業自得な様子に苦笑いしながら、ふと隣に目を向ける。
そこには同じように二人を眺めるミュウリンの姿が。
「なぁ、相棒が蹴られまくってるけど助けないけどいいのか?」
ゴエモンが何気なく聞いてみれば、ミュウリンからサッと返答が来る。
「今回はナナシさんが悪いから仕方ないよ」
「それはそう、だな」
「それに――」
ミュウリンは機を見計らったように歩き始めた。
そして、ゴエモンに続きの言葉を言う。
「鞭を与えられた後は甘いパンだよ」
ミュウリンはサイ〇イマンに自爆されたヤ〇チャのように倒れるナナシに近づいた。
それから、頭の方からそっと腰を下ろし、顔を上げるナナシを抱き寄せた。
「大丈夫、ナナシさんにはボクがいるよ~」
「うわ、えっぐ......」
ゴエモンは思わず言葉を漏らす。
レイモンドによって傷つけられた精神。
それがミュウリンの溢れ出る包容力によって修復される。
それすなわち――
「うぇ~ん、ミュウリンママ~~」
「よしよ~し、ナナシさんが全部悪いよ~」
「心が痛いよ、ミュウリンママ~」
それは一体どちらに対して心を痛めてるのか。
しかし、ミュウリンの母性によってナナシが慰められてるのは事実。
小さな体に縋りつく成人男性。
いくらミュウリンの年齢が十八歳とはいえ、身長差は大人と子供。
溢れ出る情けなさとそこはかとない犯罪臭。
特に、カティーからの視線があまりにも冷ややかだった。
昨日まであれほどレイモンドとミュウリンを一緒に着せ替え人形していた仲なのに。
世の中は時としてあっという間に信頼が崩れるものである。
「おい、テメェ何してんだ!」
レイモンドは強く叫んだ。
すかさず腕を伸ばし、二人を引き離す。
「テメェにこの子はやらねぇ!」
「そっちか~」
ミュウリンを大事な人形を肌身離さず抱える少女のように抱くレイモンド。
そんな彼女に抱えられる魔族の少女はまるで諦めた猫のように為すがままだ。
「ま、待ってくれ! 俺の癒し~~~~!」
ナナシは必死に手を伸ばす。
さながら仲睦まじかった自分の兄弟が親の都合で無理やり引き裂かれたかのように。
そして、しばらくの沈黙及び動きの停止。
すると、急に何事も無かったかのように三人が動き出す。
その三人は周囲にはけたテーブルをもとの位置に戻し始めた。
そしてまた、何事も無かったかのように三人して、一つの席に座る。
言葉一つ出さずに行われたあまりに一糸乱れぬ挙動。
まるでギャグシーンから通常パートに戻るコマ割りの間のような時間であった。
「で、テメェは何を掴んできた?」
「ちょいちょいちょい!」
あまりに自然と会話を始めるレイモンドに、待ったのかけたのは蚊帳の外にいたゴエモン。
彼は慌ててナナシの隣の空いた席に座りながら質問した。
「何今の!? 何急に会話始めちゃって!? さっきの状況を説明しろよ!?」
至って当然の質問である。置いてけぼりも良い所だろう。
そんな言葉に「何って......」とナナシは呟きながら、ミュウリンとレイモンドに目配せする。
そんなの決まってる。これは単なる――
「「「茶番」」」
「......いや、そんな当たり前の出来事みたいに言われても。
つーか、レイモンドも何しれっと参加してんだよ」
混乱している様子で頭を抱えるゴエモン。
これまた至極当然の質問と言えるだろう。
なんたってレイモンドは先ほどまでナナシの女性問題にキレていたのだから。
そんな質問に対し、腕組みをする彼女はサラッと答えた。
「オレの家系は元冒険者。そして、冒険とは常に変化するのが日常だ。
その変化に対して如何に早く順応できるかが勝負もとい生死の分かれ目とも言える。
どのみち、アイト......いや、今はナナシだったか。コイツの合わせた方が早いんだ」
「酷いな~。まるで俺が無理やり付き合わせてるみたいじゃん。
っていうか、自分だってノリノリだったくせに」
「テメェを蹴る止め時を見つけただけだ。
そんなに蹴って欲しいなら、さらにオプションでつけてやろうか?
一発一万ゴールドで請け負ってやるぞ」
「高っ! っていうか金取るの!? タダじゃだめなの!?」
「いや、蹴ることに対して否定しねぇのかよ。気持ちわりぃ。
ハァ、なんつーか、本当に昔のテメェとは大違いで別人に感じるわ」
「大丈夫だよ~。この気持ち悪さもナナシさんのアイデンティティだから」
「何が大丈夫なの、ミュウリン? 隣からいきなり言葉のナイフ突き刺すのやめて。泣いちゃうから」
三人が楽しそうに話す。
ゴエモンは何となくこの空気感を理解したように笑みを浮かべる。
三人にとってきっとこの空気感が一番自然体になれるのだと。
もっとも、その中心に要るのはやはりナナシなのだが。
「そんなことが話してぇんじゃねぇ。話を戻すぞ」
レイモンドは発言し、空気を切り替える。
そして、ナナシに聞いた。
「テメェはあの二人組から何がわかった?」
「そりゃもちろん、この街の王様のことと、今後起こり得る未来のことさ」
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