第28話 獣の檻にいる方が悪い
「そもそもさー、冒険者を始めたのだって出会いを求めてみたいな感じだったのにさ。
どいつもこいつも守りたい系やら若い女の子の方が良いだの言いやがって」
「ホントそれ。なんなんだよ混じって感じ。
加えて、清楚がいいだの、尽くしてくれるだの。
言ってくれれば全然変わる努力ぐらいするわよ」
「けど実際、言われた通りにすりゃなんか違うだの言っちゃってさ。
違うって何がだよ、四百文字で述べて見ろっつーの」
「仕舞には、浮気すれば『そいつとは遊び』とか。ハァ~~~~、何が遊びじゃボケ。
いくら一夫多妻制が認められていようと許容できる奴と出来ない奴がいるの!
一度なら許す、それ以上は出来な!!」
ハンナとアローマの口から零れるのは愚痴、愚痴、愚痴......。
二人は相当うっぷんが溜まっているようだ。
そんな話をただ聞き役に徹していたナナシは、ふと気になったことを質問した。
「し、失礼ですが、お二人とも十分若いように思えますがおいくつで?」
ナナシの言葉に目をパチクリさせる二人。
ハンナとアローマはそれぞれ答える。
「私は二十三」
「あたしは二十五」
二人の回答は普通に考えればまだまだ若い年齢と言えるだろう。
しかし、この世界では“行き遅れ”と判断される年齢である。
その考えが広まったのは貴族の政略結婚によるものだとされている。
貴族の婚姻は早ければ十代前半になったら決まる。
中でも、少女は早くから他貴族との繋がりや政略的意味合いで利用される。
少女は淑女としての教育を受けさせられながら、同時により影響力の強い貴族との縁を結ぶように指導されるのだ。
しかし、その少女が全員狙った相手のご子息と結婚できるわけではない。
熾烈な競争に敗れた少女は年齢を重ねるだけの存在になり、やがて成人を迎える。
成人といっても十五歳だ。この年齢で結婚できるならまだセーフ。
しかし、貴族の時間の流れは早く、この時にはもう次の世代の戦いは始まってる。
未婚のままの少女が二十代の大人になれば、いよいよ結婚は難しくなる。
化粧をしても天然ものの肌のハリツヤは十代に負け、減らした寿命を取り戻すことは出来ない。
流行語が時代の流れとともにあっという間に死後になるように。
逆に、新しく生まれた“魅力”には多くの人が飛びついていく。
ましてや、未婚のまま年を重ねた女性は他の貴族から揶揄される。
それ即ち――行き遅れた魅力も旨味もない女性、と。
そんな貴族の認識がいつしか庶民まで伝わり現在に至るのだ。
「ハァ、やっぱり理想が高いのかしら」
「違うわよ。一途に愛してくれる人なんて絶対高い理想じゃないわ。周りがクズすぎるのよ」
「ま、後はプラスして私達より強い男って感じかな。やっぱ、守ってもらいたいって思うし。
そんなこんなしてるうちにいつの間にか赤ランク......それも銀ランク一歩手前」
ちなみに、赤ランクはベテランのベテラン冒険者。
また、銀ランクから強さが人外に片足を突っ込むランクとされている。
その事にナナシも二人が強いことは見抜いていたが、そこまで強いとは知らなかったようだ。
故に、この女性に絡んだというチンピラは下手なことをすれば本当に死ぬより酷い目に遭ってたかもしれなかっただろう。
「「世知辛い世の中よね~~~~」」
声を揃えて大きくため息を吐くハンナとアローマ。
とりあえず、ずっと聞いていたナナシだが、ここまで実感のこもった言葉に返せるコメントは無かった。
一先ずこのまま何もしゃべらないのも不味いと思ったのか、ナナシは二人に質問を続ける。
「ちなみに、理想の男性像とかってあります?」
「「レイモンド様」」
即答で返ってきた。
これにはナナシもビックリ。
え、レイ? アイツ、女だけど.......、と。
「確かにレイ......モンド様は何かと素振りは男っぽいし、私服も男っぽい服装が多いと聞いてるけど、公式的には女性って表明があったと思うけど」
「「問題ない。全然イケる」」
一体何がイケるというのか。
その回答に苦笑いをしていたナナシがふと二人の目を見れば、ものすごくギラついてた。
さながら狙いを定めた肉食獣のような目つき。
どうやら二人にとってレイモンドは性的にイケるという意味合いらしい。
世の中はふとした瞬間に業の深さを見るものだ。
ナナシはレイモンドが男女ともにモテることは知っている。
特に女性人気が圧倒的に高いことも。
かつてコッソリ城下町に降りてみれば、誰かが手作りしたレイモンドミニ人形販売所に女性が殺到していたほどには人気だ。
また、レイモンドは言わば共学に通う王子様系の女性であるのだ。
一見不良に見える目つきも彼女の正義感ある姿勢と見返りを求めない行動に、気が付けば女性達はハートに矢を打たれる。
その割に好みはそのまま女性っぽいのだ。
小さい人形を抱えるのが好きだったり、甘い物を好んで良く食べたり。
可愛い系の服も似合わないからと言って気ないことが多いが、着てみれば存外嬉しそうな顔をしたりなど。
そんなギャップに世の男女達はやられている。
ナナシもそのギャップは良く理解していて、いいねボタンがあったなら連打するだろう。
故に、ハンナとアローマがレイモンドに理想の男性像を置くのも理解できる。
性的な目で見ることも......理解できないことはない。
「均整の取れた美形のあの顔立ち」
「野性的でありながら理知的なあの瞳」
二人は夢見る少女のようにキラキラした瞳で言った。
そこにファンの一人であるナナシも言葉を付け加えていく。
「そんでもって、強い口調と態度とは裏腹に可愛い物好きで、周りをよく見てる気配りなところとかもね」
ナナシの言葉にサッと二人の野性的な目が向いた。
この時ナナシは、しまった、と思った。
なぜなら、今言ったのはレイモンドと密な関係でないと知らないことだ。
少なくとも、勇者パーティーの中でしか同意は得られない。
「もしかしてあなた......」
ナナシはゴクリとツバを飲む。
「「レイモンド様について話せる口?」
「......モチ」
ナナシのサムズアップに素早く手を取る二人。しばらく、レイモンド談義が続いた。
そんな楽しい時間の中で気の済むまで色んな話したところで、話題を変えるようにアローマはナナシに話しかける。
「つい楽し過ぎて聞くの忘れてたんだけど、そういえばお礼は何がいい?」
その質問にナナシは首を傾げる。
「この状況がお礼では?」
「こんなのただ落ち着いて話すだけの場よ。こんなのお礼の内にはいらないわ。
それで何がお望み? レイモンド様の話がここまで楽しくできたのも久々だから、出来ることならなんでもサービスしてあげる」
艶のある誘い文句。意味することが何がとは言うまい。
ナナシもそういうことを視野に入れたような言葉と理解している。
アローマの相方も黙認してる辺り同じ考えなのだろう。
この状況、ナナシにとって実は願ったりかなったりだ。
それはいづれ来るだろう問題への対処も、この二人のおかげで解決したようなものだからだ。
「それはとてもありがたい。実はもうすでにお願いはあるんだけどね、今日は日が悪いんだ。
だから、こちらが必要になった時に声をかけるでもいいかい?」
「いいわ。どうせしばらくここでゆっくりするつもりだったから」
「男漁りも終わって無いことだしね」
「オーケー。なら、そうさせてもらおう。今日は素敵な時間をありがとう。
ハンナさんとアローマさんのおかげで有意義な情報も手に入れられたしね」
ナナシは席を立ちあがり、軽く手を振って帰ろうとする。
この時、彼は侮っていた――飢えた獣ほど恐ろしい存在はいないということを。
そんな彼の後ろ姿を見つめるハンナとアローマ。
今まで色んな男を見て来た二人にとって、好みではないがここまで悪くない男と出会う機会も少ない。
故に、みすみす逃すほど女豹達は甘くない。
捕食者の目をした二匹の獣は去り行くナナシの両肩をそれぞれガッと掴む。
そして、二匹は言った。
「ねぇ、本当にこのまま何もしないで帰るつもり~?」
「え? でも、それって約束の内容を決める際に流れたんじゃ......」
「それはそれ。今は今。デザートが食べたい気分なの!」
「え、ちょ、今昼なんだけど! って違う! い、いや~~~~~~‼」
女豹に捕らえられた憐れな草食動物。無事、連行される。
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