第24話 騎士レイモンド
大通りで往来する人々は一つの大きな声に注目を集めた。
それはとある鎧を纏う一人の人間から発せられた声だ。
その人物が呼び止めたのは一人の髪色に特徴がある三つ編みの少女。
周囲の目を気にすることなく鎧を纏った人間――レイモンドは声をかける。
「おい、そこの女......いや、テメェ。テメェはアイトだな?」
レイモンドからただならぬ圧が放たれる。
まさに触れるな危険。周囲の人々は少しずつ距離を置いた。
そしてやがて、レイモンドと少女を中心とした半径五メートル程の円が出来上がる。
一方で、そんな難癖をつけるようなレイモンドの質問に対し、少女よりも先に答えたのはゴエモンだった。
「ちょ、待てよ。レイモンド、さっき探してる奴は男って言ってたよな?
どう考えてもお前が呼びかけたの女の子じゃねぇか!?」
「あぁ、そうだ。アイトは男だ。だが、オレはアイツの近くにいたから、アイツの魔力を知ってる。
感じ間違えるはずがない。コイツがアイトで間違いない」
ゴエモンは息を呑む。あまりに確信的な断言。
そうなのかと頷いてしまいそうな圧さえある。
しかし、腕を組んで、眉を寄せると再度質問した。
「なら、容姿についてはどう説明すんだよ?」
「大方、周囲にバレないように<変身魔法>を使ってるか、幻術系統の魔法を使ってるんだろう。だが、オレの目は誤魔かせなかったようだがな!」
レイモンドは見破ったりと上機嫌に笑った。
対して、ゴエモンは実物を知らないせいか今でも半信半疑の表情だ。
一方で、急に呼びかけられた少女は角を持つ少女をチラッと見ると返答した。
「誰か知らないけど人違いじゃない? 確かに、魔力の質や形は個人差があるけど、凄く似た魔力だってあるわけだし」
「んなわけねぇだろ。オレはテメェの魔力を忘れたことがねぇからな」
調子良く言う手レイモンドの隣で「やっぱ好きじゃん」と小言を吐くゴエモン。
その声が聞こえていたのかレイモンドに肘打ちされた。
同時に、ゴエモンの言葉と同じような言葉を少女は言った。
「え、もしかして私のこと.......好き?」
「な、んなわけねぇだろうが! ぶっ殺すぞ!」
途端に声を張り上げるレイモンド。
その反応に少女はニッコリ。
「ねぇねぇ、知ってる? 不良系ツンデレ娘って異世界に存在するんだよ」
ひと昔前に流行った豆に転生した柴犬のような口調で言う少女。
そんなどうでもいい知識に角の少女は「ほうほう、それは興味深いね」と頷く。
どちらもほどよく聞こえる声量だ。
「誰がツンしてデレてるってぇ!?」
どうにもこうにもちゃんとしたシリアスな雰囲気にならない。
おおよそ三つ編みの少女のせいなのだが。
そんな空気のせいかレイモンドはなぜかアウェー感を感じているような苦い顔をする。
かつての仲間に対するあのふざけた態度はなんだ、と思うレイモンド。
まるで昔の堅物クソ真面目を感じさせない。
これ以上は話の無駄だろう。ならば、次は実力行使だ。
「アイト、構えろ。今からそのふざけた容姿をぶった斬ってやるからよ」
レイモンドは背中に背負っていた大剣を引き抜いた。そして、剣先を少女に向ける。
そんなヤンキーから放たれる殺気に似た強い圧に周囲はビビりっぱなしだ。
しかし、脅されてる少女は薄ら笑いを浮かべて構えようともしない。
そのことにレイモンドはギリッと歯を噛みしめる。
そして、柄を握る力が強くなった。
「早く構えろ。言っておくが。オレはテメェ相手に止めるつもりはねぇぞ」
「それでも私は構えないさ。なんたって君という人物をよく知ってるからね。君は高潔な騎士だから」
「買いかぶり過ぎだ!」
レイモンドは素早く地面を蹴った。
踏み込みの勢いは凄まじく、容易く地面が凹む。
周囲の人々の目には彼女の移動に対し、残像すら見れなかっただろう。
そして、その人物は少女の間合いに入り込んだ。
直後、踏み込み流れるように無駄のない斬り込み。
されど、少女は動かない。
まるで死なないことを理解しているように微笑むだけ。
―――ゴゥン
周囲に大人でもふらつくような風圧が広がった。
そんな中、レイモンドは剣を持ったまま動かない。
剣先は少女の首を捉えているが、数センチ手前で止まっている――そう、その人物は少女を斬らなかったのだ。
「なぜ動かねぇ」
「言っただろ? 君は高潔な騎士だ。周りを巻き込んで暴れたりはしない」
「.....チッ、ムカつく野郎だ」
レイモンドは剣を降ろし、頭をかいた。
そして、消化不良の気持ちを抱きながら剣を鞘にしまうと尋ねる。
「で、テメェはなんでそんな格好してんだ?」
「こっちの方が安く買い物できるんだ」
「は?」
レイモンドは言ってる言葉が理解できなかった。
******
「――つまり、テメェが泊まってる宿が経営難で、それを助けるために仕事を手伝ってると」
「ま、そういうことだな」
近くの喫茶店に場所を移した一行。
ナナシは元の姿に戻り、レイモンドに事情を話した。
その話をレイモンドは腕組みしながら聞いていた。
ちなみに、ナナシが元の姿に戻った時、ゴエモンはがっかりしたとかしなかったとか。
「とりあえず、事情は話したわけだけど、初対面もいるわけだし自己紹介をしておこう。
俺はナナシ。レイとはわけありの旧友だ。で、しがない道化師だ。
そして、隣にいるのがミュウリン。今は彼女の道案内をしている」
「初めましてミュウリンだよ~。普段のしゃべり方で大丈夫」
ナナシとミュウリンが自己紹介を済ませると、次に口を開いたのはゴエモンだった。
「こっちこそ初めましてだな。俺はゴエモン。ここらじゃ珍しい鬼人族だ。
んでもって、わけあってレイモンドに同行している。
こっちもいつも通り砕けた話し方で十分だ」
ゴエモンの言葉にナナシはキラキラさせる目がない代わりに雰囲気でキラキラを演出する。
そんな興味津々な前のめりの姿勢は、さながらロマンス好きな女子高生だ。
「ねぇねぇ、それじゃもしかしてランデヴーって感じ?」
「テメェは随分とゴエモンに似た軽口を叩くようになったな」
レイモンドが睨んでいるかのような圧を飛ばす。
兜姿も相まって非常に威圧的なのだが、ナナシにはあまり効いていないようで――
「そっか~。残念。ちょっと期待したんだけどな~」
「ちなみに、俺は既婚者だぞ。嫁は故郷にいる」
「え、あ......なんかごめんね?」
「なんでオレがフラれたみたいな空気になってんだよ!」
レイモンドは前のめりに抗議する。
ただでさえ苦手な話題と空気感なのに、まるで当事者のように言われる始末。
これはキレても文句は言えまい。
もっとも、そんな圧もやはりナナシにはどこ吹く風。
道化師は無駄にメンタルが強いのだ。
非常に厄介な職業である。
一方で、レイモンドの圧をスルーしていたナナシはゴエモンと目を合わせる。
瞬間、ガチッっと何かが両者の中でマッチした。
良き友人になれそうと互いに心の中で固い握手を交わすほどには。
そんな時、しばらく静観していたミュウリンがレイモンドに声をかけた。
「そういえば、どうして今も兜をかぶってるの~?」
「あ? なんとなくだ。面倒だからな」
「アイト......あ、今はナナシだっけか。お前さんに会うのが気恥ずかしかっただけだろうよ」
「ゴエモン、何勝手なこと言ってんだ?」
ゴエモンに圧を飛ばすレイモンド。彼はサッと顔を横に向けた。
すると、彼の言葉にギャルっぽい雰囲気で返答するのがナナシである。
「そっか。でも、ナナシちゃん的に~あの野性味のある鋭い目つきの中に、カッコよさとあどけなさと可愛らしさと三分の一の純情な感情が見えてる感じが超良かったって言うか~。
ぶっちゃけ久々に見たい感じで。ねぇ、ミュウリンはどう思う?」
「そうだね~、そんな目は興味ある!」
「んまぁ、こんな目をキラキラさせちゃって!
ちょっと奥さん、うちのミュウリンのためにパッと取っちゃってよ。
ほら、そんな手間もかからないでしょ?」
急に近所のおばちゃんぽく言うナナシ。
キャラと口調が安定しないのが道化師クオリティ。
ノリと勢いで生きているのである。故に、非常にウザい。
そして、そんなナナシの数々の舐めた態度にレイモンドはさすがにピキピキモードだ。
「なぁ、これはぶん殴る大義名分を得たってことでいいんだよな?」
「やめとけ、やめとけ。確かに、お前相手にめっちゃ調子乗ってるが」
レイモンドの今にも飛び掛かりそうな雰囲気にさすがに止めに入るゴエモン。
どうにも腕組みが暴れ出しそうな両腕を僅かな理性で抑えてるようにも見える。
空気は最悪――主にレイモンドにとってだが。
そんな空気を切り裂くようにレイモンドは組んだ足を丸テーブルの上に乗せる。
そして、主導権を奪って作り出すはシリアスモードである。
「んなぁこたぁ、どうでもいいんだよ! こっちはテメェの事情を聞いた。
なら、次はこっちの質問に答える番だ。言っておくが拒否権はねぇからな!」
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