第21話 臨時戦力
「この度は助けてもらってありがとございます。おかげで娘も連れされずに済みました」
「いえいえ、お気になさらず~。当然のことをしたまでだから」
現在、旅館の一室。
畳が敷かれた部屋の中では、低いテーブルにミュウリンと親子が向かい合っていた。
父親の名前はサイラス。娘の名はカティー。
二人は似ても似つかないほどので本当に親子か? と思うほどだ。
よく見れば目元が似てなくもない気がする。
「......ところで、あの人はいつまで正座を?」
カティーが心配そうにチラッと見る方向には、一人だけ机から少し離れた位置で正座している成人男性。
首から下げたプラカードには「私は質の悪い道化師です」と書かれていた。
実際そう言われてもおかしくないことをしたので仕方ない。
「ダメだよ。罰は罰としてしっかり与えなきゃ。
良い事と悪い事を判断するしつけは大事なんだよ」
カティーの言葉にミュウリンはスパッと答えた。
ナナシのカティーに対する救済に期待した顔もすぐさま落胆したものに変わっていく。
ちなみに、先ほどまでミュウリンにこってりと怒られていたナナシ。
しかし、ミュウリンがゆるふわ系なので、怒っているようで怒っているように見えなかったらしく、そのため旅館親子が見ていたのはふわふわした姉に注意される弟のような光景だったとか。
ただし、正座に関してはしっかり罰として機能しているようで、先ほどからナナシは足をモジモジ。足が痺れてきてるのだ。慣れてない人にはキツいやつである。
「みゅ、ミュウリンさん、そろそろ足を崩して――」
「それで一体何があったの? 良かったら聞かせてくれる?」
「あれ、無視? ごめんくださーい、足を崩しても――」
「そうですね。もう事情に巻き込んじまったようなもんだし、話させてもらいます」
それから、サイラスが話したのはこんな感じだ。
サイラスが経営する旅館は百五十年前から続く由緒正しき老舗だ。
旅館を立てた先代が異世界人ということもあり、この世界では珍しい様式の宿屋はすぐに注目を浴びた。
また、先代が水の魔法に長けていたようで、魔法陣を付与した湧き出る温泉は泊まる客に様々な恩恵を与えた。
先代が亡くなってからはこの旅館を守ろうと子孫達が跡を継ぎ、立派な旅館として現存している。
今のサイラス親子も次の世代に繋げようと考えていた矢先、事件は起こった。
それは一つの大きな宿屋が原因である。
その宿屋は高給取りを相手にするような宿屋だった。
丁度ナナシ達が三件目で訪れた店である。
金持ちを相手にするのはまだいい。
問題なのは、次々と店を買収していく姿勢だった。
サイラス親子が経営する旅館以外にも老舗と呼ばれる宿屋は何店舗か存在した。
しかし、それらが全て謎の経営破綻もしくは買収されていった。
サイラスが知り合いから話を聞けば、宿屋で迷惑をかける客が後を絶たなかったという。
何度注意しても聞かず、暴力でもって怯ませる。
まるでわざと騒ぎ立ててるように。
それによって、次々と評判を落としていった店が高級取りの宿屋に買収。
そして、かつて老舗の宿屋があった場所には同じような高給取りの系列店が並ぶ。
その系列店が増えてるせいで、年々アールスロイスにも観光客が減っているという。
一方で、どんどん増えていく高級取りの宿屋。
もちろん、昔からアールスロイスにある宿屋組合はその店に抗議した。
しかし、財力があるその店は用心棒を雇い、力でもってねじ伏せていく。
店を潰されて夜逃げした人達もいるという。
そして、様々な宿屋を買収していった高級取りの宿屋はついにサイラスの旅館に目を付けた。
特に目を付けたのは、特殊な魔法陣が付与された温泉だ。
今回ナナシ達が見かけたのは丁度買収のために雇った男で店を襲わせてる場面だったようだ。
店に適当ないちゃもんをつけ、評判を落としていく。
買収を断り続けたサイラス親子にはついに強硬手段として、娘を担保に買収されるか断るかを迫っていたのだ。
「―――つーわけで、首の皮一枚繋がったわけだが、恐らくこのままってわけにはいかないでしょうな」
サイラスは膝の上に置いた手で、悔しそうに爪を立てる。
彼の眉間に寄った眉からも現状の苦しさが伝わってくるようだ。
その隣で父の様子を見ていたカティーは心配な表情をしている。
そして、彼女はギュッと拳を握り、唇を噛むと言った。
「お父さん、私が担保になるよ。そうすればお店が続けられるんでしょ?」
「バカ言うな! お前を売るなんてあってたまるか!
お前は俺と妻カリエとの大切な宝なんだ。絶対にやるもんか!
それにお前だってわかってんだろ? 絶対ロクな目に遭わないことぐらい」
「そ、それは......」
「昔、友人から聞いたことがある。
南通りにあるトイコン夫妻は息子は担保として、クズジヤンのクソ野郎に持っていかれたらしい。
その後、息子の消息は不明。噂によれば奴隷として売られたと聞くが」
「でも、それじゃこの店が......」
「取り壊されて新たな宿屋が立つだろうな。悪趣味な成金みたいなデザインの宿屋がな。だが、それでも俺は.......この店を――」
「ちょい待たれよ、お二人さん。その話はまだ早計なんじゃない?」
そう声をかけたのはクレイジーオカマことナナシであった。
そんな彼は痺れた足に負担をかけないように、お尻を数センチ上げながら言う。
「色々覚悟を決めちゃってるようだけど、まだ足掻けるうちに諦めるのはちょっと勿体ないんじゃない?」
「そ、そうは言いますが、実際家計は火の車。
つい最近まで長いこと働いてくれた人もやめちまったし」
「いるじゃん。ここに臨時戦力が」
ナナシは両手の人差し指を自分に向ける。
彼がミュウリンの方にも意識を飛ばすと、相変わらずふにゃんとした顔でサムズアップが返ってきた。
その二人の行動にサイラスは目を開く。
「い、いいのか? 本当に。正直、二人に一銭も払える気はしないぞ」
「いいさ、それぐらい。いつも旅路は火の車だしね。
それよりも、俺は道化師として見逃せないことが一つある。
それは俺を前に楽しそうに笑ってくれてないことさ」
これはナナシのポリシーに関わる問題だ。
ナナシの基本行動原則は自分も楽しく、相手も楽しく。
もちろん、これは善人相手に限ったことだが、これが果たせないのなら道化師を名乗る資格はない。
この道化師は無駄にプロ意識が高いのだ。
ある意味それが彼の本質とも言えることなのだが。
それ故に、自分の目の前で楽しそうに笑ってないのは許せない。
「俺は道化師だ。ふざけたことを言うし、道化を披露することもある。
だけど、ポリシーに関わることなら話は別だ。
ここをもう一度活気のある店にする。
道化を本物にするのが道化師ってもんだ」
ナナシの心のこもった熱意が通じたのかサイラス親子は涙ぐむ。
これは最後の希望なのかもしれない、とサイラス親子は感じ取ったようだ。
「わかりました。そこまで言われちゃ断るのが野暮ってもんですな。
それじゃ、どうかお二人ともよろしくお願いします!」
「私達を助けてください!」
サイラス親子は頭を下げた。
その言葉に最初に答えたのはミュウリンだ。
「ふふっ、任せてよ~。この旅館をもう一度活気のある旅館に。そうでしょ、ナナシさん?」
「モッチモチのロン! 国士無双! この道化師が人肌脱いでやっちゃりますか!」
ナナシは勢いよく立ち上がろうとした。
―――ビリッ
直後、ナナシはすぐさま理解する。
訪れるは人類が恐怖し、逃れることの出来ない感覚。
僅かな筋肉の緩みから増大するそれは制御不能。
数瞬、約束通り訪れる予測を下回ることのない――強烈な痺れ!
ナナシはこれから来る感覚に覚悟へ費やすしかなかった。
「ギャアアアアアア! 足がああああああぁぁぁぁ!」
それからしばらくナナシは立ち上がれなかった。
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