第20話 イカれたオカマ
川遊びをした橋から二週間後。
野宿を繰り返しながら、街道をずっと練り歩くナナシとミュウリン。
時には魔物と戦い、時には通りがかった商人と雑談し、時には歌いながら。
そんなこんなで辿り着いた街アールスロイス。
その街の入り口で、ナナシ達は緊張した面持ちで立っていた。
大きな外壁に扉の前に立つ二人の門番。
その内の一人に冒険者カードを見せているのだ。
ソフィアから貰った冒険者カードだが、そのカードが間違いなく偽造されたものだと二人は理解している。
故に、嘘がバレないかヒヤヒヤしているのだ。
二人とも緊張した面持ちで、冒険者カードとにらめっこしてる門番を見つめる。
イケるかバレるか。どちらにせよ、逃げる準備は万端である。
「うん、問題なさそうですね。入って大丈夫ですよ」
「「ホッ......」」
ナナシとミュウリンは安堵の息を吐く。
これで無事に温泉街を楽しめそうである。
そして、二人は門番に軽く会釈して、門を通り過ぎた。
瞬間、街の中に入ったミュウリンは目を見開く。
周囲に見える家々はいつも通りだが、街の中央にある噴水に向かって山側の方から水が流れている。しかも、その水からは湯気が出ていた。
街の中央を縦に割るような大きな水路からは左右にいくつか枝分かれしている。
どうやらその水路に温泉で使った水を排水しているようだ。
また、いくつかの家の煙突から湯気が出ている。
恐らくあの煙突がある家が温泉施設と考えていいだろう。
この街にいるザ・冒険者らしき格好の他に、浴衣姿で歩く人達の姿も見える。
とても異世界とは思えない馴染み深い温泉街の光景だ。
過去の異世界人が温泉をこよなく愛していたことがよくわかる。
「凄いね~。それのこのニオイも」
クンクンと温泉独特の硫黄のニオイを嗅ぐミュウリン。
「このニオイも温泉の醍醐味ってやつかもね。さ、早いうちに宿を探そう。
この街のお店はどれも人気店だから、泊まる場所も早い者勝ちさ」
―――一件目
「すまんな、もうすでに満室なんだ。悪いが他を当たってくれ」
―――二件目
「ごめんねぇ、この旅館を利用してくれる大切なお客様だから、受け入れたいのはやまやまなんやけど.......もうすでにいっぱいいっぱいで。
また、後の機会にご利用お待ちしておりますんで、これお詫びの温泉卵」
―――三件目
「ん~? なんや、あんたら。ここは高級旅館やぞ?
あんたらみたいなどこぞの旅人が泊まれる席なんざありゃせんのや。
さっさとどっかのボロい店にでも行ってくれ」
*****
「どこもダメだったね~」
「ね~。困っちゃったね」
二人して貰った温泉卵を食べながら、色々な道を歩いていく。
周囲を見渡してみると、どうやら泊まる宿で困ってるのは自分達だけではないようだ。
「ハァ、仕方ない。あのめっちゃ評判悪い店行ってみる?」
「でもなぁ、あそこってめちゃくちゃメシマズなんだろ?」
「加えて、サービスもすこぶる悪いって聞くわ」
冒険者の男女が気になる会話をしながら、ナナシ達の横を通り過ぎる。
その会話をナナシイヤーは素早くキャッチすると、サッと踵を返しその冒険者達に声をかける。
「ごめん、その話、詳しく聞かせてくれる?」
それから、ナナシ達は話の噂を頼りに歩いていくと、一つだけ活気がない店を見つけた。
見た感じ趣を感じる老舗の旅館だ。
しかも、他の店がホテルっぽい雰囲気なのに、そこだけはまんま日本の旅館だ。
それがかえって場違い感があるが。
また、旅館規模も他の施設よりも一回り大きい。
立地条件も大通りの近くではないにしろ、比較的交通量のある場所にある。
多くの観光客を抱えていてもおかしくないだろう。
しかし、現実はまるで人の声も聞こえない。
加えて、客も店を見ながら何かを呟きながら通り過ぎてくばかり。
それまでの評判の悪い店とはこれいかに。
「うっせぇんだよ!」
その時、店のドアと一緒にひげを生やしたおっさんが吹っ飛んできた。
額に手ぬぐいを巻いたその男は尻もちをつくが、その状態からすぐに言葉を発する。
「ま、待ってくれ! 俺のたった一人の娘なんだ!
娘に手を出したらただじゃおかねぇぞ!」
「あぁ、どの面でそんなことが言えんだ?」
店の外に出て来たのは一人の男だ。
いかにもガサツそうな見た目の男は、片手に少女の手首を掴んでいる。
恐らくあの少女が店員の男の娘なのだろう。表情はとても嫌がっている。
「いいか? この店はとっくに落ちぶれたんだ!
飯も不味い! 量も少ない! サービスも不足!
ロクに満足に客も持たせられねぇこの店を誰が利用すんだよ!」
「くっ......!」
「それに何より、お前達は散々立ち退くように言われてきた。
それを拒否して居続けたのはお前達だ。
まだ続けてぇんだったらこの娘を担保に出せっつってんだ!
それなら少しは猶予をくれてやってもいいと聞いてる。
ま、その後にこの娘がどうなるかは知らねぇけどな」
完全に立場の優劣が見えている。
それに対し、周りの観光客は触らぬ神に祟りなしといった感じだ......まるで空気を読むように。
誰もが見てみぬフリをする中――空気を読まずに道化を演じるのが道化師だ。
「ハァイ、そこのステキなお兄さん♡
そんな小娘より、こっちの細マッチョのがっしりボディはどうかしら?
最近刺激が足りなくて溜まってるの。
だ・か・ら、サービスしちゃうわよ? うふん」
ナナシ渾身のラブアタック。
どうにもオカマっぽい口調になってしまうのがナナシクオリティ。
ついでに投げキッスもプレゼントしてあげよう。
「な、なんだこのクソキモイ奴は......!?」
突然横から現れた謎の男に、ガサツな男は困惑する。
表情はさっきの上機嫌から一転して引いている。
それは物凄く引いている。
「邪魔すんな、あっち行ってろ!」
「んもう、いけず。あたしというものがありながら。よその女に手を出して。
ちょっと、誰よその女! あたしというものがありながら、どこの女に勝手に尻尾振ってるのよ!」
「なんで急に彼女面して物言いしてきてんだ!?
俺はお前を彼女にしたこともねぇし、男を彼女にするつもりもねぇ!」
「嘘! 嘘よ! だって、あの時あなたは言ってくれたじゃない!
『お前は俺だけの一番星だぜマイハニー(※イケボ)』って!
そうか、そうよね。その女が悪いのよね。
いいわ、あたしがそのあなたを誑かす厄介な女を消してあげる」
「え、えっ!?」
店員の娘は状況が読み込めずキョロキョロ。
さっきまで助けに来てくれたと思ったオカマの男が突然牙を向ける。
とても可哀そうな状況である。
「あんたなんかいなくなればいいわ!」
ナナシは強引にガサツな男から引き離す。
「え、待って――」
「クッキーになっちゃえー!」
ナナシが手をかざし、光を放つ。
眩い光はすかさず周囲を包み込み、あっという間に近くにいた人達の視界を一時的に奪った。
直後、光は一秒もなくすぐさま消えた。
そして、ガサツな男が目を開くと、その場には店員の娘の姿はない。
代わりに、娘の姿を模した人型のクッキーが手に乗っている。
「え?」
ガサツな男は困惑した。店員の男も目を見開いてる。
唐突に訪れたホラー展開に状況が読み込めないようだ。
「それじゃ、いっただきまーす」
バリッボリッ。
ナナシはクッキーを口に放り込み、歯を立てながら噛み砕く。
「い、イカれてる......!」
ガサツな男は脱兎のごとく逃げ出す。
必死な走りから一刻も早くこの場から抜け出したいというのが伝わってくる見事な疾走フォームをしながら。
「む、娘が食われた......」
あまりの悲惨な光景に店員の男が絶望する。
すると、その横でひょこっと顔を出す少女が一人。
「お父さん、食べられてないよ?」
「へ?」
店員の男が声に目を向ければ、そこには当たり前のように娘がいた。
そのことに男は安堵と困惑から目を回し、倒れてしまった。
「お、お父さん!?」
「あちゃー、刺激が強すぎたか」
そう言葉にしながらも軽く捉えているのかナナシの顔はあまりやっちまった感が出ていない。
その瞬間、横にミュウリンが並ぶ。
「ナナシさん」
「っ!?」
静かな、されど確かな圧を持って声をかけて来る小さない相棒。
そんな彼女の表情はムスッとしていた。
同時に、ナナシは表情を見てビクッとする。
当然言わんとすることは彼もわかっている。
であれば、これは覚悟を決めねばなるまい。
「やりすぎ。後でお説教だからね」
「.......はい」
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