最終話 自称道化師の喜劇道
ハイエス聖王国には近くに大きな平原がある。
そして、そこには一本だけ大きな木が生えており、曰く「勇者が平地で召喚されて登場する場所」として知られている。
もっとも、そんなことを言うのはたった一人の道化師なので、ホラを吹いている可能性が高いが。
「良い天気だね~」
「そうだね~」
そんな場所にレジャーシートのようなもの敷いて座る二人の人物がいた。
その人物とは、ナナシとミュウリンであり、二人は日陰に面した場所でちょこんと座り、今頃買い出しに行っている仲間を待っている最中。
しかし、ただ待っているのも味気ないので、話して待っているのが現在だ。
そして、空に広がる青空を見つめながら、ミュウリンが口を開いた。
「もうあの戦いから一週間も経過したんだね。なんというかこう......早いね~」
「そうだな。でも、俺としては早く過ぎてもらって良かったかな。
だって、邪神を倒しましたってルンルンの気分で帰ってきたら、次の日から説教地獄の命令地獄。
そこに俺の拒否権は一切なくて、もう今にも精魂尽き果てそうだったよ」
「それは困るな~。ナナシさんに限っては今後は精力マシマシになってもらわないと困るのに」
「......」
ミュウリンから飛び出した言葉に固まるナナシ。
そして、スーッとゆっくり息を呑みこむと、冗談めかして返答した。
「やだなぁ、ミュウリン。君に下ネタは似合わないよ」
「ボクは本気だよ」
「またまた御冗談を。ミュウリンも好きねぇ――」
「本気だよ」
「......ほ、ほら、アレは道化師の戯言で、嘘がつくのが仕事的な――」
「......」
「あ.....ぅ」
最終的に、ミュウリンからの無言の圧を浴びせられ、ナナシは無事撃沈。
ナナシはがっくりと肩を落とすと、頭を下げた状態で横を向いた。
そして尋ねるは、もちろんミュウリンが宣言したあの言葉だ。
「なぁ、本気でその......俺と子供を作ろうって思ってるのか?
なんというか、あの時は半ば勢いというか......俺はミュウリンに償いをするためにという意思表示を示したようなつもりだったんだけど」
「ボクは本気だよ」
「あ、はい......」
ミュウリンのたった一言で、二の句が継げなくなるナナシ。
すると、そんなナナシを横目で見たミュウリンはクスッと笑って口を開いた。
「でもまぁ、これは言ってなかったことだけど、もう一つ目的があったんだ」
「目的?」
「確かに、ボクはナナシさんが自らの死を望まないように、その言葉でもってナナシさんを脅した。
その行動に後悔もしてないし、謝るつもりもない。それが最善だと思ったから。
けど、それと同じぐらいボクはナナシさんと繋がりが欲しかった」
その言葉に、ナナシは首を傾げる。
「繋がり?」
「そ、繋がり。ボクはこの人生において二人の家族を亡くした。
けど、お父様とフェインとは”家族”という名の血が繋がっている。
ボクの体には二人にもある血が流れている。それが二人との間にはある。
でも、ナナシさんとは何にもない」
ミュウリンとナナシは違う人間だ。
性別も違えば、種族も違い、もっと言えば生まれた星さえ違う。
同じことがあるとすれば、同じ人型であり魔法が使え言葉が話せるというぐらい。
しかし、魔法と言語はリュリシールから与えられた特権なので、それを除いてしまえばもはや同じ人型の生き物という共通点しかなくなる。
隣にいて手を伸ばせばすぐ触れれるほど近くにいるのに、共有している”繋がり”がない。
とはいえ、ミュウリンがそれを気にすることはなかった。
それは仕方ないものであり、そういうものだと受け入れたのだ。
もっと言えば、自分達には絆がある。絆で繋がってる――そう思っていた。
だが、その思いはナナシの死を目撃したことで脆くも崩れ去った。
何も言わずともずっとそばにいてくれると思った好きな人が死んだ。
瞬間、ミュウリンの中にあった絆はたちまち千切れ、何もなくなる。
魔王と弟のフェインとは、例え死に別れたとしても決して断てない血の繋がりがある。
一方で、ナナシとは何もない。同じ人型もやがては同じではなくなる。
ミュウリンにとって、それがとても怖くなったのだ。
まるでこれまで過ごしてきた全ての思い出が、泡沫の夢であったように感じて。
しかし幸い、リュリシールによって時間を戻し、ナナシが生きている世界に戻って来た。
とはいえ、未だナナシと繋がりがないのは変わらない。
となれば、ミュウリンにとって望む行動は一つだ――繋がりが欲しい。
「だから、ボクはナナシさんとの繋がりが欲しかった。
一生消えることのない繋がりが。それがナナシさんと赤ちゃんを作ること。
それに、きっとナナシさんとの子供は可愛いだろうしね」
「......なるほど、そういうことか」
「もっと言えば、ナナシさんは嘘つきでいつ死んでもおかしくないので、さっさとこしらえようかと」
「ミュウリンさん、もう少し言葉選んで」
ナナシはそう指摘しながらも、ミュウリンの言葉の意味を理解し、さらに拒否する言葉が無くなったことに苦笑いを浮かべた。
自分よりも年下にそんなことを言われれば、もはや男としてケジメをつけなければなるまい。
「ミュウリン」
「何?」
「改めて誓うよ。俺が君のそばに居続けること。
そして、君の望むままに繋がりを作ることも」
「ふふっ、そっか。なら、頑張ってね。
たぶんボクだけでも大変だろうけど、他の子達もいるだろうから」
「.......他の子達?」
「そりゃもちろん、レイちゃんでしょ? それからハルちゃんに、シルさん、んでもってヒナちゃんも」
「シルにヒナちゃんも!? ちょちょちょ、ミュウリンさん!? 俺にロリコンになれと言って――」
「おーい! ナナシー!」
ナナシがミュウリンに問い詰めようとした時、遠くからゴエモンが声をかけた。
その声に二人が振り返ると、そこにはレイモンド、シルヴァニア、ハル、ヒナリータの姿もある。
そんなあまりにもタイムリーな人員にナナシが苦笑いを浮かべていれば、ミュウリンはナナシをスルーしてスススッとゴエモン達に合流。
そんなミュウリンの行動に、ナナシは頭を抱えながら立ち上がった。
「ん? どうしたナナシ?」
「いんや、何にも」
「なら、お前も手伝え。言っとくけど、拒否権はねぇぞ」
「へいへい、わーってますよ」
レイモンドにそう命令され、シートの上にバスケットや紙袋を並べていく。
そして、ヒナリータがバスケットを開けば、そこにはサンドイッチが入っていた。
「ナナ兄、このサンドイッチねヒナが作ったの! だから、必ず食べること!」
「これ私が作ったホットドッグ? ってもの。確か、ナナシの故郷にもあった料理なんだよね。
シルヴァニアから教えてもらって作ってみた。これも食べて」
「こら二人とも、アピールは後! ほら、アイトさん二人とも待ちきれないようですし、さっさと始めましょ」
つよつよアピールをするヒナリータとハルを諫めつつ、シルヴァニアはナナシに流れをパス。
すると、全員がナナシの言葉を待つように、ナナシへ視線を向けた。
「そうだな.....それじゃ、ちょい待ち。ミュウリン、ちょっとこっち来て」
「? わかった」
ナナシはミュウリンを手招きすると、コソコソと耳打ちした。
その耳打ちでミュウリンがコクリと頷くと、今度は亜空間から黒い布を取り出し、それを目元に巻いた。所謂、かつての道化師スタイルというものだ。
そして、道化師となったナナシは口を開いた。
「さてさて、皆さん。本日はお集りいただきまことにありがとうございます。
今日こうして集まってもらったのは他でもない。
この俺とミュウリンが邪神を倒し、そして我ら二人を支えてくれた皆さんのための宴会です。
もちろん、邪神を倒したからといって世界が劇的に良くなるわけでもなければ、皆が仲良くなるわけでもありません。
それでも、俺達がいなければ世界は終わっていただろうし、世界を救ったんだから素直に喜んでもいいはず! 皆さん、そう思いませんか!」
「あぁ、そうだそうだ!」
「ゴエモンの勇気ある反応に敬意を表します。
では、これより宴会のための余興を披露しましょう。
この特別ステージににて歌声を披露してくれるは、可憐な煌めく一番星。
癒しの歌で人々を労い、人癒しを与えるはまさに天使の如く。
我が自慢の相棒――ミュウリン!」
「やっほ~、ミュウリンだよ~。それじゃ、ボクからも少しだけ。
今回このような結果を生み出せたのは、皆がいて一緒に行動してくれたおかげ。
でもまぁ、やっぱりボクの成果が大きいかな.....なんちゃって」
「可愛いぞ、ミュウリン!」
「ミュウリン、自信もって」
「ミュウ姉はカッコいいよ!」
「ミュウリン様、胸を張っていきましょう!」
「あはは、レイちゃん、ハルちゃん、ヒナちゃん、シルさんどうもありがとう。
皆のおかげでボクは今ここに居る。そして、これからも人生は続く。
ボクの目標は今も昔も人族と魔族の平和で、それはまだ全然進んでないけど、それでもボクはナナシさんが、それから皆がいてくれれば上手くいくと思ってる。
けど今ぐらいは、盛大に盛り上がっていこう! ボクの歌に楽しんでってね」
そして、ミュウリンとナナシはアイコンタクトを取った。
ミュウリンが全員の前に立ち、右手を胸に当て深呼吸をし、一方でナナシは少し後ろで土魔法で椅子を作り出しながら、亜空間から取り出したギターを取り出す。
「「それじゃ、聞いてください――果てなき旅路」」