第189話 全てを話し合おう#2
――現在
「ボクはリュリシール様から弟のフェインが死んだ時の状況を聞いた。
そして、死んだ時の原因も犯人も。
お父様が死を覚悟して城に残った時、ボクに残ったのはたった一人の血の繋がった弟だけ」
ミュウリンはそう小さな声で言うと、拳をギュッと握った。
そして、覚悟を決めたようにナナシを見た。
その目は憎むというより、真実を聞き出したいという感じで。
「ナナシさん、ボクはその時のことを知ってる。
だけど、改めてナナシさんの口から当時のことを聞きたい。知りたい。
どうしてフェインが死ななきゃならなかったのを」
「......わかった。全てを話すよ」
そして、ナナシは当時のことを思い出しながら話始めた。
それはナナシが魔王城に一人で向かう前の二日前のこと。
ナナシ達勇者パーティは、魔王城に向かう道中にある森で激しい戦闘を行っていた。
血気盛んな魔族との戦いは終始総力戦といった感じであり、どこかの誰かへ気を回している様子はない。
そんなことをしていれば、自分が死ぬことになり、ひいては人族の未来が死ぬことになるから。
そんなある時、ナナシは一人で少しだけ手強い魔族と戦っていた。
といっても、他の魔族に比べれば強いだけで、その時のナナシはすでに勇者として完成されており、その魔族に苦戦することはない。
故に、強いて焦ることがあるとすれば、戦闘が長引いて魔族の援軍が来ること。
ナナシの体力は限りなく無限に近いが有限である。
加えて、休まなければ疲労も蓄積してくる。
魔王との戦いを控えていたナナシにとって、出来る限り体力は温存しておきたい。
そう考えたナナシがとったのは、自分が強いことを活かした超火力の砲撃ブッパである。
ゲームのイベントの周回の時に、強力な必殺技で敵を一撃粉砕して時短するように、ナナシは自分の体力やこれからのことを考えてその選択をしたのだ。
そして、ナナシが放ったのは聖剣に光の魔力を纏わせ、それを収束させた砲撃。
その光線は目の前にいた魔族を一撃で仕留め、その後もはるか後方まで光が伸びていった。
その時、ナナシは遠くにいる二人の男女の魔族の存在に気付く。
砲撃が終わればすぐに砂煙で姿は見えなくなったが、妙な胸騒ぎをしたナナシはそこへ向かった。
すると、そこには青年と外套に身を包みフードで顔を隠した人物がいた。
その時の青年が、獣王国の地下で邪神ファルディアートに一時的に受肉されていた青年である。
また、その時のフードで顔を隠した人物というのがミュウリンなのだ。
当時のナナシは、ミュウリンが顔を隠していたり、御付きの青年に警戒されていたりで気付くことは無かった。
しかし、その時ナナシは戦争という残酷さを再度感じることになる。
それはフードの人物が抱えていた一本の腕。
その腕は子供サイズであり、青年のものでもフードの人物でもない。
つまり、ナナシは不慮な事故とはいえ、自らの手で子供を手にかけたことになる。
ナナシは自分が勇者であり、また戦士である以上、非戦闘員は殺さないことを誓っていた。
しかし、その自分が子供を手にかけた。殺してしまった。
その現実は、ナナシの心に確かに呪いの楔を打ち込んだ。
それから時は流れ、ナナシが獣王国の地下でファルディアートと会った時のこと。
ファルディアートはミュウリンの御付きであった青年から記憶を読み取り、ナナシが殺した人物が誰の弟かということを伝えたのだ。
そして当時の罪を思い出したナナシは、その後ミュウリンとどういう風に接すればいいかわからなくなり、ミュウリンに対して酷い態度を取り続けた。
「だから、俺はミュウリンに顔を合わせる資格がない」
ナナシは全てを話した。
顔は下を向いており、肩も落としで明らかに落ち込んでいる。
「ミュウリンの弟を殺してしまったことは、本当に悪いと思っている。すまなかった。
謝っても謝りたりないぐらいの気持ちでいっぱいで、この償いは必ずする。
だけど、今は待ってくれ。邪神を倒した後、必ずこの罪を償うから」
その謝罪にはまるで覇気が無かった。
これまで道化師として生きていたナナシとは正反対のテンション。
放っておけば誰もが死にそうと思えるような死相も浮かんでいた。
「......」
そんなナナシをじーっと見ていたミュウリン。
ミュウリンは改めてナナシから当時の出来事を聞くと、その後頭の中でリュリシールから聞いた二年後のナナシの死について思い出した。
ナナシが世界規模で記憶改ざんした二年後。
ナナシはファルディアートを倒すために展開に挑んでいた。
ナナシはこれまで再三戦った経験を活かし、終始優勢という状態で戦っていた。
それはナナシがファルディアートの戦い方のクセと、攻撃手段を全て記憶していたり、リュリシールのサポートもあったから。
また、ナナシの世界渡りによる執拗な追撃もあって、記憶だけを継承しているナナシとは違い、肉体ごと世界渡りしていて肉体が回復しきっていないファルディアートはジリ貧になっていたのも要因だ。
そして、ナナシが後少しで勝てるとなった時、ファルディアートはミュウリンの弟を殺した時の話を持ち出した。
その話に動揺したナナシは、その隙を突かれファルディアートから呪いの一撃を受ける。
しかし、何とか相打ちの形で攻撃を放ったことで、ナナシはファルディアートを倒すことに成功した。
ファルディアートがいた天上界は崩壊し、ナナシは地上に戻ってきたが、呪いによってリュリシールの為す術もなく死んだ。それが二年後の結末。
「ナナシさん、ボクは......」
そして現在、それを防ぐためにミュウリン達は二年前に戻って来たのだが、今のナナシの状態では同じ結果を辿ることは、ミュウリンにとって明白だった。
しかし、どういう風に声をかけたらいいかもわかっていない。
ミュウリンは弟フェインのことを可愛がっていた。
フェインを生んで早くに亡くなった母親の代わりに、フェインの面倒を見続け、それこそ宝物のように大切だった。
その大切なものを奪った張本人が、自分が好きになった元勇者の道化師。
ミュウリンがリュリシールから真実を聞く前、魔王である父親が勇者によって殺されたと思っていた時は、ミュウリンとて父親が死んだことは「仕方ない」と割り切っていた。
なぜなら、理由はなんであれ最初に人族を襲ったのは父親であるから。
もちろん、父親が死んだのは悲しいが、そのツケが回って来たというだけの話に過ぎないと思っていたから。
しかし、実際は違い、勇者は魔王を殺しておらず、何も関係ないフェインを殺していた。
結果的にとはいえ、勇者が殺した事実は変わらない。
だからこそ、ミュウリンは上手く言葉が出せなかった。
故に、ミュウリンはナナシを憎んでいる。恨んでいる。とても強く。
しかし同時に、死んで欲しくないという気持ちもある。
ナナシがどういう人物で、どういう性格であるか知っているから。
魔王を殺した時、それをミュウリンに打ち明け、さらに罰を受けようとたバカ真面目。
そんなナナシの実直さ、誠実さが気に入り、そんな人物となら魔族と人族が争わない世界を作れると夢見ることができた。
「ボクは.....」
ミュウリンは今天秤にかけられている。
フェインの死を問い詰めるか、ナナシを助けるために罪を許すか。
その答えは二つに一つ。そして、ミュウリンは決断した。
「ボクはナナシさんと赤ちゃんを作る!」
「.......え?」
突然のミュウリンの言葉に、ナナシはぽかーんとした顔を向けた。
聞き間違いかと言わんばかりの表情で、首を傾げる。
「あ、あの、ミュウリン......何の冗談?」
「冗談じゃないよ。ボクは本気」
そう言って、ミュウリンはナナシが動けないことをいいことに、正面からナナシの足に跨った。
そして、両腕をナナシの首に回し、至近距離で言葉を続ける。
「ボクはさ、復讐をすること自体は悪いことじゃないと思ってる。
それで気持ちの踏ん切りがつくというならやるべきだし、実際ナナシさんはハルちゃんの復讐を手伝った。それってそういうことでしょ?」
「......」
「けどね、それは成功したから良かったと思うんだ。でも、失敗してたらその命は無駄になる。
例えば、ボクが助けたとして、せっかく助けた命がそんな消費の仕方をされたと知ったら悲しい」
「なら、ミュウリンは俺を許すというのか?」
「ごめんね、たぶんそれは出来ない。
ナナシさんは魔族の敵で、フェインを殺した犯人で殺したいほど憎んでいるけど、同時にともに平和を目指す仲間で、ボクが大好きな人だから殺したくないと思ってる。
でも、今のままじゃナナシさんは勝手に死んじゃいそうで、そうなったらボクは大好きなナナシさんをさらに恨まなきゃいけなくなる」
「それは.....ダメなのか?」
「ダメだよ。そうなったらきっとナナシさんにとって死が救済になっちゃう。
だから、ボクはもう一度村でやった時と同じようなことをしようと思う」
「それが......俺とその、子供を作ることなのか?」
そのナナシの問いかけに、ミュウリンはコクリと頷いた。
「赤ちゃんを駆け引きに使うのは卑怯とは思うけど、こうでもしないとナナシさんは止まらないから。
赤ちゃんを作ることでナナシさんが死ねない理由を作り、それでいてその子供が成長していく度に、フェインを殺したこと思い出して苦しみ続けるんだよ。死ぬまでね」
これがミュウリンが考えた復讐と救済を同時に行う方法であった。
ミュウリンはナナシに復讐したい。しかし、死んで欲しくない。
その二つの気持ちが合わさった残酷な救済。
そんなミュウリンの発言には、さしものナナシも苦笑いをした。
「ハハッ......ミュウリンってさ、村の時も思ったけどエグイことを思いつくよね」
「誉め言葉と受け取っておくよ。それでどうする?」
ミュウリンがそう聞くと、ナナシはミュウリンの体にそっと腕を回し抱きしめた。
そして、耳元で誓いの言葉を立てる。
「わかった。死ぬまで苦しむことを約束する。
だから、それは俺がここに帰ってくるまで待ってもらっていいか?
邪神を倒したら必ず誓いを果たしに行くから」
ナナシが立てた誓い。
抱きしめる感触からしても、ナナシがもう死ぬつもりはないことはミュウリンにはすぐにわかった。
しかし、ミュウリンはハッキリと返答した。
「あ、それは無理」
「え?」
「ボクもついていくから。監視のためにね」
「え?」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)