第188話 全てを話し合おう#1
「あのーこれはやり過ぎでは?」
「テメェが逃げるからだろ」
現在、ナナシはヒナリータよって捕まり個室に隔離されている。
そしてその部屋の中央にて、椅子に両手両足を縛りつけられ、またナナシを囲むようにレイモンド、ヒナリータ、ハル、シルヴァニア、ゴエモンが取り囲んでいた。
まさに絶対に逃がさないという意思を感じる陣形であった。
「一体俺が何をしたってのさ?」
そんな状況の中、ナナシは諦めたように肩を落としながら聞いた。
すると、レイモンドは鬼のような形相をしながら、圧強めの声で返答する。
「あ? わかってねぇとは言わせねぇぞ。
お前はわかってるから逃げたんだろ?
じゃなきゃあそこまで抵抗したりしねぇだろ」
「それは急にあんな怖い雰囲気出された逃げるだろ」
「だが、捕まえなかったら一人で世界の命運背負って邪神に挑んでだろ?」
瞬間、レイモンドの言葉にナナシはピクッと反応した。
そして、レイモンドに目線を向けると、首を傾げてとぼける。
「......なんのこと?」
「言っとくがとぼけようとしたって無駄だ。こっちは全部知ってる。
お前が過去、いや、別の世界でやってきたことも、これからやろうとしてることもな」
そして、レイモンドは二年前のことを洗いざらい全て話した。
といっても、聖神リュリシールから聞いたことであるが。
全てを話し終えると、ナナシは堪忍したように一つため息を吐いた。
「ハァ......まさかリュリシール様に裏切られるなんてね。これはさすがに予想外だ。
なるほど、どうりで体の動きが悪いわけだ。リュリシール様に邪魔されてんだから」
「それだけあの女神はナナ兄を死なせたくなかったってこと。そして、それはヒナ達も同じ。
死んでいるナナ兄を見た時、胸が張り裂けそうなぐらい苦しかったし悲しかった。
きっと女神も同じ気持ちだったんだと思う」
ヒナリータは言葉に感情が乗るとともに、拳をギュッと握った。
そして、僅かに潤んだ目でナナシをキリッとした目で見ると続けて言った。
「だから、ヒナは決めた。ナナ兄は見失えばどこかへ消えちゃうなら、ヒナが監視しとこうって。
もう今度こそどこにも逃がさない。ヒナの前から消えさせない」
「ひ、ヒナちゃん、その年齢でヤンデレ属性は早いと思うよ?」
「ナナ兄、今真面目な話をしてるの」
「あ、はい......」
ナナシ、ついに幼女に屈服する。
もはやヒナリータは完全に逆らえない相手になってしまったようだ。
その時、シュンとするナナシの前で腕を組むヒナリータの肩に、ハルが肩をポンと手を置いた。
「ヒナ、良いこと言った。でも、あんたはまだまだ子供。
そういう役目は大人の私に任せておけばいい。
気持ちは一緒だから問題はずよね?」
「ハル姉、魂胆はわかってる。そう言って、ナナ兄を自分のものにしようしてるでしょ?
けど、そんなことはヒナが許さない。ハル姉が相手でもヒナは逃げない」
「へぇ、私とやろうっての?」
「そう言ってる」
ヒナリータとハルは視線でバチバチと火花を散らすと、そのままナナシに近づいた。
そして、二人してそれぞれ近い肩にに手を置き、そっとナナシの襟をめくっていく。
その行為にナナシが顔を上げ、「え、何する気?」と困惑するが、そんなナナシを無視して二人は同時に首筋に噛みついた。
「あだああああぁぁぁぁ!? 痛い痛い痛い!! あ、ちょ、ヘルプ! 助けてヘルプ!
これマジで肩の肉が食いちぎられる! 二人とも止まってお願い!」
あまりの痛みに悶絶するナナシだが、ヒナリータとハルは決して止めなかった。
また、周りにいるレイモンド、ゴエモン、シルヴァニアも一切止めようとしない。
一方で、そんな光景を見ながらゴエモンはシルヴァニアに話しかけた。
「そういや、聖女様は何か言わんでいいのか?」
「いいですよ、今言い出したら時間がいくつあっても足りません」
「そ、そうなんだ。ちなみに、ミュウリンはまだ教会に?」
「そうですね。あそこまで長いのは初めてなので......と噂をすれば」
その時、ドアがノックされ、部屋にミュウリンが入って来た。
すると、ヒナリータとハルも彼女の入場にナナシの攻撃を止め、視線を向ける。
解放されたナナシはというと、大きくため息を吐いて安堵の表情を浮かべていた。
「ミュウ姉、お話は終わったの?」
「うん。それで皆にお願いがあるんだけど、二人っきりにしてくれないかな?」
その言葉に、全員が顔を見合わせると「わかった」と言って部屋を出て言った。
そして、ミュウリンはナナシと二人っきりになった所で口火を切る。
「ナナシさん、今の状況......どこまで話を聞いてる?」
「ミュウリン達が過ごしてきたことや、リュリシール様が俺の過去をばらしてくれた諸々全部。
どうやら大変な目に遭わせてしまったみたいだね」
「他人事みたいに言うんだね」
「他人事みたいにしたかったんだよ。もっと言えば、全てを無かったことしたかった。
おおよそ、リュリシール様から俺のことを聞いてきたんでしょ?
より正確に言えば、俺がミュウリンに顔を合わせずらい理由を」
「うん、そうだね」
ミュウリンはそう肯定すると、リュリシールとの話を思い出した。
―――数十分前
教会の女神像にて祈りを捧げたミュウリンは、意識を天上界へと繋げリュリシールと会っていた。
光で構成された姿ではない布一枚に身を包んだかのようなリュリシールを目の前に、霊体のように若干透けているミュウリンは早速本題に入った。
「リュリシール様、ボクだけに話したい内容って?」
「それはアイト様がミュウリンさんに隠している話のことです。
面と向かって顔を合わせずらい理由とでも言うのでしょうか。
ともかく、それがキッカケでアイト様は命を落としました」
ミュウリンはナナシが世界規模の記憶改ざんをする前のことを思い出した。
ナナシと最後に話した時、ナナシはミュウリンの前でバツが悪そうな顔をしていた。
それはまるでミュウリンに対して負い目があるような表情で。
それがナナシの死のキッカケであれば、その運命を回避するためには聞かなければいけない。
「その話って?」
「まず初めにアイト様は魔王......ミュウリン様のお父上を殺してはいません」
「え?」
ミュウリンは衝撃的な内容に一瞬耳を疑った。
そんなミュウリンを見ながら、リュリシールは言葉を続ける。
「アイト様が魔王のもとへ辿り着くと、魔王はアイト様に共闘を申し込んだのです。
もっと言えば、魔王が人族を襲っていたのもそれが理由というべきですね。
ちなみに、ミュウリン様はどこまで理解してますか?」
「ボクは直接お父様から話を聞いたわけじゃないけれど、お父様が人族を攻めた理由は察してる。
それは攻撃的に増長した魔族を排除するため。
お父様は平和を望んでいたけど、当時の魔族の気質がそうじゃなかった。
だから、勇者という存在を使って魔族のバランス調整を行ったんだと思う」
ミュウリンは知っている。魔王が一度勇者を見逃したことを。
それは魔王が望む勇者の強さではなかったから。
そんなミュウリンの回答に、リュリシールは首を横に振った。
「それは表向きの理由で、部分的には合っていますが、正しい答えではありません」
「それじゃ、本当の答えは?」
「邪神ファルディアートの力を削ぐためです」
「!?」
「魔王はキッカケこそわかりませんが、早くも邪神の目的に気付いているようでした。
そして、ミュウリン様が言った通り魔王は戦いを好まない性格の方でした。
しかし、邪神の影響で各地の魔族が力をつけ、このままでは邪神の手下となった魔族によって世界が壊されてしまう」
「だから、お父様は自ら指揮を取ることで、人族......いや、リュリシール様に勇者を召喚させることで戦力を削ぐことにした?」
「そうです。その時の私は気づきませんでしたが。
そして、運命の日となった魔王城での決戦にて、魔王様は全てを打ち明け勇者であるアイト様に協力を求めました。
そこでアイト様の協力を得られると、勇者を殺しにきた邪神と二人で戦い.......寸前の所で逃げられました。またその戦い、魔王様は瀕死の重傷を」
リュリシールから初めて聞かされる真実に、ミュウリンは二の句が継げなかった。
一体なんと言葉を返せばわからなかったのだ。
もっと言えば、何かを言えるようになる前に、情報処理が終わっていない。
それほどまでの衝撃的な内容とも言える。
それから少しして、ミュウリンは疑問を口にした。
「あの、ナナシさんは世界渡りをしたって前に言ってましたよね?
となれば、ナナシさんのことだから勇者になった日からやり直したりしてないんですか?
そうじゃなきゃ、ボクがナナシさんと会った時にお父様を殺したなんて勘違いしないと思うんです」
「それには二つほど理由があります。
まず一つ、勇者と魔王が協力した結果、邪神を瀕死まで追い込めました。
しかし、邪神は私と同じ最高神であり、”世界渡り”による影響を受けません。
つまり、時間を与えれば与えるほど、邪神は回復してしまうことになるのです。
完全に回復されれば、太刀打ちできる確率は一気に低くなります。
なので、悠長な時間をかけていられる暇がなかったのです」
「......二つ目は?」
「勇者や魔王は世界に多大な影響を及ぼすからです。
前に世界線を枝に例えたと思いますが、勇者と魔王は言わば幹から伸びた太い枝。
”世界渡り”は近い位置に隣接する細い枝なら移れますが、そこまで太いのは私でも移れないのです。
故に、邪神との戦いが始まった時点で、世界線では魔王が生きる未来と死ぬ未来の太い枝が生まれ、その世界は魔王が死ぬ未来で確定してしまった」
「そう、なんですね......」
「それら二つの理由からアイト様は、時間的にも状況的にも戻れるのが魔王城での決戦直後しかなかったのです。
また、記憶に関しては世界の歴史の強制力が影響して、世界の影響を受けない私や邪神が干渉した際に空いてしまった穴を勝手に塞ごうとしてしまうのです。
言うなれば、都合の良い記憶を作り出してしまうのです」
「だから、ナナシさんは魔王様を殺したと勘違いしていたんですね」
ミュウリンはもうすでに情報の大きさにパンクしそうになっていた。
とはいえ、それと同時に疑問も出てきた。
それはどこにもナナシが死ぬような要因がないということ。
ナナシが記憶を完全に思い出したなら、魔王は殺してないとわかるはずだ。
仮に、死なせてしまったことが負い目だとしても、それが死の直接的な原因だとは少し考えづらい。
となれば、別の要因があるはず。
それを聞かなければ、ナナシとしっかり向き合うことは出来ない。
「お父様のことはわかりました。
ですが、それがナナシさんが死ぬ原因となったのは、少しボクの中で上手く繋がりません。
他にあるのですか? ナナシが死ぬ理由が」
ミュウリンがそう聞くと、リュリシールはコクリと頷き言った。
「アイト様の死因は――ミュウリン様の弟君であるフェイン様を殺したことです」
「.......え?」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)