第187話 勇者を捕獲し隊
――二年前
「ハッ!」
教会で用意された自室にて意識を取り戻すミュウリン。
まるで長い長い夢を見ていたように、されどその記憶はハッキリしている。
とはいえ、二年前の今日のことを細部まで覚えているかとは別だ。
「ここは二年前.....なんだよね?」
ミュウリンは腰掛けていたベッドから立ち上がると、一先ず窓から外を見た。
すると、レイモンドと二人で歩いているナナシの姿があった。
どうやら本当に二年前に戻って来たようだ。
「ナナシさん.....」
目の前で亡骸を見たせいか、ミュウリンはナナシが生きているだけで涙ぐむ。
そして、思わず目に溢れた涙を拭っていると、目線の先にいるレイモンドも同じような行動をしていた。
直後、レイモンドはミュウリンの方を向くと、サムズアップする。
「レイちゃんも無事に記憶を引き継げたようだね。
となれば、善は急げ。ナナシさんが気付く前に行動しないと」
ミュウリンはそう呟き、駆け足でドアノブに手をかけた。
すると、ミュウリンがドアを引くのと同時に、廊下側からドアが押されるように開かれる。
目の前にいたのはシルヴァニアであり、二人とも急いでいたせいがごっつんこ。
「むふっ!」
しかし、身長差のせいでミュウリンがシルヴァニアの胸に顔をうずめる結果に終わった。
そんなミュウリンに、シルヴァニアは「あ、丁度良かった」と声をかけると、そのまま用件を述べていく。
「ミュウリンさん、急いで女神像の前に来てください。
リュリシール様がミュウリンさんをお呼びしています。
わかった、シルさんはこれからどうするの?」
「とりあえず、ナナシさんを追いかけて適当な理由を挙げてとっ捕まえます」
「それなら、さっきレイちゃんがナナシさんと歩いてる所を見たよ。
ちなみに、レイちゃんも無事にこっちに記憶を引き継げたみたい」
「そうですか。なら、レイちゃんもきっと同じ気持ちで――」
「おい、二人とも不味いぞ!」
ミュウリンとシルヴァニアが話していると、廊下の奥からキキーッと急ブレーキをかけながらゴエモンが現れた。
そして、ゴエモンは迫真の表情で二人に最新情報を伝達する。
「ナナシがレイモンドの不審な行動に違和感を感じたみたいで逃げ出しやがった!
今、、街の大通りに向かって走ってるみたいだ! 逃げられる前に追いかけるぞ!」
「チッ、あの堅物バカは妙なところで感が鋭いですね。
まぁ、レイちゃんも不器用すぎるのかもしれませんが」
「ともかく、シルさんは早くそっち行って! ボクは教会に向かうから!
そして、それが済み次第加勢に行くから!」
「わかりました。捕まえたら連絡します。
ゴエモンさん、私は教会関係者に声をかけていきます!
ゴエモンさんは先にナナシさんを追いかけにいってください!」
「あいわかった!」
そして、三人はそれぞれバラバラに動き出した。
*****
「ハァハァ......どうなってんだ!?」
現在、ナナシは追いかけるレイモンドから逃げていた。
なぜ逃げているかという理由を挙げるとすれば、レイモンドが不審だったから。
なぜかナナシの一挙手一投足を警戒したような目をしており、そしてしきりに教会に戻るように話を促してくる。
もちろん、それだけではただの疑わしいの範疇でしかないのが、ナナシの勇者としての勘が嫌な予感を察知したのだ。例えば、どういうわけか計画がバレているとか。
故に、一先ず逃げ出したわけであるが、その道中でナナシの疑念は確信に変わる。
それはナナシのあらゆる魔法が封じられているからだ。
加えて、身体能力も著しく低下している。
まるで捕まえるためにナナシを弱体化しているかのように。
「ま、まさか.......リュリシール様が裏切ったのか!?
いや、そんなことは......だが、俺の力は基本的にリュリシール様の恩恵が大きい。
それは俺が女神が召喚した勇者だから......ってことはやっぱ関わってんのか!?
さすがにこの状態で邪神に挑むのは無謀すぎる!」
「どこだナナシー!」
「くっ、さすがにレイの能力はそのままか。バレた瞬間、捕まるぞ!」
ナナシは一先ず物陰に隠れると、そこからレイモンドの動きを探った。
現状魔法こそ使えないが、魔力の操作いかんでは気配は限りなく薄くできる。
故に、今求められてる技術はスニーキング技術。
「とはいえ、これからどうしたものか。リュリシール様を説得に教会に戻るか?
いや、リュリシール様がレイ側にいる以上、たぶんミュウリンもシルもグルと考えた方がいい」
「見つけた、ナナシ」
「待って、ハル。今おとりこみ中だから......」
瞬間、ナナシの言葉はだんだん尻すぼみになり、ギギギと油を刺し忘れた機械のように、声のする方に視線を向けた。
すると、そこには尻尾をブンブンと振りながらも、ムッとした顔のハルが。
「こそこそ動くはこっちの分野。ナナシは大人しく捕まる!」
「ちょま!」
ハルが両手で抱え込むように拘束してくる動きに、ナナシは咄嗟にしゃがんで反応。
そして、そのまま前転しながらハルの後ろ側へと回り込んでいく。
「相変わらず反応が早い。でも、動きは遅い。
すぐに魔法を使う様子も無いし、調子が悪い?
まぁ、なんにせよそれはこっちにとって好都合!」
「勘が鋭い子は嫌いだよ!」
ハルはすぐさまナナシへ距離を詰めると、素早く右腕を伸ばした。
しかし、ナナシがそれを躱せば、今度は左手を伸ばす。
だが、ナナシはそれすらも躱した。
ちなみに、ハルの動きは今のナナシでは魔力を使った視野で捉えるのがやっとである。
しかし、長年の戦闘経験とセンスによって紙一重で躱しているのだ。
「ナナシ、観念して!」
「嫌だね! これは俺の責任だ! 俺が一人で取るべきなんだ!
ハルや皆を巻き込めない――猫拍響」
ナナシは一歩前に踏み出し、ハルに近づくと、ハルの眼前で両手を叩いた。
瞬間、その両手の音はハルの鋭敏な聴覚に響き渡り、ハルの脳に衝撃を与えた。
ハルはまるで脳震盪を起こしたように、その場で千鳥足になる。
「な、何.......今の?」
「俺の武術の賜物さ。いくら魔法や身体能力を封じられようと、肉体の技術は奪えない」
「くっ......さすがナナシ。そういう所がカッコいいと思う。
でも、残念だけど私の真の目的は時間稼ぎ!」
「おらナナシ! ここか!」
「ナナシさん、今度こそ捕まえに来ました!」
「逃がさねぇぞ、ナナシ!」
その時、ゴエモン、シル、レイモンドが取り囲むように現れた。
加えて、その三人のさらに周囲には神殿騎士やシスター、祭司といった教会関係者の顔もある。
この瞬間、ナナシは逃げ道を失った。
「大人しく捕まりやがれ!」
「っ!」
レイモンドが移動した瞬間、ナナシは魔力で補っている視野では捉えきれなかった。
しかし、その代わりにナナシの知るレイモンドとしての動きが答えを導く。
「レイすまん――白雷掌」
「ぐふっ!」
ナナシは左腕の脇の下から右手を通し、背後から抱き着いたレイモンドの腹部に衝撃波を与えた。
それは鎧を貫通し、痛みにレイモンドはナナシを放して、地面に膝をつけながら悶絶する。
「ナナシ!」
今度はゴエモンが突貫してくるが、ナナシはゴエモンの動きを予測すると、それに合わせて体を動かした。
結果、ゴエモンはナナシに腕を掴まれた挙句、合気道のようにして一回転して地面に叩きつけられた。
その後、シルヴァニアと祭司、シスターが光の拘束魔法を発動してもナナシに躱され、神殿騎士が突撃しても軽くいなされる。
魔法を封じられ、身体能力を弱体化されても、いかんなく発揮されるナナシの勇者としての動きに、レイモンド達は捕まえるだけなのに手も足も出なかった。
「チッ、さすがに勇者ってか。だが、まだこっちだって秘策はあるんだ。ハル!」
レイモンドはハルの名を呼ぶと、脳震盪から回復したハルは「了解!」と言って突撃した。
その動きにナナシはほくそ笑む。
「さすがにそれは単純すぎないか?」
「単純すぎるぐらいが丁度いい。だよね!」
「っ!?」
ナナシがハルの手を躱した瞬間、ハルは背中を丸くしてしゃがみ込んだ。
直後、この場にいるはずのない少女が、ハルの体を足場にして飛び出した。
「ナナ兄!?」
「ヒナ、どうしてここに!?――しまっ!?」
獣王国にいるはずのヒナリータが目の前に現れたことに、ナナシは一瞬の油断を生んだ。
そこのチャンスを小さな勇者は逃さない。
ナナシを捕まえれば、そのまま押し込むようにして地面に叩きつけ、マウンティングを取った。
「皆が苦戦してるようだから、女神に呼ばれたの。
そして、ようやく捕まえた。もうどこにも逃がさない」
「......情状酌量の余地は?」
「あるわけない」
「ですよね」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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