第185話 全てを賭けた選択#1
ヒナリータ達の前に現れた聖神リュリシール。
その女性が放つ神々しさは、まるで母親に抱かれるような安心感と、まるで災害を経験しているかのような畏怖という相反する気持ちを与えるようなオーラを放っていた。
そんなオーラに当てられた植物は、瞬く間に成長し、神殿を自然の緑へと変えていく。
ツタは伸び、地面から芽が生え、つぼみは花を咲かせる。
まさに大地、否、命の創造主という相手に対し、その場にいる全員が動けなかった。
そんな中で、リュリシールから「話がしたい」という意思を伝えられる。
となれば、ヒナリータ達下界の民に出来ることはその意思に従うことだけ。
しかし、ヒナリータだけは正面切って立ち向かった。
「話って何? 今のナナ兄を生き返らせることができるってこと?」
ヒナリータは神に対しても、持ち前のムッとした顔を向けた。
ただでさえ、ナナシが死んで悲しんでいるのに、今更神がなんだと言わんばかりに。
そんなヒナリータに対し、レイモンドは困惑する。
「な、なんでヒナはこの状況でしゃべれんだ?」
「見てアレ! ヒナちゃんのペンダントが光ってる」
レイモンドの疑問に、ミュウリンがヒナリータのとあるものを指摘した。
それがナナシがあげたペンダントであり、そのペンダントが光っているのだ。
そして、そのペンダントはあらゆる攻撃を防ぐという付与が与えられている。
つまり、全員にかかる神見た畏怖が攻撃判定となり、ヒナリータの身を守っているのだ。
故に、ヒナリータは自由に動け、発言することができる。
そんな不遜な態度を取るヒナリータに対し、リュリシールは怒ることなく答える。
「いいえ、現段階で私が彼を生き返らせることはできません。
アイト様の魂は邪神との戦いで汚れ、私の力では蘇生ができないのです」
「神のくせに役立たず。神だったらナナ兄を返してよ! 生き返らせてよ!
それが出来るようになってから話しかけて。じゃなきゃ、私は神を許さない」
ヒナリータはまるで親の仇を見るような目でリュリシールを睨んだ。
その行為は不敬そのものであり、教会関係者がいればとても看過できないものだ。
しかし、その最高位者たる聖女シルヴァニアはそっと目を瞑った。
神の巫女たるシルヴァニアが神に意見することなど出来はしないが、されど同時にヒナリータの気持ちも理解できたからだ。
また、シルヴァニアに限らず、ヒナリータの言葉に誰しもが言葉を噤んだ。
ヒナリータのナナシに対する行為は火を見るよりも明らかであり、幼くして好きな人の死に目にあった子の気持ちを否定してまで言える自分の言葉など無い。
「しかし、全く手立てがないわけではありません」
「......ほんと?」
リュリシールの言葉に、ヒナリータは一筋の希望を見出した。
そして、食らいつくように言葉を畳みかける。
「どうやって!? 何をすればいい!? ヒナに出来ることなら何でもする!
だから、教えて! どうやったらナナ兄は生き返ることができるの!?」
「そのためにも、まずはこれまでの私達の旅の話を聞いてください。
それがナナシ様.......いえ、アイト様を救うことに繋がると思いますから」
「......わかった。聞かせて」
ヒナリータの返答を聞き、リュリシールはこれまでのことを話し始めた。
始まりは二年前のあの日。
ナナシがアイトとなって、世界規模で記憶改ざんを行った日だ。
仲間達の記憶を書き換えると、アイトは早速とあるものを回収に行った。
それは世界各地にバラバラに召喚された聖遺物。
例えば、ハイバードの城にあるオオカミのペンダントであったり、精霊国の宝物庫にあったカギ状の髪留めであったり。
その聖遺物は下界と呼ばれる世界から神が住むとされる天上界へと渡るためのアイテムであり、そのアイテムを聖なる台地にある神殿の台座に使うことで、初めて人間の身でありながら神の世界へ渡ることができるのだ。
そして、全てのアイテムを揃え、神殿の台座で天上界への扉を開いたアイトは、リュリシールとともに天上界へと渡った。その目的は一つ――神殺しを果たすため。
「神殺し......?」
首を傾げるヒナリータに、リュリシールはコクリと頷いた。
「はい、アイト様の旅の目的は今度こそ邪神ファルディアートを倒すこと。
そのために、アイト様はこのような行動を起こし、そしてそれを成し遂げました――自らの命を引き換えにして」
「そんな.....その神はそんなに悪い神だったの?」
「この世界を混沌へと導き、そして全ての生命を殺し操り、我が物にすること。
しかし、それは手段であり、目的はこの私を殺し創造主の権能を奪うことでしょう。
それを防ぐために、アイト様はずっと戦っておられました」
リュリシールの言葉に、ヒナリータ達は眉尻を下げ、そっと目線を下げた。
誰もが知らなかったナナシのもう一つの顔であり、この行動のわけ。
世界を救うため、勇者は勇者たる目的を果たし、命を散らした。
それは正しく英雄譚であり、人によっては美談に聞こえるだろう。
しかし、残された者達にとっては違う。
大切な人との死には変わりない。
例え、これが美談になっても本人達にはバッドエンドでしかないのだ。
その時、ミュウリンが先のリュリシールの言葉から僅かな違和感を感じ取った。
それはリュリシールが言った「今度こそ」という言葉。
それはまるでこの戦いが過去何度も行われていたような言い方である。
「リュリシール様、『今度こそ』っていうのはどういう言葉ですか?」
だからこそ、ミュウリンはリュリシールの言葉の意味を尋ねた。
すると、リュリシールは一度目を閉じ、そして開けると答えた。
「それは、アイト様にとってこの戦いが七度目になるからです。
アイト様はこれまで邪神と六度戦い、ギリギリのところで逃げられ、その度に世界渡りを繰り返してきました」
「世界渡り?」
レイモンドがその言葉を呟くと、リュリシールはそちらの方向へ視線を向けて答えた。
「世界渡りとは、記憶をそのままに世界を渡るということです。
世界とは木の枝のように無数に枝分かれし、様々な世界線が存在する。
例えば、レイモンド様が本当に男であったり、ミュウリン様とアイト様が出会わなかったりと」
「それじゃ、ナナシはその世界渡りを六回も繰り返した......ってことですか?」
ハルの言葉に、リュリシールは頷き、言葉を続ける。
「そういうことになります。加えて、世界渡りは代償を伴います。
その代償とは記憶の引継ぎが遅延してしまうこと。
一度や二度では多少の思い出すに時間がかかりますが、三度目以降はその世界の肉体の情報に記憶が引っ張られ、思い出すことが難しくなってくるのです」
「代償って割には案外命に関わるもんではないような.....」
「ゴエ兄のバカ! おたんこなす!
そうなったら、ナナ兄は使命を忘れてこの世界は滅びちゃうってことでしょ!」
「あ、そっか......確かに、それは一大事だ」
「それもありますが、それを可能にしてるのはあくまでアイト様だからです。
勇者であるアイト様は私の加護をけていることでその程度で済んでいますが、通常の人にはそもそも渡れず、仮に渡れたとしても死ぬだけです。
加えて、アイト様は記憶を効率よく思い出すために、無理をしてとあるものを召喚させました」
「とあるもの......?」
「自らの死体と天上界へ渡るアイテムです。
皆さんがこれまでで見かけたものは、別の世界線のアイト様の死体であり、アイテムもまた同じです。
その死体が情報となって、アイト様の使命を思い出す役割を果たしていました」
瞬間、誰もがその言葉の意味を理解した。
ヒナリータ達が死体を見た時に感じた教会にいるような神聖な気配。
それはリュリシールによって神格化したから感じた気配なのだと。
また、逆にナナシが酷い嫌悪感を感じていたのは、所謂死に対する忌避感。
別の世界線とはいえ、目の前の死体が自分であれば誰しも気持ち悪く感じるだろう。
例え、その死体が誰かわからずとも、肉体は本能的に理解する。
「また、アイト様は世界渡りをする度にとある決断を下していました。
それは逃した邪神を追い詰めるために逃げ道を無くしていくこと。
つまりは、世界という枝を、それも太い枝を切り落とすこと」
「それはナナ兄を苦しめていたの?」
「はい、とても。決断し、実行する度に死にたそうな顔をしていました。
なぜなら、それはあるはずだった出会い、思い出、友情、愛、悲しみ、後悔......人間が人間たるを構成する全てを否定しているからです。
それを簡単に言えば、人を殺すこと」
その時、全員がその言葉の意味を理解した。
ナナシは勇者として使命を果たすために背負った本当の代償。
それは――世界を丸ごと消すこと。
「アイト様は邪神を追い詰め倒すために、その度にその世界に存在する全ての人間を否定――殺したのです。
親友も、仲間も、好意を持ってくれている人も、敵対している人も、人生において関わることのない数多の子供、大人、老人から獣人や鬼人族などの別種族、それから動植物に至るまでの全ての存在を無かったことにしたのです」
「「「「「.......」」」」」
「だからこそ、今回邪神を倒すことに成功して、されど致命傷を負ったアイト様は死ぬことに対して喜んでいました。もうこれで全てを殺さなくて済む、と」
「違う!」
リュリシールの言葉に、ヒナリータは叫んだ。
そして、胸の内からこみあげる激情のままに言葉を続ける。
「ナナ兄は私達を、この世界を思って頑張って来た!
それが例え別の世界のヒナ達を殺すことになっても、今のヒナ達は生きてる!
だから、ナナ兄は悪くない! 世界の誰が敵になってもヒナだけは味方!
それにもしナナ兄がそれでも自分を許せないのなら、ヒナが代わりに叱る! それで終わり!」
「ふふっ、こんな情熱的に想われるなんてアイト様も隅に置けませんね」
リュリシールはヒナリータの言葉に嬉しそうにほほ笑む。
しかしすぐに目をキリッとさせると、全員に言った。
「さて、これで皆様におおよそのことを話しました。
そしてここからが本題です。皆様は二年の月日を代償に過去に戻ることができますか?」




