第180話 勇者が消えた世界#3
レイモンドから怒って飛び出したヒナリータは、一人とぼとぼと道を歩いていた。
耳はたたみ、背中は丸くし、尻尾はしゅんと垂らしたままの姿で。
「どうして......」
ヒナリータがレイモンドに対して酷いことを言ったのは事実。
しかし、それがあまり悪いことだと思えないのもまた事実。
なぜなら、悪いのはずっと一緒にいたナナシのことを覚えていないレイモンドの方だから。
「なんで誰も覚えてないの.......?」
とはいえ、この状況にはヒナリータも困惑していた。
街の住人や冒険者ギルドが”勇者アイト”のことを知らないのは驚きであったが、それでもまだ本当に勘違いしている可能性はあった。
しかし、これまで一緒に行動してきたレイモンドが全く知らないのはおかしい。
質の悪いイタズラならまだ良かった。
だが、先ほどのレイモンドの反応は明らかに知らなかった。
まるで本当にナナシを知っているのは自分だけのようで――
「ヒナちゃん?」
「っ!」
その時、聞き覚えのある声に、ヒナリータの耳がピクッと反応した。
そして、後ろを振り向けば、そこにはミュウリンの姿があって、尻尾がすぐにブンブンと揺れる。
が、それも持って数秒の間。それが過ぎると、すぐにヒナリータの表情は険しくなった。
「ミュウ姉......ミュウ姉だよね?」
「ん? そうだよ? 久しぶりだね~」
「ミュウ姉は覚えてるよね!?」
ヒナリータはミュウリンに近づくと、すぐさま胸元をガッと掴んだ。
直後、すぐさま言葉を畳みかける。
「ミュウ姉はナナ兄のこと知ってるよ!?
だって、ナナ兄のことを教えてくれたのはミュウ姉だし!
だけどだけど、街の誰も冒険者もレイ姉さえもナナ兄のことを知らなくて!!」
「お、落ち着いて! 一旦落ち着こう、ね?」
ヒナリータの興奮した様子に、戸惑いを見せたミュウリンは、一旦ヒナリータから距離を取った。
すると直後、ヒナリータの胸元に下げているペンダントに目を開かせる。
「あ、これ、ボクがあげたやつだよね。つけてくれてるんだ。ありがと......ね.....」
ミュウリンがそう言った瞬間、ヒナリータは信じられない人を見たような顔をした。
その表情に、ミュウリンの感謝の言葉も尻すぼみになっていく。
「ど、どうしたの? なんでそんな表情するの?」
「だって......だって、これはナナ兄がくれたものだし......。
ミュウ姉からは貰ってないよ」
「そ、そんなことはないよ~。だって、ボクはしっかりあげた時の記憶があるし......ちょっとそのペンダントを良く見せて」
ヒナリータの表情が嘘とは思えなかったミュウリンは、漠然と確かめるようにペンダントへ手を伸ばす。
そして、それに触れた瞬間、静電気が発生したようにバチッと電流が流れ、ミュウリンは反射的に体を離した。
「痛たたた......あれ、ボクこんな効果つけた.....っけ.....」
刹那、ミュウリンの脳内に駆け巡るは、存在しはいなずの記憶。
黒塗りに潰された男の人としゃべり、歌を歌い、旅をしたという思い出。
まるで最初からそばにいたのに、ずっと忘れていたかのように。
「あ......れ......? な、何、この記憶......?
この人は誰? わからない、わからないけど......大切な人だってのはわかる.....」
「ミュウ姉......?」
頭を抱え、麻痺したように目から涙をこぼすミュウリンを見て、さすがのヒナリータも戸惑った。
いつも穏やかな感情をしているミュウリンが、見せたことのない表情をしている。
それが異常事態であることはすぐにわかった。
しかし、それに対して一体何と声をかければいいのか。
すると、ミュウリンが涙を拭うこともせず、ヒナリータに質問した。
「ヒナちゃん......聞いてもいい?」
「う、うん......何?」
「その、ナナ兄さんって人の特徴なんだけど......白髪?」
「っ!......うん!」
「それでいて後頭部に黒髪で三つ編みを束ねていて」
「うん!!」
「目元を黒い布で覆っている人?」
「うん、そう!!!」
「そっか、この人がナナ兄さんか......」
ミュウリンはようやく涙を拭うと、ヒナリータにそっと手を差し出した。
その動作にヒナリータが首を傾げていると、ミュウリンは続けて答える。
「今の情報はたぶんそのペンダントのせい。
だから、そのペンダントを少し貸してくれない?
そしたらきっと、ボクの欲しい答えが得られるはずだから」
「それ、オレにも貸してくれてねぇか?」
瞬間、ミュウリンの背後からも同調するような声が届いた。
その声にミュウリンが振り返ると、そこには息を切らしたレイモンドの姿がある。
どうやらここまでヒナリータを追いかけ走って来たようだ。
そんなレイモンドのお願いに、ミュウリンの反応で希望を見出していたヒナリータはすぐさま同意する。
そして、二人に順にペンダントを首から下げてもらった。
直後、二人は電流を食らったように頭を抱え、脳内に送り込まれる情報量に頭を抱える。
同時に、二人が知っているはずの記憶は徐々に消え去り、代わりにナナシがいた本来の記憶が呼びおこされていく。
それから数分後、記憶を取り戻した二人はその記憶を整理し、言葉にした。
「.....オレが最後にナナシを覚えているのは、獣王国の事件があってそれから聖王国に来た数日後」
「たぶん時系列で言えば、ボクが会話したのが最後かな。
その後は消息不明で、二年後にヒナちゃんがこうして訪れなければ、ボク達は気が付かなかった」
「おまけに、オレ達に対しては厳重な記憶改ざんが行われてたからな。
チッ、あのクソ野郎。次に会ったらただじゃおかねぇ。ぜってぇ殴る」
レイモンドはナナシに対する怒りを露わにするように、拳と手のひらを叩き合わせる。
その一方で、ヒナリータは一人腕を組んで眉を寄せ、さらに首をひねっていた。
そんなヒナリータに気付いたレイモンドはすぐさま尋ねる。
「どうした? 妙な顔をして」
「う~ん......なんでヒナだけその改ざんされてない記憶? を覚えてたんだと思って」
すると、その質問に答えたのはミュウリンだった。
「そりゃ、ナナシさんはヒナちゃんのこと大好きだったからね。
記憶を思い出したことでわかるけど、そのペンダントをあげた時も『あらゆる攻撃を防いでくれる』とか言ってたし」
その言葉に、レイモンドも頷きながら同意した。
「つまり、アイツは自分がヒナにあげたペンダントに気付かずに、世界規模の記憶改ざん魔法を行ったってことだ。
となると、魔法を防ぐヒナがいたことが、アイツにとって最大のミスだったってことか」
「でも、ナナシさんなら防御を貫通する可能性も考えられたわけだから、そう考えればヒナちゃんへの愛が勝ったって感じだね」
「ふふっ、そっか......ナナ兄はそんなにヒナのこと......」
ミュウリンの言葉を受け、ヒナリータは頬をニマニマし始めた。
もちもちした頬を両手で触れながら、耳をピクピク、尻尾をゆらゆら。
しかし、それも数秒でピタッと止まり、表情は一変して悲しい感情へと変化する。
「でも、今はナナ兄いないってことだよね......」
その呟きに返答したのは、腕を組んだレイモンドだ。
「そうだな。なら、やることは一つだ。
消えたナナシの野郎をとっ捕まえて、どうしてこんなことをしたのか聞き出す。
でなきゃ、こんなの魔王戦前夜と何も変わらない。勝手に消えやがって」
「うん、ボクもナナシさんと話したいことはたくさんある。
結局、最後に話したあの夜の時、答えを聞きそびれちゃったからね。
それに、待てば逃げちゃうことが分かった。なら、もう逃がさない。
「それじゃ、ナナ兄を皆で探そう。罰を与えるために」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




