第179話 勇者が消えた世界#2
一週間と数日後。
ヒナリータは色々な馬車を乗り継ぎ、レイモンドがいるとされるハイエス聖王国に辿り着いた。
聖王国の町並みは、白を基調としているようで、そのせいか太陽光を反射して輝いていた。
また、そんな街の中の大通りでは、多くの商人の馬車や冒険者、住人が往来している。
それこそ、まだまだ子供のヒナリータなんかはすぐに人込みに紛れてしまいそうで。
「はっ! こんなことしてる場合じゃない!」
思わずお上りさん気分で周りを見渡していたヒナリータは、ハッと我に返る。
そして、すぐさまレイモンドが居そうな場所を近くの人に聞き込み、よく行く場所が教会だとわかると、その場所まで全速力で走っていく。
教会が見えてくると、ガンッと雑に扉を開け、中にいる人を確認した。
すると、中ではレイモンドが祭司らしき人と話している所を見つけ、ヒナリータはすぐさま駆けつける。
「レイ姉!」
「こらこら、止まって」
しかし、レイモンドへと向かう途中で、ヒナリータは祭司の一人に腕を掴まれて止められた。
ヒナリータがすぐさま振り払おうとするが、さすがに大人の力には勝てないのか振り払うことができない。
そんな暴れる幼子の一方で、祭司は優しい口調で諭すように話しかけた。
「落ち着いて。今、大事な打ち合わせ中だからここに入ってきてはいけないよ?
さぁ、外に出ようか。明日なら教会も都合着くと思うからね?」
「違う! ヒナはレイ姉に用があるの! だから、放して!」
「レイ姉?.......ってこらこら、暴れないで」
ヒナリータは腕を掴まれながら、強引に前に進もうと足を伸ばす。
しかし、出した前足は無力にも床を滑るだけであり、それを左右で繰り返すだけ。
その時、そんなヒナリータにレイモンドが近づいた。
「待ってくれ。この子はオレの大事な友達なんだ。だから、放してもらって大丈夫」
「そうなんですか? では......」
祭司の掴む手が離れた瞬間、ヒナリータは勢いを取り戻したように急発進。
そのままの勢いでレイモンドにタックルするように抱き着いた。
「レイ姉!」
「よぉ、久しぶりだな! もしかして一人で来たのか? やるなぁ」
「うん、そうなの。それで、レイ姉に聞きたいことがあって......」
「あー、わりぃな。今大事な先約があるんだ。だから、その後ならいいが、どうだ?」
「......わかった」
レイモンドにいち早くナナシに関して聞きたいヒナリータであったが、グッと気持ちを堪えた。
そして、レイモンドと祭司の打ち合わせが終わるまでの間、教会の中でずっと待っていると、用事を済ませてきたレイモンドが近づいてくる。
「待たせたな。調子の方が大丈夫か? 随分と焦ってたみたいだが」
レイモンドはヒナリータの隣に座ると、覗き込むように前かがみになりながら聞いた。
そんなレイモンドの優しさに、ヒナリータは「うん、大丈夫」と答えると、早速本題に入った。
「レイ姉......レイ姉はナナ兄のこと覚えてるよね?」
「ナナ兄.....?」
ヒナリータの質問に、レイモンドは首を傾げる。
瞬間、ヒナリータの目は大きく開かれた。
同時に、冷や汗が溢れ出る。嫌な予感がしたからだ。
なぜなら、レイモンドは決していじわるなことは言わないと知っているから。
「ナナシ! ナナ兄のことだよ!? まさか覚えてないの......?」
「わりぃ、その名前に関して聞いたことない」
「そんなことない!」
ヒナリータはレイモンドの服をガシッと掴んだ。
そして、今にも泣きそうに瞳を潤ませ、喉から声を出すように訴えかける。
「レイ姉は知ってるはず! ナナ兄はこれまでずっと一緒に旅してきた仲間!
それにナナ兄は勇者でもあって名前はアイト!
レイ姉は勇者パーティの一人だったから知らない方がおかしい!」
「お、落ち着いてくれ......そんなこと言われても、オレは知らないぞ。
これまで旅してきたのは、オレ、ミュウリン、ゴエモン、ヒナの四人だ。
それに、俺が一緒に同行した勇者の名前はカミトだし」
「そんなことない! 間違ってる! 間違ってるよレイ姉!」
そう言いつつも、ヒナリータは力なく体を崩し始める。
ヒナリータの小さな体はレイモンドの上半身から、太ももの上へと移動し、その上でうずくまるようにして泣き始めた。
一方で、そんなヒナリータの様子を見ながら、何がなんだかわからない様子で頭をかくレイモンド。
これまでのヒナリータの主張は理解している。が、自分が間違ってるとも思えない。
なぜなら、勇者の記憶を、当事者である自分が忘れるはずないからだ。
「ヒナは一体どうしちまったんだ......ん?」
その時、レイモンドはヒナリータの首に下げてあるペンダントに気が付いた。
それはミュウリンがあげた物であり、懐かしさに何気なく手に取る。
瞬間、触れた手とペンダントとの間でバチッと静電気のようなものが発生した。
「痛っ......所有者以外に触れれないようにするトラップか?
いや、ミュウリンがそんなものかけるか――」
その時、レイモンドの記憶に覚えのない記憶が蘇った。
場所はヒナリータの家で、時は丁度最後の別れの挨拶をしている時間帯。
そこでは見覚えのない白髪に黒い三つ編みを束ねた男が、ヒナリータにペンダントをかけていた。
「な、なんだこれ......?」
レイモンドは頭を抱え、困惑する。
なぜなら、レイモンドが知っている記憶では、ヒナリータと向かい合ってるのはミュウリンだからだ。
であれば、この記憶の男にいるのは誰?
「......もういい」
すると、ヒナリータが体を起こし、立ち上がった。
そして、レイモンドをギリッと睨むと、プイッと顔を背け、そのまま一人教会を出ていく。
「どうしたんだ急に......っ!?」
ヒナリータの急な行動に、レイモンドは困惑していると、今度は自分の頬に伝う異変に気づいた。
その頬に触れてみれば、僅かに濡れた感触がし、触れた指を見てみれば湿っている。
そう、レイモンドは涙を流していたのだ。
「アレ? なんでオレ泣いてるんだ......?」
まるで感情の制御ができなくなったように、涙が溢れて止まらない。
加えて、一度見ただけの謎の男の姿が、頭にこびりついて離れない。
一体この体に何が起こっているのか。
先程からヒナリータの意味不明な言動といい。
存在しないはずの記憶といい。この涙といい。
さっきから頭の理解が追い付くことが無い。
(もしかして、あの男の名前がナナシで......元勇者でアイト?
でも、勇者の名前はカミトとで顔だってハッキリ......)
レイモンドは冷静さを取り戻そうと、確実に知ってる過去を思い出す。
それは勇者の仲間として活動していた時の記憶。
あの辛く苦しくも、僅かな楽しさがあった旅で、中心にいた勇者の存在。
(......あれ? 顔が思い出せない......)
レイモンドは勇者の姿を思い出した。
神聖さを帯びた特別な鎧を着て、腰に聖剣を携え、堅物だった男の顔が......わからない。
さながら、顔の部分だけ黒くくぼんでしまっているかのようにわからない。
別の記憶も思い出す。
例えば、山道を雑談しながら登っている時。
例えば、巨大な魔物に対し、協力して戦っている時。
例えば、小さな鍋を囲んで食事を舌鼓を打ちながら、他愛のない会話をした時。
「なんで......なんで思い出せないんだ?」
レイモンドは頭を両手で抱えた。瞳は怯えるように小刻みに震える。
その相手の名前を記憶でもレイモンドは「カミト」と呼んでいる。
しかし、もはやその呼び方にすら違和感を感じる。
違うとすれば、その勇者は一体誰なのか。
「クソッ! モヤモヤする!」
レイモンドはガタッと立ち上がると、視線を教会の出入り口に向けた。
「あのペンダントに触れれば、何かわかるかもしれない」
そして、ヒナリータを探しに走り出す。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)