第177話 愚かで幸福な一方通行な願い
「いや~、遊んだ遊んだ」
ハルとのデートから帰ってきたナナシは、皆がいる教会へと戻ってきていた。
そこはシルヴァニアの計らいにより、ナナシが寝泊まりする場所になっており、当然寝るために帰ってきたのだが、そんな教会の入り口にはミュウリンの姿があった。
ミュウリンは教会の前の小さな階段に腰を掛け、両足を伸ばしたリラックス状態で星空を眺めている。
足先をゆらゆらと揺らし、尻尾を地面ぺたん、ぺたんと一定のリズムで叩きながら。
そんなミュウリンであるが、いつもならとっくに部屋で寝ているか、仲間の部屋に訪れて話しているかのどちらかだ。
故に、その様子が気になったナナシは声をかけてみることにした。
「ミュウリンさんや、こんな時間にどうしたんだい? もしかして眠れない?」
「あ、ナナシさん。お帰り~。
別に眠れないわけじゃないよ。ただナナシさんを待ってただけ」
「俺を?」
ナナシはミュウリンに近づくと、隣に座った。
すると、ミュウリンも膝を折り曲げ、上半身を支えるように地面につけていた両手を膝の上に乗せる。
そして、ナナシの様子をチラッと確認すると、口を開いた。
「ナナシさん、最近ボクに何か隠してることない?」
「ゑ?」
突然の質問に、ビクッと反応するナナシ。
それこそ、あまりもの火の玉ストレートな質問に変な声を出してしまうほど。
なぜなら、その質問にナナシにとってあまりにも地雷であるからだ。
怒りの琴線に触れたわけじゃないが、あまり触れて欲しくない話題ではある。
ナナシは出来る限り表情に出さないように、声もいつも通りを努めて聞き返す。
決してミュウリンに動揺を悟られてはいけない。
「.......どうしたの急に?」
「なんかさ、ナナシさんの様子が変だなーってずっと思っててさ。
いや、ずっとは言い過ぎかな。獣王国で襲撃が起きた時から変だなって思の」
「そうかな? ナナシさんはいつも通り変だと思うけど」
「ううん、いつものナナシさんは変じゃないよ。
いつでもどんな時でもみんなの笑顔のために頑張ってふざけてる感じかな。
でも、ここ最近はなんというか......ごまかすために頑張ってるというか」
「ごまかすって何をさ? 一体僕がミュウリンに何を隠すことがあるんだい?」
ナナシがそう言った瞬間、ミュウリンはそっと顔を向ける。
そして、ただ無言でじーっとナナシの顔を見続けた。
そんな無言の圧にナナシは屈したのか、おもむろに顔を逸らすとそのまま俯かせた。
「確かに、俺はミュウリンに隠していることがある。
とっても酷いことを隠している。君を傷つけるぐらいの酷いことを」
「でも、獣王国のあの時はボクはナナシさんも近くにいなかったはずだよね?」
「そりゃ、直近の話じゃないからね。もっと前の、俺達が出会う頃より前の話だ。
それも俺は今の今まで忘れていたのさ。理由があったとはいえ、それは許されない」
ナナシはそんな風に何かを後悔した気持ちを吐露しつつも、その内容について一切話すことは無かった。
そんなナナシを隣で見ながら、ミュウリンはそっと空を見上げる。
「それっていつなら話せそう? ボクはいつまでも待つよ」
「話さないって選択肢はないんだな」
「話さないは無いよ。だって、ナナシさんの顔が今にも罪悪感で押しつぶされそうだもん。
だから、話すべき。そしたら、ナナシさんの心も楽になるでしょ?」
そんなミュウリンの言葉に、ナナシはすぐさまミュウリンの方を向いた。
そして、普段のナナシらしくない弱々しい声で尋ねる。
「どうして......どうしてそこまで人に優しくいられるんだ。
だって、それを聞いたきっとミュウリンは悲しむし、傷つく。
それでも、君は......俺のために自分を犠牲にするのか?」
「犠牲なんて大袈裟だな~。別にそんなつもりはないよ。
ただ、ナナシさんが大袈裟に捉えてるだけで、実際話してみたら大したことないかもってだけの話。
もちろん、それで傷ついたとしても、僕はナナシさんを恨まないよ」
ミュウリンはニコッと笑った。
瞬間、ナナシは苦しそうに口元を歪め、その場に立ち上がる。
そして、教会の両開きのドアの取っ手をそっと掴む。
「ミュウリン......俺は許されてはいけない」
そう捨て台詞を吐いたナナシは教会に一人入って行く。
****
ナナシがミュウリンと会話してから数時間が経過した。
時刻はすっかり深夜へ突入し、誰しもが明日のために英気を養っている。
そんな中、たった一人――ナナシだけは教会の外に出ていた。
いつもの服装とは違い、全身には光沢のある白金色の鎧を纏う黒髪のナナシ。
それでいて、目元の黒い布は外されており、まるで見えてるかのように瞳は光を取り戻していた。
その鎧はかつてナナシが勇者として活躍していた時代に着用していたものである。
しかし、それは魔王を討伐した際、ミュウリンと過ごした村にて捨てたものでもあった。
それがなぜあるか。
それはナナシの前にいる一人の女性の仕業によるものだった。
光で構成されたようなその女性はナナシに話しかける。
「アイト。言われた通り鎧、それから剣も集めたけど......これで本当に良かったの?」
「ありがとうございます、女神様。はい、これでいいんです。
やはり俺はミュウリンと話すべきでは無かった。
このまま行けば再びあの子の優しさに甘え、弱くなってしまう所でしたから」
そう言ってナナシが気持ちを吐露する相手は、この世界の女神であり、ナナシをこの世界の召喚した張本人である聖神リュリシールである。
まるで一枚の布で体を隠したかのような服装をし。
されど、その妖艶な容姿より神々しさ、畏敬の念が勝つような存在感はまさに神。
そんな女性がナナシの前に現れたのは、これからのナナシの予定に随伴するからだ。
そして今は、その予定の準備時間。
もっとも、その準備が必要なのはナナシだけであるが。
リュリシールは聖剣の刃を見つめるナナシを見ながら、ナナシの回答に返答した。
「別にそんなことないと思うけれど。
アイト......あなたは強い。それこそ、この世界で誰よりも。
だからこそ、誰かに甘えた方がいい。頼った方がいい。
このままではあたなの心が潰れてしまうわ」
「そんなことないですよ。俺は自分の使命を全うするまで潰れるつもりはありません。
それに、世界最強だからこそ、これから俺がやることに誰かを巻き込む必要はない。
昔のあの時と同じことをしてしまうのは申し訳ないけど、でもまぁそれで世界が平和になるなら」
ナナシは聖剣を鞘にしまい、背後にある教会へと振り向いた。
そして、右手を頭上にかかげると、はるか上空に直径十メートルほどの魔法陣を展開する。
「意思は固いのね......相変わらず頑固だと思うわ」
「そんなんじゃないですよ。ただ背負った責任を全うしようとしているだけです。
女神様も知っていると思いますが、俺はこの世界をもう六回も滅ぼしました。
いい加減、その責任を取らなきゃいけないってだけです」
上空に浮かぶ魔法陣は少しずつその直径を大きくしていく。
最初は教会を覆うほどで、その次は街の四分の一を、その次は半分を、そのまた次にはハイエス聖王国を、その後もどんどんと広がっていき、数分後には地平線の先へと続いた。
「女神様......もし、もう一度”世界渡り”をした時、俺の記憶はどうなりますか?」
「そうね、きっと今回よりもさらに思い出すのは難しいと思うわ。
私の加護によって脳に障害はないものの、それでも肉体情報に記憶が引っ張られるから、最悪もう次は思い出せないなんてこともあるかもしれない」
「なら、今回で終わらせないとですね」
ナナシは左手も頭上に掲げると、次には両手を広げた。
瞬間、空を覆うほどの巨大な魔法陣は光を放ち、まるでオーロラのように揺らめく。
「この世界の全ての人々に祝福を」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)