第175話 二人のお出かけ#1
聖王国に戻って来た翌日。
ナナシは教会前にレイモンドを呼び出すと、名に恥じぬ道化師っぷりを発揮した。
「いや~、まさかあの天下のレイモンド様が、このような道化師のためにデートしてくれるなんて!
感謝! 感動! 感激! の雨あられ槍ザーザーの気分だ!」
「なーに意味わかんねぇこと叫んでんだ。ってか、で、デートなんかじゃねぇよ......これはただの買い物で――」
「あれれ~? おっかしいぞ~? 王子と呼ばれる民衆のアイドルレイモンドがデートの定義を知らないなんて。
いいかい? デートってのは男女揃って出掛ければ、それはもう誰がなんといおうと立派なデートなのさ。そして、この場合の女子は俺!」
「いや、そこはオレだろが」
そんなこんなの会話をしつつ、二人は並んで歩き始める。
そんな二人の姿(特にレイモンド)を見た民衆は、それこそ街中でアイドルを見つけた一般人のように視線をチラリ。
しかし、レイモンドはその視線を気にすることは無く、それ以上に彼女はというとナナシの方に怪訝な目を向けていた。
なぜそんな目線を向けているか。一言で言えば、ナナシの言動を疑っているのだ。
「ナナシ、今更だがこれは一体どういう風の吹き回しだ?」
レイモンドが目を細めた視線をナナシに向ける。
それに対し、ナナシは肩を諫めながら言った。
「やだなぁ、俺がそんな裏ありそうに見える?」
「見える」
レイモンドはより一層追及するように厳しい視線を送るが、一方のナナシは華麗にスルー。
そして、「さぁ、回ろう!」と言ってナナシが連れ回した場所は、通りにある露店だったり、魔道具屋であったり、武器屋へ行ったり。
そのほとんどは女性と行くには、いかがなチョイスかという場所ばかりだったが、趣味が男的なレイモンドには意外にも刺さっていた。
それこそ、まだまだ初心者の冒険者が初めて大きな街で、見たこともない凄そうな武器や道具に目を輝かせるように。
そして、レイモンドを色んな場所に連れ回したナナシは、最終的に高台にまでやって来た。
その高台からは聖王国の街景色が一望でき、知る人ぞ知る観光スポットだ。
そんな場所に現在二人きり。
ナナシが柵に体重をかけるように寄りかかると、その姿を後ろから眺めていたレイモンドが隣に並び話しかけた。
「なんというか......本当にただ遊んでいるだけだな。
この街の色んな店に行って、歩きながら色んなものを眺め、美味しい物を味わって......今が切羽詰まってるのはわかってんだけど、少しだけ気が楽になった」
「こういう状況だからこそ、あえて肩の力を抜く必要があるんだよ。
焦ってたら正常に物事を判断できなくなるしね。
っていうか、信じてなかったのか?」
「テメェがオレ達から信用を奪うような行為をしたからだ。
けどまぁ、当時のテメェの心境を考えれば、仕方ないことだと思ってる。
オレとて同じことをしなかったとは言い切れねぇからな」
「まさかここに来て同情されるとは思わなかった」
「同情はずっとしてた。けど、それを口にしなかっただけだ。
だって、それを口にしたら......テメェの行動を認めるようなものだからな」
ナナシは眼下に広がる景色からレイモンドへと目線を向けた。
そして、眉をひそめながら聞き返す。
「それって今認めてない?」
「なんかもう今更な気がしてな。どうせ何言ったところでテメェは止まることはしねぇ。
それがこの旅でよーく思った。結局のところ、テメェの根っこは頑固もののバカ真面目ってな」
「そ、そうなの? めっちゃふざけてた気しかしてないんだけど」
「オレはそう思った。それだけの話だ」
レイモンドは少しだけ頬を緩め、ぼんやりと街景色を眺め続ける。
時折吹く風に髪をなびかせ、こめかみから伸びる髪をそっと耳にかけた。
そんなレイモンドの姿に、ナナシは思わず見惚れてしまった。
「な、なんだよ。こっちばっか見やがって.....」
「い、いや、普段眉間にしわばっか寄せてるレイが意外な顔をするもんだと思って......」
「誰のせいでそんな顔をしてると思ってんだ」
その言葉に、レイモンドはギリッとナナシを睨む。
そんな友人からの鋭い視線を、ナナシは気まずい顔をしながらそっと顔を逸らした。
そして、話題を変えるようにナナシはしゃべりかける。
「ともかくまぁ、たまにはこういう日があっていいとも思わない?」
「そうだな。いや、願わくばもっと......この先もずっと平和であって欲しいものだ。
もう戦争なんてうんざりだ。ミュウリンと出会って、魔族にもいい奴はいると知ったしな」
「結局、種族が違うだけでおんなじなのよ。見た目が違うだけ。
でも、見た目が違うなんて当然のことで、俺とレイさえ違うんだから考えるまでもない。
いいよね、平和......俺もずっと続けばいいと思う」
ナナシは柵に両手を置くと、そっと体を離した。
それから、数歩後ろに下がっていくと、遠くに見える山並みと一緒にレイモンドを見る。
すると、妙な行動をしていることに気付いたレイモンドが、ナナシの方へ振り返った。
「どうした?」
「いや、なんかこの画角で見てみたいと思ってね。
そうだな......レイ、今更だけど俺が生きていることを信じてくれてありがとう」
ナナシがそう言うと、レイモンドは途端に眉を寄せた。
「なんだ急に気持ち悪りぃ......。いつも変だが、今日は増して変だな」
「なんだよ、人がせっかく感傷的になってるってのに」
「それがらしくないって言ってんだ。なんだよ、本当に」
「俺はただ感謝したくなっただけだよ。素直に受け取ってくれ」
ナナシは真っ直ぐレイモンを見た。
そんなナナシの視線に、レイモンドは顔を途端に赤くして、今にもニヤニヤしそうな口元を押さえた。
「お、おう......」
ナナシの要望通りに素直に返事をしたのはいいものの、しばしの間気まずい空気が流れる。
もっとも、それはレイモンドがひとりでに感じているものであり、それに勝手に耐えられなくなったレイモンドは、頭をガシガシと掻きながら言った。
「だーもう! 妙な気分だ! ナナシ、本当にテメェのせいだぞ!?
いつものオレはもっとこう大人で、冷静に物事を判断できる人間のはずなのに!
テメェが絡むとほんともう調子狂う! 何しやがんだテメェ!」
「えぇ、逆ギレ!? それはさすがに俺のせいじゃなくない!?」
「テメェがこんなんだから、オレが変になるんだ.......ハァ」
レイモンドは散々キレ散らかした挙句、疲れたようにため息を吐いた。
そして、空を眺めれば、太陽が徐々に西へと傾いていることに気付く。
つまり、ナナシとのデートの時間が終わりに近づいているということ。
「なぁ、ナナシ......」
しかし、レイモンドは子供ではない。
もう一人で責任を取れる大人であり、それ故に自由である。
となれば、遊ぶ時間など朝も昼も夜も関係ない。
今はただ心の中に宿った熱に突き動かされるままに。
「もうすぐ夕暮れだ。ってことで、これからオレの飯に付き合え」
「いいのかい? このまま行くと一日遊び倒すことになるけど。
あの厳格なレイモンド様が、暇を与えても修行していたレイモンド様が、まさか自主的にらしくない時間の潰し方をするなんてびっくりだ」
「それもこれも全てはテメェのせいだ。
だからこそ、テメェは俺に最後まで付き合う必要がある。
いいか、これは決定事項だ。ほら、とっとと行くぞ」
「仰せのままに。マイレディー」
「アホなこと言ってないで。とっとと行くぞ」
そして、二人は夜の街へと繰り出し、久々の豪遊をしたのであった。
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