第172話 別れの挨拶
ナナシ達が宿に戻ると、部屋にはすでに帰ってきていたレイモンドがいた。
レイモンドは腕を組んだままベッドに腰を掛けた状態で座っており、ナナシ達が部屋に入ってくるとすぐに声をかけた。
「皆、早速話があるがいいか?」
そして、レイモンドは国王と話してきたことを余さず伝えた。
もっとも、ナナシにとっては全て事前に把握していた内容だが。
全てを話し終えると、レイモンドは一息つくように息を吐いた。
「――つまり、事態は想像以上に重いってことだ。
まさか城の地下でそんなことが行われてたなんてな。
ナナシ、テメェは城に向かったらしいが気付かなかったのか?」
「あいにくね。どうやらこの俺の探知網をかいくぐるなんて相当な手練れみたいだ」
「そうか......ま、今日の国で起きたことを考えると、魔族も本気らしいからな。
それこそ、オレ達がここに居なければ、この国は滅んでいた可能性は高い。
となると、事態がさらに大きくなる前に、オレ達で動かなきゃいけねぇってことだ」
レイモンドはそう言うと、すぐさまミュウリンを見た。
レイモンドはミュウリンを憂いたのだ。
これから魔族と戦争することになることを。
ミュウリンの役目、もといここに居るのは人類との共存の架け橋となるため。
にもかかわらず、その願いを根底から潰すようなことを今からしようとしている。
加えて、ミュウリンにとっては同族同士の潰し合い。
同族を救おうとしているミュウリンが、同族を殺す戦争に行くなど皮肉もいいとこ。
仕方ないこととはいえ、あまりにもミュウリンが可哀そうだ。
そんなレイモンドの視線に気づいたのか、ミュウリンはゆっくり首を横に振った。
そして、落ち着いた声色でしゃべり始めた。
「大丈夫だよ、ボクだって覚悟は出来てる。
平和や共生を望む人もいれば、未だに暴力や支配を望む人もいるんだ。
同族同士でも価値観の違いで口論になったりするんだ。戦うことも当然ね」
ミュウリンはそっと顔を下に向ける。
「出来れば話し合いで解決したかった。
でも、温泉街近くの迷宮にいた魔神、人を魔神にする偽神薬、そして今回と彼らはやり過ぎた。これは例え同族でも看過できないこと。
そして、ボクが最後の王族であるからこそ、キッチリ務めを果たさなければいけない」
ミュウリンは顔を上げると、「だから大丈夫」とレイモンドに言った。
その顔は平気そうであったが、ちゃんと寄り添ってきた仲間にはわかる。
それが無理して作っている笑みということぐらいは。
しかし、そのことを誰も指摘することは無かった。
なぜなら、それを指摘することはミュウリンの覚悟をブレさせることになるから。
それは仲間として絶対にしてはいけないことだ。
「となりゃ、早速明日には出発だな。
復興の手伝いとかしてやりたいが、どうにもそんな時間はなさそうだし」
ゴエモンが空気を変えるように、今の話題にオチをつけた。
すると、その言葉にナナシが一言だけ付け足す。
「なら、国を出る前に別れの挨拶をすませておかないとね」
―――翌日
ナナシ達が国を出発する前にやってきたのは、ヒナリータが暮らす家だ。
そして、ナナシがドアをノックしようとした時、それよりも早く扉が開き、中からヒナリータが飛び出してきた。
「ナナ兄ー!」
ヒナリータはナナシの体にタックルするほどの勢いで抱き着く。
(いつの間にこんな懐かれたんだ?)
ナナシはそう思いながらも、そっとヒナリータの頭を撫でると、ヒナリータは嬉しそうに笑い、尻尾をゆらゆらと揺らした。
すると、ヒナリータの後ろから母親のミルフェールが顔を出し、何かを察したような顔をしながらも、それを言葉に出さずナナシ達を家に招き入れる。
「お茶を出そうと思うのですが、どうされますか?」
「いや、すまないが急な用事が出て帰らなくちゃいけなくなったんだ。
だから、簡単に挨拶を済ませるために寄っただけだよ」
ナナシの言葉に、未だにナナシに抱き着くヒナリータの耳がピクッと反応した。
そして、寂しそうな顔を浮かべてナナシを見る。
「ナナ兄も皆も、もう帰っちゃうの......?」
「あぁ、ごめんね。本当は観光案内とかしてもらう予定だったけど、そんな時間もなくなっちゃたんだ。
だから、これはお詫びの品だよ。どうか受け取って欲しい」
ナナシはその場にしゃがむと、腰のポーチから赤い宝石のペンダントを取り出した。
それをヒナリータの首に手を回し、ネックレスのようにつけてあげると、赤い宝石に触れる。
「これはあらゆる攻撃を防いでくれるとっておきのお守りさ。
ヒナちゃんはなんだかんだお転婆だからね。少し心配になったんだ。
後は、それだけ健やかに、そして幸せに過ごして欲しいと思っている証でもある。
今回みたいに、いつ何が起きてもおかしくない時代だからね」
ナナシはネックレスから手を離すと、ヒナリータの頭を撫でる。
その撫でに、ヒナリータは耳をたたみながら、「ありがと」と小さく呟き、ペンダントを見つめながら小さな両手でギュッと握った。
「......本当は帰って欲しくない。このままずっと一緒にいて欲しいと思ってる」
ヒナリータはポツリと、やや涙ぐんだ声でしゃべり始めた。
そんな小さな勇者に、ナナシ達は黙って耳を傾ける。
「だけど、ヒナは良い子だから、ナナ兄、ミュウ姉、レイ姉、ゴエ兄の仲間だから邪魔したくない。
でも、最後ぐらいなら、少しぐらいのわがままは許して欲しい」
ヒナリータはナナシを見る。
その目は赤かったが、決して涙は流すまいという意思が宿っていた。
そして、そんな熱烈な視線をぶつけながら、バッと両手を広げる。
「ん」
何かを求めるように、声を短く鳴らしたヒナリータ。
しかし、ナナシはその行動がわからず首を傾げるばかり。
そんなナナシの一方で、背後にいるミュウリン、レイモンド、ゴエモンは当然のように意味が分かり、ナナシの鈍感さに顔を手で覆った。
「ん!」
ヒナリータは少しムッとした顔でさらに声を鳴らす。
もはや早く察しろと言わんばかりであった。
しかし、それでも察しの悪いナナシは首を傾げつつ、行動を真似た。
「え、えーっと?......え、俺も両手を広げればいいの?」
「もう、ナナ兄のバカ!」
じれったくなったヒナリータは、ナナシが両手を広げた瞬間抱き着いた。
その行動は、まるでかつてのヒナリータに抱き着こうとするナナシのように。
そして、ようやく意味を理解したナナシが、ヒナリータの背中に腕を回そうとした直後、突然左の首筋に痛みが走る。
ヒナリータが噛みついたのだ。
「痛った!? なんで急にハルみたいに......それも同じ個所!」
「うぅ~~~~!」
「痛たたたた! なんかさらに強さが増したんだけど!? 痛い、かなり痛い!
あ、あの、お母さん.......見てないで、娘さんを止めて!」
「あらあらあらまぁまぁまぁ!!」
「なんでちょっと嬉しそうに笑ってるの!?」
結局、ミルフェールが止めることなく、ヒナリータが満足するまで噛まれたナナシ。
そして、首筋から顔を話したヒナリータはというと、急激に顔を真っ赤にして、外へ飛び出した。
そんなヒナリータを見つつ、ナナシが噛まれた首筋を抑えていると、その一連を見ていたミルフェールがしゃべり始めた。
「ふふっ、ナナシさんも罪な男性ですね」
「え、どういうこと?」
「今のは獣人族に伝わる愛情表現の一種なんですよ。
好きな人に噛み痕をつけ、自分のものと主張する。
噛む力が強かったのは、それだけナナシさんへの愛が大きかったということですよ。
後は誰かのニオイを上書きする意味合いもありますが」
その説明を聞いたナナシは、脳裏にとある狼少女を思い浮かべる。
そして、同時に気付いた。
「え、俺ってばサイレント求婚されてたってこと?」
「もう、ナナシさん? うちの娘が許容しない限り、浮気はメッですからね!」
「待ってくれ。まだその話は早いと思う」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




