第17話 夜の散歩道
フレイムドラゴニアとの戦闘を終えたナナシは、真下に広がる深穴の上空を鼻歌を歌いながら歩いていく。
そんなナナシにとってドラゴンを倒すことは対して手間では無い。
飲食店が客が食べ終えた皿を片付けるように、皆が喜びを分かちあっている間に本当の脅威を排除しただけに過ぎない。
これはあくまで道化師としてのサービスの一つだ。
現在、冒険者ギルドには自分が望む笑顔の輪が広がっている。
それを守るのも皆を楽しませる道化師の本分のと言えよう。
しかし、それはあくまでこっそりとやるのがセオリーだ。
そういった行動が誰かに見られているというのはあまり想定しない。
故に、バレると恥ずかしい。
「ナナシさん、お疲れ様」
「ミュウリン......いつの間に」
ナナシが深穴の縁に辿り着き、来た道を帰ろうとしたその時、木を背にして寄りかかる可愛らしい相棒がいた。
その乗除の頬を赤い辺り、お酒を飲んでほろ酔いなのだろう。
そんな状態で歩いちゃダメでしょうに。
「ミュウリンさんや、お酒を飲んだのなら真っ直ぐ宿に帰らないと。
君みたいに可愛い子にはすぐさまガオーってオオカミが寄ってくるよ?」
「ふふん♪ こう見えても純粋な力ならナナシさんより強いんだよ?」
右腕を曲げ、二の腕をぷにっとさせる。ほぼフラットな力こぶ。
そんな一見嘘にも聞こえる言葉だが実の所事実である。
魔力強化していないナナシとミュウリンで力比べした場合、ほぼナナシが負ける。
一体どこにそんな力があるというのか。これぞまさにファンタジー。
「それなら、ナナシさんがオオカミになるぞ。ガオー」
「キャー♪ ダメだよ~♪」
ミュウリンは身をよじらせてクネりクネり。
どうやらいつもに増してノリがいいみたい。
うん、可愛い。これぞ自慢の相棒だ、とナナシは自慢げに思った。
「仕方ない。俺は道化師、世の中の傾奇者。紳士なオオカミが麗しき歌姫をお送りしましょう」
「エスコートよろしくね~」
そして、二人は夜の道を歩き始めた。
ナナシが行きよりも気分が良いのは脅威が消えたからか、はたまたミュウリンがいるからか。
比べるまでも無く、間違いなく後者であろう。
二人で楽しくしゃべっていると、ナナシは道端にとある草を見つける。
白いチューリップが蕾のまま頭を垂れているような植物だ。
ここでビビッと狩れの脳裏に電流が走る。
自分はミュウリンの道案内なのに、最近曲しか演奏してないのでは? と。
だとすれば、それは道化師としてもナンセンス。
道化師は笑顔のためなら時には法螺を吹く。
しかし、誓った約束だけは破ってはいけない。
それは人間として、そして自分とし生きていく道理だ。
「ミュウリン、せっかくの夜道だ。久々に夜の道案内としよう」
ナナシは蕾の植物を千切ると、それをミュウリンに見せた。
「これはなんだか知ってるかな?」
「なんかの植物だね。でも、この植物は見たことないかな」
「なら、この蕾にデコピンしてみ」
ミュウリンはナナシの言葉に首を傾げながら、ピッと指を弾く。
直後、ナナシが持つ植物は花を咲かせ、ランプのように発光し始めた。
瞬く間に光るその花は、周囲三メートルを照らすほど明るい。
「ほわぁ......奇麗」
「この植物はニチリン草というんだ。刺激を与えると光を放つ。
一説には昼間に太陽光を貯蓄して、その光を放っているとされる。
夜道で明かりが困った時には便利な植物だ」
「それは助かるね~。どのくらい光ってられるの?」
「おおよそ三時間って聞いたかな。もちろん、使い切りだけどね。そんでもって冒険者はこう使う」
ナナシは余計な枝葉を切り、茎を一本の棒にするとそれを耳にかける。
すると、茎は耳に絡みついた。
「即席のヘッドランプの出来上がり。
なぜか枝葉を切り離して、少し魔力を流すと丸まるんだ。
それを利用して耳にかけると、こうして両手を開けて照らせる」
「便利だねー」
「だねー」
少し歩くと、ナナシはまたもやとある木を見つける。
そして、光を当てない様に指をさした。
「ミュウリン、あっちの方向にある木を見てみ」
「あっち......? わっ、なんかすっごしょぼんとしてる木がある」
ミュウリンが見たのは目と口に見えるように空洞が開いている木だった。
目の方は目尻が大きく下がり、口も口角が思いっきり下がっている。
まるでデスマーチ明けのサラリーマンのような顔だ。
「なんだか可哀そうに見える木だね」
「そのまま見ててみ。今から残業明けで久々の休日を謳歌する社会人の顔が見えるから」
ナナシはサッと顔を向けた。
耳についているニチリン草から放たれる光が木を照らす。
直後、その木はたちまちお化けカボチャのような狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「笑った。すごい、笑ったよ! トレントみたい!」
「この木の名前はカラゲン木。別名トレントモドキと呼ばれる木さ。
どっちかっていうと別名で呼ばれる方が多いかな」
魔物の種類の中には、動物だけではなく植物も存在する。
その代表的な植物系の魔物がトレントだ。
トレントは普段普通の木に化け、エサが近づいてきたところを狂気の笑みを浮かべ、枝を鞭のように使って襲う。
その魔物に非常に似ているのがこのカラゲン木である。
カラゲン木の特徴として夜は死んだような顔をしているが、太陽の光を浴びるとめっちゃ笑顔を浮かべる。
見たままの光景。たったそれだけである。
強いて言えば、目や口もとが日中だけ開き、夜には閉じるので小型魔物の絶好の住処となってることが多いぐらいか。
そして、ナナシはそんな説明をしながら、次の面白い何かを探して顔を背ける。
「あ、落ち込んじゃった」
ミュウリンの声にすかさずナナシ顔を向ける。
「あ、笑った」
背ける。
「落ち込んだ」
向ける。
「笑った~」
そんな意味もないやり取りをあと二、三回繰り返したところで、再び歩き出す。
それからも、ナナシはお尻が赤く光るヒイロカブトや、コウモリのように逆さになって首を九十度横に傾げるフクロウのような魔物フクロクフを紹介していった。
ナナシがそれはもうミュウリンを楽しませように、夜のお散歩を頑張って取り仕切る。
そんな様子をミュウリンは、子供が話すのを聞く母親のように温和な笑みを浮かべていた。
すると、時間はあっという間に過ぎ、森の表層部まで戻ってきた。
あと数十メートルで森を抜ける。楽しい夜のハイキングもこれで終わり。
「ナナシさんはやっぱり優しいね」
不意に呟くミュウリンの言葉。
はて、急にどうしたというのか? とナナシは首を傾げる
「どーした? そんな急に感慨深い表情しちゃって」
「そりゃなるよ。だって、ボクが魔族だってバレても楽しく過ごせてるのはナナシさんのおかげだし。
それに、ナナシさんは人知れずこの街に迫りくる脅威を排除してたわけだしね」
「お客さんを楽しませる環境を整えていただけさ。
笑った一日が一生の中で良き思い出としていつでも思い出せるように。
こう見えてもナナシさん、自称プロですから」
ナナシはスッとミュウリンの前に立つ。
そして、目線を合わせるように膝まづいた。
「それにこの命は君に貰ったものだ。それを無下には出来ないよ。
だから、これからも君の案内人としてそばにいる。
君が幸せに笑ってくれる、その時までね」
おどけていない語りかけるようなナナシの優しい口調。
彼がそっと手に取った小さな手は今でも繋がりがあると示すように。
「う、うん、そうなんだ......」
ミュウリンは不意に放たれたナナシの笑みに頬を赤らめた。
一度目をパチクリとさせるも、すぐにふにゃんと頬を緩めた。
「えへへ、ありがと~。そんなこと言われると思ってなかったから、なんだかビックリしちゃった」
「それはさすがにふざけられないし、何より俺だって恥ずかしいからな」
「なになに、ナナシさん、もしかして今照れてる?」
「まさか! このナナシ、世の女性を魅了するパーフェクトでクールでプリティーでクレイジーな男として生まれてしまったからには恥ずかしさとは無縁なのだよ。キリッ」
ナナシは先ほどの言葉を帳消しにする勢いでふざけカッコつけた。
そんな自称色男を月の光が照らしていく。
すると、ノリのいい少女はただ頷いき言う。
「そっか、そっか。さすが色男っ」
「.......やっぱ恥ずかしいので、今日の道化師は店じまいで」
「買い占めたかったな~」
そして、二人の夜は更けていく。
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