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第169話 気まずい空気

 ナナシは立ち上がると、フラフラした足取りで来た道を戻る。

 その時でも思い出されるは、過去の自分の行い。

 そして、今こうして自分がここにいる理由。


(そうか......だから、俺は......。それに、この体もあの時の戦いで......)


 ナナシは体中に感じる重さとダル気を感じていた。

 それこそ、全身に重たい甲冑を着ているような気分。

 心なしか空気すら薄くなっている気がして、呼吸もあまり上手くできない。


「酷い吐き気と憂鬱感だ......けど、()()()()()()()()()()んだな、俺は」


 橋を渡り、壁に手を付けながら階段を上っていくナナシ。

 途中、壁に背を預けて休息を挟みつつ、それを繰り返してようやく地上へと戻って来た。


 地上の様子を確認すると、すでに大半の魔力反応は消えており、特に前線側にあった膨大な魔力の圧は消えていた。


 つまり、レイモンドがどうにかしたということだ。

 町中にあるポツポツと動く魔力は恐らくこの国にいた冒険者のもの。

 前線が終わると、すぐさま街の魔物の掃討戦に移行したのだろう。


「大きな被害は無かったみたいだな......」


 しかし、それでも死んだ人はいるだろう。

 なにせこの襲撃はあまりにも唐突的な物であり、即座に対処できるのは武器を持つ冒険者のみ。


 だが、その冒険者も前線に現れたスタンピードを抑えるために集中し、手薄になった街の中に魔物が一気に解き放たれた。


 その魔物一匹一匹が小さな平屋ならあっという間に破壊する能力を有している。

 それが大量となれば、頑丈な作りの建物も破壊される。

 結果、中にいた人は建物や魔物によって死んでしまう。


 加えて、それだけではない。

 民の被害からすればそのくらいだが、国としての被害はあまりに大きい。

 なぜなら、神獣の宝玉が神と名乗る者に奪われてしまったからだ。


 獣王国の成立は、古にいたとされる神獣の存在が起因している。

 そして、獣王国はその存在自体が神獣を崇める祭壇のようなものであり、その祭壇に隠していた神獣の宝玉はご神体そのものだ。


 そのご神体が奪われたとなれば、それは国家を揺るがす大事態。

 それがナナシの目の前で起きたにもかかわらず、ナナシは何もできなかった。


 ただ奪われるのを指を咥えて眺めていただけ。

 記憶の蓋が開き、激しい頭痛に襲われて動けなかったなど言い訳にしかならない。

 事実上の大戦犯である。獣王国からすれば普通に極刑もの。


 もっとも、すぐさま国を動かせるほど王族が生きているか怪しいが。

 少なくとも、国王と王妃はナナシが助けたが、国は二人では動かせない。

 故に、今はナナシを正しく裁ける人はいないだろう。


 また、ナナシは自分の失態に対する罪の意識があったが、あったのはそれだけじゃない。

 それは記憶とともに思い出した。もっと大事な罪の記憶。

 そう、だからこそ――


「マジでミュウリンにどう顔を合わせるべきかなぁ......」


 ナナシは頭を下げ、ガックシと肩を落としてうなだれた。

 その記憶を知った後では、ミュウリンに対する態度も変化してしまう。

 変化しないはずがない。それだけのことをしたのだから。


「ボクがどうしたの?」


「あひゃっ!?」


 その時、背後からニョキッと生えてきたミュウリンに、ナナシはビクッと反応する。

 すぐさま距離を取り振り向けば、そこには後ろ手を組むミュウリンがいた。

 どうやら接近していたことに気付かないほど、頭を悩ませていたようだ。


「い、いつからそこに......?」


 ナナシは口を引くつかせながら、ミュウリンに尋ねる。

 額を流れる汗、獏上がりする心拍数、肌にひりつく緊張感。

 言うなれば、圧倒的な格上と対峙しているような感覚。


 ななしは恐れたのだ、ミュウリンに記憶の内容を知られることを。

 言いたくないけど、言わないのも違う気がする。


 その悩ませていたことを口から漏れて聞かれていたとしたら、覚悟ができていない今のナナシからすれば大変な事態だ。


「ナナシさんが珍しく耽っている顔をしていたから気になって。

 後、今なら気付いてないと思って、こっそり後ろから驚かせてやろうとも思ったかな」


 ミュウリンはいつもの温和な表情でもって答えて見せる。

 そのことにナナシはホッとし、いつもの調子の口調で話題をすり替えた。


「も、もうお茶目さんなんだから~。それはそれとして、ヒナちゃんの方は大丈夫だった?」


「うん、問題ないよ。それになんか覚えのある魔力が、こっちに来そうな魔物の数を減らしてくれていたから。思ったよりも被害は出てないと思う」


「そっか、それは良かった。なら、その魔物を倒してくれたであろうハルには後でお礼しないとね」


「あー、ハルちゃんだったか。あの魔力」


「人手が足りないと思って召喚に応じてもらったんだ」


「そっか」


「「......」」


 会話が終わり、途端にナナシとミュウリンの間に気まずい空気が流れる。

 いつもならナナシがどうでもいいことを永遠としゃべり、それを楽しそうに聞くミュウリンの姿があるのだが、今のナナシがいつも通りの精神状態ではないだけに話が続かない。


 結果、微妙な間が発生する。

 そのことにはミュウリンも違和感を感じているようで、時折ナナシを見ては、「どうしたの?」と問いかけるような心配した瞳で見つめる。


 そして、ミュウリンは仕舞にじーっと見つめるが、ナナシはその視線を顔ごと逸らして逃げに走る。

 その行動に、首を傾げたミュウリンは口を開いた。


「......ねぇ、ナナシさん?」


「ど、どうしたの?」


「なんかさ、さっきからずっと目が合わないね」


 ミュウリンのジトとした目に、ナナシはドキッと心臓が跳ねる。


「そ、そんなことないよ。今は遠くの様子が気になってるだけだし。

 それに、ナナシさんの視覚情報は魔力に頼っているから三百六十度。

 いつでもどこでも可愛い相棒の姿が見えるから安心してくれ」


「そっか~」


 ナナシの精いっぱいの主張を、ミュウリンは軽く受け流すように返事した。

 そして、ナナシの前の数歩歩くと、右足のつま先を軽くタップしながら言った。


「なんというかね、わかるんだ~。ナナシさんがボクを見てくれてるかどうかってことが。

 この襲撃事件が起きる前、ナナシさんはボクの方を見てくれていた。

 なのに、今は違う。だから、何があったのかな~って思って」


「それは......」


 ナナシは開きかけた口をすぐに閉じる。

 そして、拳をギュッと握った。

 言えなかった。言えるはずもなかった。

 そんな覚悟、そう簡単に持てるはずがない。


「......いや、気のせいじゃない?」


 ナナシはポケットに手を突っ込み、ミュウリンの方を向いてほほ笑んで見せる。

 その姿を、ミュウリンは振り返って見ては「そっか」と小さく呟いた。

 ミュウリンの右足は動きを止める。


 ミュウリンが返事をしてからそれ以上の追求をしないことに、ナナシは安堵しながらも、やはり流れる気まずい空気に心をザワつかせる。


 そんなある種のしんどい時間が二人の間で流れていると、二人のもとにレイモンドとハルが合流した。


 すると、二人の空気感にレイモンドがすぐさま気づき、首を傾げる。

 そして、声をかけようとするレイモンドの前に、ナナシが割り込んでハルに声をかけた。


「ハル、今日は助かったよ。突然の招集に応じてくれてありがとう」


「これぐらい問題ない。だけど、この仕事は高くつくよ」


「え~、ご主人様の命令なのに~?」


「メイドとて給金があるから奉仕するもの。もちろん、お金以上のもので払うのもあり。

 例えば、ナナシ自らが体をお金とするなら......ん?」


 その時、ハルはナナシの服から何かに気付く。

 獣人のハルだから気づくことのできる微細なニオイ。

 それも自分より小さな少女のニオイだ。


「ふっ、やるじゃん」


 ハルは鼻で笑い、顔も知らぬ勇敢な少女を褒めると、そっとナナシに手を伸ばす。

 そのままナナシの胸倉をグイッと掴み引き寄せれば、首筋に噛みついた。


「あ痛っ!?」


「これで半分チャラにしてあげる。後半分は自分で考えて。それじゃ、皆に仕事任せたままだから」


 ハルは言いたいことを言い終えると、魔法陣のスクロールを使い、あっという間にこの場から消えた。

 そんな我が道を行くハルの姿勢に、ナナシは噛まれた首筋を抑えながら「なんだった?」と感想を残すと、残る一人の仲間の方へ意識を向けた。


「ま、ともかく、後はゴエモン一人だな。

 なんか訳ありっぽいし、こっちから迎えに行こう」

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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