第165話 友との共闘#1
レクザス.......魔王直属の研究部門最高責任者フェズマの部下の一人である。
研究者らしく白衣に身を包み、されどスポーツマンのような短い金髪をしてたその男は、ゴエモンとザクロの前に現れた。
醜悪な笑みを浮かべ、人を挑発するかのような目で二人を見るレクザスの隣には、一人の女性がいた。
紺色の髪を後頭部で束ね、優しそうな目じりが下がったその人は、鎖で両腕ごと拘束されている。
また、その鎖の先はレクザスの左手へと続いていた。
ザクロはレクザスに対する怒りで一瞬視界に入らなかったが、そぐにその女性の存在に気付く。
目を大きく開き、口を開けたザクロは、すぐさまその女性の名前を呼んだ。
「ハイネ!」
「ザ.......クロ......」
ザクロの恩人ハイネは満身創痍と言った様子で、ザクロの名前を呼ぶ声も弱々しかった。
そんなハイネの姿に、ザクロは眉尻を下げる。そして、すぐさまレクザスを睨んだ。
そんな友の姿を見ながら、ゴエモンは状況を理解する。
「なるほどな......お前が俺の友達にこんなことさせやがった野郎か」
「いかにも、この僕がレクザスであり、そこの無能に勇者を殺すように命じた存在だ。
だがまぁ......結果はご覧の有り様。実に使えない男だ」
レクザスはため息を吐き、肩を諫める。
その仕草に、ゴエモンは眉間にしわを寄せ、目つきを鋭くする。
「ハッ、わかってねぇな! 今の状況がよ! ザクロはもうテメェの手駒じゃねぇ!
いつまでも大人しくしていると思ったら大間違いだぞ!」
「......ふむ、そうか。なら、仕方ない」
レクザスはため息のように鼻息を一つ出し、白衣の胸ポケットに手を突っ込む。
そして、手に持ったのは一本の注射器。中には紺色をした液体が入っている。
「これは改良型の偽神薬だ。とはいえ、未完成だがな。
何度かデータ収集のために投薬したゴミはいるが、どれも知能が著しく低くなってしまってな。
これは捨てようと思っていた不良品なのだが......やはり何事も有効活用しなければいけないよな」
レクザスはハイネの腕を掴み、そこに注射器の先端を当てる。
「おい、何してんだやめろ!」
ザクロは嫌な予感がしてブワッと冷や汗を流し、咄嗟に走り出す。
しかし、その行動も空しく、無情にもハイネの腕に偽神薬が流し込まれた。
直後、ハイネは「うっ」と歯を食いしばり、ガンッと頭を地面に打ち付ける。
「見ろ。これが曲がりなりにも神の力を宿した人間の姿だ!」
レクザスが興奮気味にしゃべる。
その隣ではハイネが何度も頭を地面に打ち付け、額を切って流れ出た血をそのままに、上半身を起こすと天を仰いだ。
「う......うがっ......うがああああぁぁぁぁっ!」
ハイネの体に変化が現れた。
肌色だった肌はだんだん青っぽい色に変化した。
体格はそのままに、筋肉が膨張し、まるでボディービルダーのような筋肉が出来上がる。
爪は鋭く伸び、巨大化した足は靴を内側から突き破る。
ハイネには角が無かったが、枝分かれした凶悪な形をした角が生えた。
魔族ではない。魔族であった何かに変化した。
「あ......あぁ、なんてことだ.......ハイネが魔神になるなんて......」
レクザスは頭を抱え、膝から崩れ落ちる。
そして、そのまま上半身を折り曲げ、額を地面にくっつけた。
隣では、ゴエモンがザクロの言葉に反応する。
「魔神!? 魔神って魔族でありながら、偉業を成し遂げて神の如く力を手に入れた存在。
もしくは、神そのものになった存在ってことだよな!?」
その言葉に反応したのはザクロではなく、レクザスであった。
「いかにも、これは人が手軽に神の力を得る薬だ。
ただし、信仰心も何もないので、正しい意味での魔神ではないけどな。
故に、偽神薬だが......まぁ、薬の名前の由来などどうでもいい。
不良品とはいえ、新型には違いない。これであれば勇者も殺せる.....ククク」
レクザスは醜悪な笑みを浮かべ、ハイネの姿をチラッと見ると、左手の人差し指をバッとゴエモン達に向ける。
「さぁ、見せてみろお前の力を! 目の前の男達を殺せ!
全ては邪神様の御心のままに――!?」
瞬間、レクザスの左腕が吹き飛んだ。
レクザスの欠けた左腕からは鮮血がブシュ―と噴き出る。
「のわああああああ!?!?」
レクザスは突然のことに目を白黒させ、すぐさま左腕を押さえ、その場にしゃがみ込む。
そして、この状況を作り出した張本人を睨んだ。
「何をする! お前の相手はあっちだ!」
「うがぁ.......」
「くっ、敵も味方も区別がつかないか。ここまでゴミ個体は初めてだ。
このままここにいてはロクなことにならんな」
レクザスは立ち上がり、左手を押さえたままわき目も振らず走り出す。
その後ろを眺めていたハイネは「うが」と小さく呟き、瞬間その場から消えた。
直後、黒い影がレクザスを通り過ぎ。同時に鳴った音はザシュ。
ゴエモンとザクロは目の前で起きた結末に、唖然としたまま固まった。
なぜなら、ハイネの片手にはレクザスの頭が乗っかっているから。
つまり、ハイネがレクザスを殺したということだ。
ハイねはレクザスの死に際の頬を引きつらせた顔を見ると、笑うことなく鷲掴み、地面に叩きつけた。
勢いよく潰れた頭はゴパンッと弾けるような音がし、血と肉片が周辺に飛び散った。
そんな光景を見ていたゴエモンは、冷や汗を流しながらザクロに聞いた。
「.......ザクロ、どうする? 助けたいか?」
「ゴエモン......いや、無理だ。あんな姿になってしまっては......もう誰も!」
「ザクロ! 俺は助けたいかどうか聞いてるんだ! どっちだ!?」
ゴエモンの言葉に、ザクロはギリッと奥歯を噛む。
そして、上半身を起こし、涙を拭った。
「......わりぃ、やっぱ助けたい」
「よし、決まりだな。それに安心しろ。
ナナシならあの姿になってもどうにかしてくれる」
「本当か!?」
「確証はない。が、正直できないとは思えないな」
「わかった。例え、どれだけ可能性が低かろうと俺はそれを信じる。
なら、俺達がやることはハイネを捕まえることだが......何か策はあったりするか?」
「そりゃ決まってるだろ......これから探す」
「ハァ、お前なぁ......」
ザクロはゴエモンの無計画さにため息を吐いた。
とはいえ、人をおもちゃのように簡単に殺す相手に、対抗できるような思い浮かばない。
となれば、ゴエモンの言葉も一概に否定できない。
ハイネを助ける。それがザクロのただ一つの使命である以上、やるしかない。
「しゃぁねぇな、やるか」
ザクロは立ち上がると、力強い笑みをし、笑った。
その姿を見たゴエモンも同調して笑う。
「そうでこなくっちゃ」
ザクロとゴエモンは構える。
すると、それを敵意と受け取ったハイネは、手に付着した血を手首を揺らして払い、二人の方へ体を向ける。
「うがああああぁぁぁぁ!」
そして、獣が戦闘前に吠えて威嚇するように声を轟かせた。
その声の圧だけで、ザクロとゴエモンは骨にビリビリと響くような感覚を感じた。
「ハハッ、こりゃ相当手強そうな相手だな」
「気合入れろよ、ゴエモン。ハイネは夢中になると何も聞こえないからな」
「なるほど。そりゃいい女だ!」
ザクロとゴエモンはは軽口を叩くと、ハイネに向かって走り出した。
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