第163話 かつての友
北に向かって走るのはナナシだ。
ナナシは背中に後光のような光の球体を常時展開し、その球体で周囲の魔物を殲滅する。
魔力探知で敵を発見次第、オートで発射される機能性。
そして、ナナシの魔力が続く限り放たれ続ける半永久的な砲撃に魔物は成すすべもなくやられる。
そんなナナシが向かっている先は正面に見える城だ。
その城の中に魔力探知を集中させると大きな魔力が暴れ回っている。
同時に、それよりも小さな魔力が途端に消える。人が死んだ時に現れる現象だ。
城に突撃しようとするナナシの前に、数人の男が立ち塞がった。
ナナシはその顔に見覚えがある――つい最近一緒に宴会をした隣人だ。
急ブレーキをかけてその場に立ち止まったナナシは、彼らに気さくに声をかける。
「あらら、何か知ってる反応があると思えば、随分な再会じゃない?」
そんなナナシの言葉に、男達は顔色一つ変えない。
そして、一人の男が答えた。
「そうだな。お前とは親しくなった。だからこそ、引け。お前を殺したくはない」
「城の方に用があると言ったら?」
「......せめて苦しみなく逝かせてやろう」
「悪いけど、男に逝かされるのは趣味じゃないから遠慮しとくよ」
ナナシは道化師らしくおどけて言って見せた。
*****
――同時刻西街路
相変わらずどこもそこも魔物が跋扈し、好きなように暴れ回る。
その姿は無秩序で野性的。まさに魔物と言うべきに相応しい生物だ。
その魔物が襲ってくるのを片っ端から叩き切っているのがゴエモンだ。
「どこもそこも魔物だらけだな。
これじゃ街の掃除がホント大変になるぞ」
ゴエモンは魔物を見ながら苦言を吐く。
現在進行形でバッサバッサと魔物を斬って死体を増やしているのはゴエモンであるが、一応街を守っているという免罪符があるのでどうにかなるだろう。
もっとも本人はそのことを気にしたことは一度もないが。
ゴエモンにとって魔物との戦いは慣れたものだ。
不良時代から金稼ぎでやっていたし、魔族が襲ってきた時も戦った。
そのため体が戦い方が覚えており、後はそれ通りに体をなぞれば勝手に魔物が斬れる。
しかし、そんなゴエモンにも堪えるものがある。それは数だ。
今も空中に浮かぶ魔法陣によって魔物が際限なく送られてくる。
一体どこから送られてくるんだ? とゴエモンは首を傾げる。
魔族との戦いの時も数によって体力の大半を削られた。
多勢に無勢という言葉ある通り、一人で戦うには限界がある。
それこそナナシのような、人間の枠から外れた勇者のような圧倒的な個の力を持っていなければ無理だろう。
故に、ゴエモンは気にするのをやめた。
がわからないものを気にしても仕方がない。
今は目の前のことに集中すべきだ――と、その時、ゴエモンは背後から殺気を感じた。
「っ!」
ゴエモンは素早く振り返り、刀を盾にして防御態勢を取る。
瞬間、カキンッと何かが刀に弾かれた。
刃渡り十五センチほど短剣だった。
ゴエモンは妙に見覚えのあるような気がする短剣に目を移した。
その短剣には木製の柄の部分に名前があった。
昔友人のためになけなしの金を全額払って掘ってもらったその名は――ザクロ。
コツンと短剣の先端が地面に落ち、寝そべる。
ゴエモンはその短剣の存在に息を飲みながら、近づき、そして手にした。
あわよくば見間違えであって欲しい。しかし、脳内がそれを否定する。
確かめるのが怖く、思わず閉じたくなるような細い目でゴエモンは柄を確認した。
「......ハァ」
ゴエモンは目を閉じながら眉を寄せ、重たい息を吐く。
柄をギュッと握り、顔を上げて、いるであろう本人に目線を向けた。
「.....これはどういう意味だ、ザクロ?」
「お前と宴会をしたあの時、いらない物を返しそびれてたと思ってな。
だから、今返した。それだけのことだ」
「お前の成人祝いに、俺が苦労して用意したこの短刀をいらない物たぁ.....悲しいこと言うじゃねぇか」
ザクロが虚ろな目でもってゴエモンを見つめる。その目は殺意が宿っていた。
つい最近になってやっと再会できて、その祝いに宴会まで開いたたった一人の親友。
いや、ザクロの瞳から判断すれば親友だったというべきか。
ゴエモンは殺意を向ける目に反応しそうになるのを、刀の柄を強く握って堪える。
ザクロとは悪ガキ時代の悪友だ。それこそケンカしたこともある。
だが、その一度もあんな目を向けられたことはなかった。
ゴエモンとてザクロに殺意を抱いたことは一度もない。
でなければ、今の今まで親友を探し求めて旅をしていなかった。
だからこそ、聞く必要がある。一体何があったのか。
最終的に敵と判断するにはそれからだ。
ゴエモンがそう思った矢先、ザクロは腰にさしていた鞘から刀を引き抜く。
その行動にゴエモンは冷たい汗をかく。
しかし、まだだ......ザクロは刀を抜いただけ。構えてはいない。
まだ交渉の余地はあるはず。
ゴエモンは世間話をするように話しかけた。
「にしても、まさかこんな所で会うなんてな。
つい数日前まではしんみりとした別れの空気を出してたのにな。
ザクロもそう思わないか?」
「......そうだな」
ザクロは目を閉じて答える。
その反応にゴエモンは一縷の希望を見出した。
この場で命のやり取りを行うような事態が避けられる可能性がある。
いや、親友としては是非とも避けたい。
誰が好き好んで再開で喜んだ相手を殺したいと思うのか。
「だろ? つーわけで刀を収めて話でも......いや、今は魔物がいるから難しいよな。
よし、昔みたいにどっちが多く倒せるか競争しようぜ! 久々に腕が鳴る――」
「ゴエモン、余計な御託はいい。俺と戦え」
ザクロはゴエモンの言葉を遮った。
先程の返答ななんだったのかと思うぐらい覚悟の決まった目をしている。
ゴエモンも武人の端くれだ。その目が意味するものをわからないはずがない。
交渉の余地など初めからなかったのだ。
「気づかないフリすんなよ。わかってんだろ、今の状況をよ。
わざわざお前がこの国にいるタイミングで狙ったわけをよォ!」
ゴエモンは目を細めた。
信じたくなかった、今の状況を。
スタンピードが起き、城下町に魔物が放たれ、親友が殺しに来た。
そのどれもが偶然で済むはずがない。
少なくとも、スタンピードと魔物の召喚は計画的な犯行と認識しているのだ。
そこにザクロが来たなら......もはやどう足搔いたってそうとしか思えない。
「......俺が狙いなのか?」
ゴエモンは未だ捨てきれないほんの小さな可能性を胸に聞いた。
その言葉にザクロはゆっくりと手に持つ刀を正面に向け、答えた。
「俺はお前が目当てだった。だから、仲間達には譲ってもらった。
それが俺達に下された命令だった......それだけだ」
ザクロの言葉より、この状況は計画的なものと確定された。そして、狙いは全員。
この状況はナナシ達の個人の能力が強いだけに、分散して事に当たるだろうことを予想した戦略。
全てが誰かの手のひらの上で動かしていることを意味している。
しかし、そんなことはザクロには関係ないように、正面に向けた刀を上段に構える。
刀の刃先が太陽に照らされてキラリと光る。
真剣で戦う――つまり、命のやり取りを求めている。
「ゴエモン......戦いを始めるぞ。言っておくが拒否権はない」
「......っ!」
ゴエモンはギリッと奥歯を噛みしめた。
この状況を収めるとすれば、ゴエモンがザクロに勝つしかない。
加えて、親友を殺したくないのであれば生け捕りしかない。
殺しに来ている相手に手加減をしなければいけないということだ。
ゴエモンはスゥと短く息を吸い、フーと長く息を吐く。
親友のレベルは知っている。
しかし、それはあくまで過去の親友のレベル。
今はどうなってるかわからない。
そんな相手に、殺しに来る相手に手加減は無謀だとわかっている。
しかし、やるしかない。親友を殺したくないのなら。
頑張ってやるしかない――一世一代の手加減ってやつを。




