第162話 緊急事態
「それじゃ、そろそろ帰らせてもらうよ」
「そうですか。色々話してくれてくださりありがとうございます。
またいつでも遊びに来てください。その時は歓迎します」
「そいつはありがたい! ひもじくなったら寄らせてもらうよ」
ミルフェールが丁寧にお辞儀する。
ナナシは片手を上げながら軽く挨拶を済ませ、玄関に向かって歩き始めた。
その時、ヒナリータがナナシの服の裾を引っ張り、ナナシの動きを止める。
そして、ヒナリータは潤ませた瞳でナナシを見た。
「ナナ兄、もう行くの?」
その言葉にナナシは嬉しそうに笑みを浮かべる。
ナナシはヒナリータの視線に合わせるようにしゃがみ、そっとヒナリータの頭に手を置いた。
「......そうだね。お別れの時間だ。
だけど、この国を出発するのはもう少し観光したらの予定だから、そういう意味ならすぐじゃないよ。
国を出る時にはまたちゃんと挨拶に来るから」
ナナシはヒナリータの頭を撫でる。
すると、ヒナリータの尻尾がゆらゆらと揺れた。
「というわけで、ヒナちゃんは家族の団欒を楽しみな、ね?」
「......絶対だよ。絶対にまた来てよ。じゃないと末代まで呪う」
「そ、それは怖いなぁ......あぁ、約束だ。必ず来る」
ナナシは立ち上がり、玄関のドアノブに手をかけ出ていった。
その後ろにミュウリン、レイモンド、ゴエモンが続いた。
彼女らもまた「またあとで」と簡単な挨拶だけ済ませて。
ヒナリータの家から出てしばらく、ナナシ達は中心街の十字路までやってきた。
すると、ミュウリンはヒナリータの家のある方角を見て呟く。
「なんだか寂しくなるね~」
その言葉に反応したのはレイモンドとゴエモンだだ。
「あぁ、全くだ。唯一、ナナシの暴走を止められる貴重な存在なのにな」
「もっともそれも過去になっちまったけどな」
その三人は、いつもならそばにいる小さくて勇気ある存在がいないことに寂しそうな顔をした。
その一方で、ナナシだけは明るい顔をしている。
なぜなら、確かな絆で繋がってる、とナナシは確信しているから。
「大丈夫、またどこかで会えるさ。
されと、ここからどうしよっか。何か買い物――ん?」
頭の後ろで手を組むナナシが三人に話しかけようした時、何やら騒がしい音を捉えた。
ナナシがその方向に視線を向けると、多くの冒険者が正門方向へ走っている。
それだけではない。
通りを歩いていた人達も家の中に急いで帰っていた。
その姿はさながら避難しているような人の動きだ。
レイモンドも周囲の騒がしさに気付いたのか愚痴をこぼす。
「なんだよ、こっちはまだ寂しさの余韻に浸ってたって時に......」
「さぁ、なんだろうね。ちょいと尋ねてみるか。おーい、そこの人ー!」
ナナシがたまたま近くを通りかかった冒険者に声をかける。
すると、その冒険者はレイモンドを見つけると、ナナシを押しのけて彼女に近づいた。
「レイモンド様、丁度いいところに! 魔物のスタンピードが起きたんです! 力を貸してください!」
「スタンピードだぁ?」
スタンピードとは何らかの原因で魔物が波のように一斉に押し寄せる現象を指す。
規模はその時によってまちまちだが、それでも大抵は街に甚大な被害を及ぼす。
それが現在、獣王国に迫っているらしいのだ。
「なるほど、そんな事が起きてるのか」
「というわけで、是非お願いします。僕は先に行っています」
そう言ってその冒険者はあっという間に走り去ってしまった。
その後ろ姿を見てナナシはしゃべり始める。
「あの様子だとレイがいることを言いふらしそうだね」
「全くだ。だが、オレとしても無視するわけにはいかないからどっちみち行くことになるがな。
にしても、なんて間が悪い.......なんたってこんなタイミングに」
「ま、レイちゃんがいるからどうにかなるでしょ~」
「だな。俺達は適当に取りこぼしを狩るとするか」
「それは他力本願するぎるだろ」
楽観視するミュウリンとゴエモンにレイモンドは呆れた様子でため息を吐く。
しかし、レイモンドの顔からしても特に焦りの表情はない。
その一方で、ナナシはこめかみに指を当て、周囲の状況を確認していた。
そして、ナナシは危機感を持った声で言った。
「......いや、思ったより楽じゃないかもしれない」
ナナシの声にレイモンドがすぐに真面目な顔になる。
「どういう意味だ?」
「この場一体の魔力濃度が高い。つまり、誰かが意図的に魔力を放出してるってことだ。
だけど、俺の魔力探知からは近くに術者らしき人は見つからない。
それが示すのは――皆、上だ!」
ナナシは上を見て叫ぶ。その動きに合わせ三人も上を見た。
瞬間、上空にはいくつもの巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そして、そこからは様々な魔物が爆撃するかのように降り落された。
「おいおい、どうなってんだこりゃ!?」
「チッ、本当なんで今日なんだ!」
「とにかく急いで魔物を排除しないと!」
その光景にゴエモン、レイモンド、ミュウリンは言葉をこぼす。
動揺で乱れている三人の思考。そこを正すのがナナシだ。
ナナシは素早く三人に指示を出す。
「ミュウリンはヒナちゃんの家に向かってくれ!
レイは魔物が向かって来ている正門へ!
ゴエモンは俺と一緒にこの場一体の掃討だ!」
「「「わかった!」」」
ナナシの指示に返事をした三人はすぐに行動を開始する。
ミュウリンとレイモンドはそれぞれ別方向に走り出す。
ナナシとゴエモンは、二人が向かった方向とは別の通路から来る魔物に対処を始めた。
「全く、今日はいい気分で寝れると思ったのにな!
なのに、街は襲われるし、突然のことにキャラはブレるし!」
ゴエモンは魔物を斬りながら「キャラがブレてるのはいつものことだろ」とツッコむ。
すると、ゴエモンは少し上を向きナナシに質問した。
「これも魔族の過激派? だっけかの仕業か?」
「さぁね」。ただ少なくともこの国を狙った計画的な行動は確かだ。
スタンピードといい、魔法陣といい、あまりにもタイミングが良すぎるからね」
「誰がこんなことを......クソ、ここで集まっていても意味ねぇ!
俺達なら二手に分かれても問題ないだろ?
俺は東の大通りを向かう! ナナシは西に行ってくれ!」
「いいや、どうにも城の方に怪しい気配が現われた。俺はそっちに向かう。
だから、俺の頼みはこの子に任せた。いでよ、召喚獣――ハル!」
ナナシは腰のポーチから小さな紙切れを取り出す。
それには転移魔法陣が描かれており、ナナシが魔力を流すとそれは起動した。
直後、魔法陣から光の粒子が飛び出し、それは人の形を形成した。
当然、呼び出されたのは瞬光月下団のエース、ハルだ。
「ん、やっと呼んだ.....って何この状況?
てっきり寂しくなって会いたくなったのかと思ったのに」
ハルは辺りをキョロキョロと見渡していく。
現在、彼女の周りにはわんさかと魔物が暴れ回っていた。
そんな彼女にナナシは道化師らしい口調で言う。
「もちろん、会いたかったさ。
ただ、サプライズににぎやかしを用意しすぎちゃったみたいでね。
悪いけど、一緒に片づけを手伝ってくれない?」
「......ハァ、この時のために脅し用に武器を持ってて良かった」
ハルは太ももにあるホルスターから愛銃を取り出す。
そして、慣れた手つきでトリガーに指をひっかけ一回転させ、グリップを握る。
ナナシはハルの言葉の意味を確かめたかったが、嫌な予感がして止めた。
「それじゃ、ゴエモンは東、ハルは中央と西の魔物を片付けてくれ。
西の奥の方はミュウリンがいるからある程度でいい。俺は城のある北側に向かう。
それから、襲われている人が居たら助けてやってくれ。以上、散!」
そして、三人はバラバラに移動し始めた。
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