第16話 アフターワーク
「~~~~♪」
茜色の空と夜空のグラデーションが刻む時刻は、決まって冒険者ギルドは騒がしくなる。
というのも、冒険者ギルドは基本的に酒場と一体になってることが多いからだ。
そして、そんな冒険者ギルドでは日頃の任務の疲れを癒すためや付き合いの輪を広げていくためにといった様々な理由で冒険者達が酒を飲み交わす。
また、そこは居酒屋のようなもので、複数の宴会グループがそれぞれ騒ぎ合っていることが多い。
そんな賑やかな環境や雰囲気は冒険者にとって本当の意味で一番楽しい瞬間という冒険者もいる。
しかし、いつもなら見られる光景が今回は見られなかった。
なぜなら、現在の冒険者ギルドは一人の少女によるライブ会場となっているからだ。
歌手はもちろんミュウリンだ。
その隣には椅子に座り、メロディーを奏でるナナシの姿もある。
騒がしい冒険者ギルドに騒がしくない夜がやって来た。
その光景を誰しも気にしないのは、ミュウリンという少女に魅入られてしまったからだろう。
そして、途中で気分に乗せられた他の冒険者が、冒険者ギルドの倉庫に眠っていた誰かの楽器を借りて曲に合わせて弾き始める。
それを皮切りに楽器を演奏できる一芸を持つ冒険者が、こぞって曲に乗り始めた。
ギター以外にオカリナ、フルート、ハーモニカなど様々な音がプラスされる。
冒険者達が一丸になって演奏する。
楽しそうに笑ったり、素敵な歌声に耳をせませたり。
それも少女が魔族であると理解しながら。
ナナシの見たい光景がそこにはあった。
ミュウリンが女性冒険者に誘われ膝に座りながら楽しそうに歌っているところで、ナナシは一人歩き出す。
彼が向かった場所は受付嬢ソフィアがいる席だ。
「レディー、今宵は素敵な演奏会場をありがとうございます」
「いいですよ。今日は特別な日です。そう、本当に」
ソフィアはお酒で頬を赤く染めながら、じっとミュウリンを見つめていた。
視線の先を理解したナナシは彼女に尋ねてみる。
「もしかして、ソフィアさんもこっち側だったのかい?」
「.......そうね、そう願うことに決めたわ」
自信を持って告げるソフィア。
何かの踏ん切りがついたよう強い瞳だ。
とても見ていたくなるステキな瞳。
すると、ナナシは踵を返す。
そして、向かった場所は入り口であった。
「どこか行かれるんですか?」
「外が俺を恋しがってるんでね。ちょっと口説いてくるだけだよ」
「......はぁ」
ナナシ渾身のクサいセリフは、ソフィアの何とも言えない表情で流された。
*****
夜の森は表情を変える。
森を良く知る森人族に伝わる有名な言葉だ。
昼間の見通しのよい森の中とは違い、夜の森は数メートルの奥も見えなくなる。
生い茂る葉っぱが月光を隠し、より暗い空間を作り出すからだ。
また、僅かな光を頼りに死角から襲い掛かる獰猛な魔物も多い。
魔物との戦いは一瞬の油断が命取り。
その一瞬が取られやすく、しのげても後手になりやすい。
そのため冒険者ギルドの依頼でも夜に仕事になるだろう依頼は少し報酬金が高い。
それだけ冒険者ギルドも夜を警戒しているということだ。
「フンフフ~ン♪ フフンフ~ン♪」
そんな夜道をコンビニに行く時でもしないだろう鼻歌交じりで歩く男がナナシだ。
鼻歌の曲調に合わせ、体を動かしていく。
両手に魔法障壁を展開し、ステップを踏みながらダンスをするように。
小中学生が意味もなく傘を剣に見立てて振り回すようなものだ。
唯一、違うと事があるとすれば、その行動がしっかりと意味を為してるところか。
ナナシの動きに合わせているのか、彼がタイミングを合わせているのか魔法障壁に襲い掛かった魔物や飛んできた魔法が弾かれていく。
傍から見れば、ビースト〇イバーをやってるように見える光景だ。
タイミングよく的確な位置で時には長短をつけて。
まさにリアル版音ゲーの動きをしていた。
そんな動きを途中休憩を挟みつつ続けること数十分。
ナナシは巨大な洞穴に辿り着いた。
彼がいる場所は深層部。
冒険者が一人では絶対に近づかない場所だ。
巨大な穴はまるで山一つをくりぬいたように広大だ。
真下を覗けば、見えるのは深淵のみ。
まるで月光を全てのみ込まんばかり。
「ん~、相変わらず大きいね。ここは」
ナナシは一度だけここに来たことがある。といっても浅い場所。
昔の記憶だ。それでもあの時はただ必至だったと覚えている。
―――ガツン、ガツン
すると、何が爪を立てるような音が響く。
ついでに這いずるような音を。
その音の正体は深穴から聞こえてくる。
ナナシはポケットに手を突っ込みながら、音の正体が出てくるのを待った。
そして、その音の正体は突如として空中に飛び出す。
月をバックに巨大な影が空中に漂う。
図体に見合った巨大な翼は月を覆い隠すほどに大きい。
そんな音の正体が翼を動かしながら近づいて来る。
月の光が真実を照らす出すように正体を露わにした。
「炎赫竜フレイムドラゴニア。かつて神に罰せられたとされる伝説上の魔物」
まるで血で染めたような真っ赤な全身。
竜鱗は数多の固いと言われる武器を弾き、鋼を穿つ魔法を弾くとされる。
ボディービルダーのような胸筋から繋がる巨大な腕は、山を平地に変えるほどの力があると言われ、さらに空中に飛翔するために動かした翼は暴風と間違えられるほど。
言わば、人類が“自然災害”と呼ぶような存在。
対策は出来ても、対抗できないと呼ばれる存在。
それが竜と呼ばれる魔物の頂点に君臨する種だ。
しかし、その竜に対しても一定数対抗する存在する。
それが冒険者ランクで呼ばれるところの“人外”である。
世界の命運を握ると呼ばれるその力は竜に対抗できると判断された時、初めて冒険者ギルドから与えられる畏怖の意味を込めた名誉。
だが、そんな存在は世界を見ても数える程度しかいない。
ましてや、冒険者になり立てのナナシが勝てるはずがない。
「ま、竜といっても結局ワイバーン種の二つ名なだけであって、あっちの難しい漢字の方じゃないからね。
それに所詮オルトロスに深穴へ突っ返させられる程度だろうし、大した力もなさそうだしね」
しかし、ナナシは余裕な表情を覆さなかった。
そして、右手を軽く掲げ、指をパチンと鳴らす。
直後、深穴を覆う大きい半球が周囲に展開された。
「これで結界は張った。これで余計な被害は出ない」
ナナシは両手を組み、頭上に上げる。
そこから大きく伸びをした。まるで寝起きに体を伸ばすように。
「さてと、やりますか」
ナナシが準備万端とした姿勢を見せた瞬間、フレイムドラゴニアは大きく口を開けた。
かの竜の口には太陽の如き眩い凝縮された炎。
それがブレスとなってナナシを襲った。
そのブレスの輝きが周囲を昼間のように照らす。
また、熱波が結界を貫通し、木々を燃やしていった。
「ちょっとちょっと、せっかく被害出さないようにしたのにやめてくれる?――獅子濁流砲」
ナナシは人差し指と中指を揃え、手で銃を作るような形にした。
直後、指先から放たれた直径五メートルの砲撃。
獅子の顔をした水流は真正面からブレスとぶつかっていく。
高温の炎が瞬く間に水を蒸発させ、周囲に来い水蒸気が広がった。
すると、フレイムドラゴニアはナナシのいる位置へ急降下する。
また、水蒸気で視界が悪くなっているのを理解しているようで翼を畳んで水蒸気に紛れると、巨大な手でナナシを押し潰す。
「甘い甘い。砂糖菓子のように甘い......なんか甘い物食べたくなったな」
フレイムドラゴニアの攻撃を避け、ナナシが空中に飛び出した。
相変わらず適当な言葉をしゃべりながら回し蹴り。
瞬間、フレイムドラゴニアは頬を思いっきり蹴られ、十五メートル以上の巨体さでのけぞった。
同時に、頬にあった竜鱗はたった一撃で剥がれ、砕け散る。
「グガアアアアアァァァァ!」
竜はプライドが高い生き物だ。
数多の生物を下等生物と見なしているため、負けることは許されない。
それが頂点として君臨する者の定め。
フレイムドラゴニアは爪で攻撃するみせかけ、尻尾で器用にナナシの足を掴む。
「あら? あらあらあらららららら~~~~~」
ナナシをぐるんぐるん振り回すと背後へと吹き飛ばす。
そして、すかさず追いかけると、ナナシを間合いに捉え爪を立てた。
「閃光三刃」
フレイムドラゴニアが振り抜いた右腕はナナシに到達した瞬間、夜に瞬く閃光とともに三等分に分かれた。バラバラとなった肉片が深淵に落ちていく。
そんな攻撃を受けても攻撃意志を捨てないフレイムドラゴニアはすぐに噛み砕く攻撃に切り替えた。
そんな相手にナナシは左腕を大きく構える。
「ストロン○レフト!」
ナナシの左腕が伸び、フレイムドラゴニアを殴り飛ばした。
正確には彼の手から金属製のワイヤーが伸びてるだけだが。
しかし、ナナシの<身体強化>で強化されたそれはドラゴンにも対抗し得る。
「驚いた? 実は左手は義手なんだ。
そんでもって、あえてカタカナで言っちゃう辺りがオタク流。
それにせっかく腕伸びるんだったら一度はやってみたくなるよね、漫画キャラの技」
「グガアアア!」
フレイムドラゴニアは翼で空中に急停止する。
直後、空中に赤い魔法陣をいくつも展開し、そこに一発で街の四分の一を焼き尽くす火球を五十発以上放った。
それに対し、空中に立つナナシも空中から水色の魔法陣を展開する。
作り出したのは氷の氷柱。それで数多の火球を相殺した。
「芸がないぜ、ドラゴンちゃん。
戦いは九割の本気と一割のユーモア。
これ、道化師の戦い方の基本だぜ?」
ナナシの言葉に対し、フレイムドラゴニアは睨む。
すると、フレイムドラゴニアは大きく空中を昇り、停止した。
瞬間、かの竜は顔を真上に向ける。
その口元に巨大な魔法陣を作り出し、そして作り出すはまさに太陽というべき直径三十メートルの火球だった。
「いいね、粋がわかってる。なら、俺も全力でユーモアで答えよう」
ナナシは爪を立てた両手を手首で合わせる。
かの有名な戦闘民族が仙人から教わった技だ。
「かーめー〇ーめー」
ナナシは両手の間に白色の魔法陣を展開した。
そこに作り出した光を思いっきり凝縮させる。
高密度に、そして小さく。小さく、小さく。
「グヴァアアアア!」
フレイムドラゴニアが火球を落とした。
ナナシもタイミングを見て解き放つ。
「波ァああああああぁぁぁぁぁ!」
全力の雄叫びを添えて。
眩い巨光が砲撃となって夜空に昇る。
そして、火球と接触。
巨光と火球は少しの間拮抗したが、ナナシが魔力を込めた瞬間、一気に形勢が変わる。
火球が巨光に押され、フレイムドラゴニアに向かって行った。
やがて、その火球はフレイムドラゴニアを捉える。
そして、自身の火に焼かれながら、その竜は星の彼方まで飛んでいった。
「ふぅ、これで終わり。この俺も愉快な戦闘に感謝するよ、炎赫竜フレイムドラゴニア」
夜空の星の一つとなる光を眺めながら、ナナシは夜空に向かって丁寧にお辞儀した。
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