第159話 友の過去#2
「――俺は恩人のアイツにそう言ったんだ。
そしたら、アイツは嬉しそうに『それ面白いね』って返してくれてさ」
過去のことを話すザクロは実に楽しそうな表情を浮かべていた。
そんな友人の顔を見てゴエモンも嬉しそうに頬を緩める。
しかし、その表情は途端に暗いものへと変化していった。
「最初は上手くいっていた。いや、上手く隠せていたというべきか。
毒を作る研究者が必ず特効薬を作成するように、アイツも実験結果をもとに特効薬の作成に取り掛かった」
「ちょっと待て、”人を怪物にする薬”ってのは、さっきの話を聞く限りだと作成できてないんじゃなかったのか?」
「らしいものはできていたらしい。実際、小型の動物に投与したら変化が見られたって言ってたしな。
だけど、それをずっと隠していたらしい。だから、特効薬を作り始めることができた。
完成形があったおかげかそれも完成まであと一歩というところまでやってきた。だが――」
ザクロは動かしていた口を閉ざした。
その様子にゴエモンはその話の先の展開が予想できた。
同時に、ここにザクロがいる理由も。
「......どこかへ消えたのか?」
「あぁ、朝目覚めたら奇麗さっぱりにな。最初は俺も何が起きたかわからなかった。
裏切った奴に対する襲撃ならさすがの俺でも寝てても気づくことができる。
だけど、そうじゃなかった。消えたのはアイツの意志だった。なんたって置手紙があったしな」
「それじゃあ、お前はその人を探して今は旅をしてるってことか」
「.......あぁ、そういうことになるな」
ザクロから聞いた自分が知らない友人の過去にゴエモンは口を閉ざしかける。
するとその時、どこぞの道化師が泣きながら話に入ってきた。
「うぅ......そうか、そんなことがあったんだな。でも大丈夫!
そんだけその人に会いたい熱い気持ちを持ってるんだ。必ず会えるさ。
諦めなければ必ずね、俺はそう信じてる。だろ? ゴエモン」
「あぁ、その通りだ。俺はお前が生きていると信じてた。
もちろん、最悪な未来が頭を過ることもあったが、俺はお前のことを知っている。
だから、信じて探し続け、見つけたのは偶然だがこうしてこの場で再会できた。
俺なんかに叶えられるんだから、お前ならもっと簡単さ。だから、会える」
「俺はお前とは違うよ。けど......そうだな。俺も信じてる」
ザクロはようやく不器用な笑みを見せた。それに対し、ゴエモンも笑顔で返していく。
そんな場の空気が緩やかになったところでナナシはギターを持って立ち上がった。
「よーし、場の空気もあったまり、気分も良くなったところで宴としゃれこもう!
そんでもって今この場所がオンリーステージ! 歌姫、喉の調子は万全か?」
「うん、いつでも大丈夫」
「ミュウ姉もノリがいい」
「でっかい子供をあやしてるだけだと思うぞ」
相変わらずどこでも演奏し歌を歌うナナシとミュウリンに対し、ヒナリータとレイモンドは感想をこぼす。
そんな若干冷めている二人のことを気にする様子もなくナナシは演奏を始めるのであった。
翌日、好きなだけ騒いで食って飲んでをしたナナシ達はその場で雑魚寝。
そして、自然に目が覚めるままに起きるとナナシは体を起こした。
「あぁ~、頭がガンガンする......解毒でこの気持ち悪い気分も解消できるけど、これなきゃ飲んだ気がしないよなぁ」
「なーに酒カスみたいなこと言ってんだ。さっさと治せ」
頭を押さえながら少し恍惚とした笑みを浮かべるナナシを「マジかコイツ」といった様子で見るレイモンド。かつての親友がこんな姿では目も当てられない。
なので、彼女は自分も覚えている解毒魔法でもってナナシの体調を直そうと肩に触れた。
「あ、ちょっと、なにすんの! 触らないでエッチ!」
「まだ酔ってるようだな。拳で目覚めさせてやってもいいんだぞ?」
「あ、それはマジで勘弁っす.......」
レイモンドの竜の如き気迫に負けたナナシは大人しく治療を受け入れていく。
それからさらに一時間後には全員が起床した。
ちなみに、体調不良者はほぼ全員であった。
「さてさて皆様方! 楽しい宴が終わり翌日となりました!
それでは皆さんにお聞きしましょう。宴が終わったら何が始まるのか。
正解はそう再び宴が始ま――ぐふっ」
意気揚々と叫ぶナナシにレイモンドの肘打ちが突き刺さる。
その場に崩れ落ちるナナシに代わり、レイモンドが司会を続けた。
「えー、こんなわけのわからないことを言うアホは放っておいて、オレ達はこれから獣王国に向かうつもりだ。だから、行き先が同じでなければ、ここが別れの挨拶の場所となる」
「えぇ~~~? せっかくゴエモンが友人と再会できた日の翌日なのに?
なぁなぁゴエモン、もっと喜びを分かち合いたい、もといお酒を酌み交わしたいよな――ごはっ」
「ナナ兄は黙って」
「おいナナシ、俺を巻き込むな」
ヒナリータの容赦のないビンタが炸裂し、ゴエモンには距離を取られる。
そんな味方がいない状況にナナシは最後の砦とばかりにミュウリンに泣きついた。
「ミュウリーン、皆がいじめてくるよー!」
「よしよーし、全面的にナナシさんが悪いから諦めようね~」
「おかしい。明らかな慰めボイスなのに微塵も慰められていない」
たった数秒でナナシを起点として彼の仲間達と一緒にワチャワチャとし始める。
その光景にザクロの仲間達は笑う人もいれば、顔を見合わせて困惑する人もいた。
そんな彼らの様子を見ながら、レイモンドは話を戻す。
「この男の戯言はともかく、昨日は楽しい宴をありがとう。
種族も獣人だったり、エルフだったり、ドワーフだったりとで彼らの貴重な文化や習慣の違いを耳にできたことは大きな経験だったと思う。
全員瘦せこけたような見た目をしているが、まぁ人生色々あるもんだしな。深いことは聞かねぇ。
とにもかくにもだ、昨日はありがとう。またどこかで会ったら話そう」
レイモンドの挨拶でもって宴は幕を閉じた。
その姿はさながら物語に出てくる英雄のような誠意のこもった言葉であった。
どこぞの道化師とはえらい違いだ。
「......」
ゴエモンは仲間達と話すザクロをじっと眺めた。
別れ時間は迫るたびに会えた分名残惜しい気持ちになっていく。
その気持ちが彼の表情に如実に表れていた。
「ゴエモン」
「わっ!? なんだナナシか、驚かせんなよ」
「狙ったからね。それはともかくお前はまだこっちにいるつもりか?」
「それはどういう意味だ......?」
「お前の目的はきっと今この瞬間叶ったはずだ。
なら、いつまでも俺達と一緒にいる必要はない。
行きたければ一緒に行って助けてやってもいいんだ。大切な友達なんだろ?」
ゴエモンはチラッとザクロの方を見た。そして、何かを考え視線をナナシへと戻す。
「いや、やめておく。助けたいのは山々だが、きっと俺の気持なんか見透かされてるだろうしな」
「例えばどんな?」
「もう少しこの馬鹿な空気を味わいたいってことだ。言わせんなよ、恥ずかしい」
「......なるほど、そっか。そいつは良かった」
「.......?」
てっきり茶化しに来るかと思えば全然違った反応に戸惑うゴエモン。
そんな彼を気にすることなくナナシは「さーてそろそろ行きますか」と背を向け歩き出した。
そして、ナナシ達は集まると別れの挨拶をする。
「んじゃ、俺達は出発する。またどこかで飲もうぜー」
ナナシは大きく手を振りながら歩き出し、仲間達もそれについていった。
*****
ナナシ達が遠く離れていくのを眺めるザクロ達。
その中の一人がそっと口を開いた。
「.....ザクロ、覚悟は決まったか?」
それに対し、ザクロは答える。
「.....あぁ、最後に話せてよかったよ。またな、ゴエモン」
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