第158話 友の過去#1
ゴエモンの故郷からの友であるザクロは故郷を魔族に襲われ、逃げる道中で崖から転落した。
そんな崖はもはや光を飲み込む闇そのものでザクロも死を悟るのに時間はかからなかった。
しかし、幸か不幸か深い深い谷底には川が流れており、生きれるかも怪しい高さからの着水であったが、無意識に体を魔力で硬化していた影響か生き延びることに成功した。
とはいえ、地面への激突を避けたとはいえ、その川は身動きも取れない激流だ。
加えて、呼吸をすることも叶わず、さらには負傷による流し過ぎた血が影響してザクロは川の中で気を失う結果となった。
「だが、不思議にも俺が目が覚めた時にはどこかの民家だった。
そして、すぐそばには体を前後に大きく揺らして舟をこぐ女の姿があったんだ。
その女は合間合間に幸せな夢を見ているのか緩んだ口元をしていて、目が覚めると元に戻るんだが、また眠気が襲って来ればさっきの表情で......面白い女だったんだ」
ザクロは過去のことを思い出しながら楽しそうに笑う。
まるでその人のことを自慢できるのが自分の嬉しさのように。
そんな友人に対し、ゴエモンは少し驚いた表情をしていた。
「まさかお前がそんなに一人の女に入れ込むなんてな。昔は三股四股は当たり前だったじゃねぇか」
「あんときは遊んでただけだ。俺は友人付き合いだったのに、あっちが一方的に入れ込んできただけ」
「だけど、それを黙認したお前が悪いだろ。あいにく一回刺されてるし」
「だから、あれ以来は同じことは繰り返してねぇだろ?
って、そんな話がしたいんじゃなくて、その女が本当に面白くてよ」
ザクロにとって女はトラウマだった。
先程のゴエモンの発言の通り、昔は奔放な時を過ごしており、そのせいで起きた自業自得なのだが、その結果“女は腹の中では何を考えてるかわからない”という考えに至った。
加えて、ザクロがこれまで仲良くしていた女友達は何かと派手で金銭感覚が緩いタイプか、関わったら最後愛の重さで殺されるタイプであった。
もっとも最初は普通だったのに途中から急に変貌する感じが多かったが。
なんにせよ、過去のトラウマを抱えたザクロにとって例え恩人であるとはいえ、性別が女である以上要警戒対象には変わりない。
そんな野良猫のような態度を取るザクロに対し、恩人ハイネはザクロが目覚めたことに驚き慌てて座っていた椅子からガッシャンと倒れこんだ。
急に驚いてどうしたんだと覗いてみれば、ガバッと起き上がったハイネは遠くにある砂時計を見て「寝すぎたー!」と叫ぶ。
そして、あっという間にどこかの別室へと行ってしまった。
そんな恩人を“急に騒がしい奴”と思いながら周りを見てみれば、周囲にあったのは何かの薬品が入った瓶の数々。状況から察するに恩人は科学者のようだった。
「お前も理解してると思うが、俺達はスラム育ちで科学者のような高尚な頭脳を持った連中との付き合いは無かった。だから、そういう意味では珍しいタイプだったな」
「そうだな。そもそも関わる接点すら皆無だったからな」
「それに何より良かったのが俺の興味が無かったことだ。
日常会話は普通にできるが、興味の対象が専ら研究のことばかり。
加えて、俺を見る目も謎の液体が入っている瓶を見る目の輝きよりかはずっと劣っていたしな」
そんなザクロは療養という名目上で奇妙な居候生活が始まった。
恩人の女がザクロに要求するのは薬の治験。
実のところ、ザクロを拾ってきた理由も恩を売って治験の実験体にしようという目論見だったらしい。
普通の人ならそれだけでだいぶ嫌な気分になるだろうが、ザクロにとって稀有なタイプであり、むしろ興味の方が勝った。
そして、体が完治するまでの間に様々な薬の治験をしていくザクロとハイネ。
そんな二人の時間はあっという間に半年の月日が経った。
その時間は二人の親睦を深めるには十分すぎる時間だった。
ザクロが抱いていた女性に対する苦手意識もハイネに対してはすっかり消えていた。
そんなある日、歩ける程度に回復したザクロは試しに外へ出てみた。
久々の外の空気は新鮮に感じ、さらに今いる拠点は森の中であるため美味しくもある。
そんな場所を気分よく歩いていると、ザクロは森の中を歩くハイネの姿を見つけた。
「そういえば、前から定期的に外出てたな。素材集めなら手伝ってやるか」
ザクロはハイネの歩いた道をついていく。すると、ハイネがある場所で止まった。
なので、話しかけようと近づいた瞬間、そこに誰かがいる気配を感じ咄嗟に隠れた。
そして、木を壁にしてその場所を覗き込む。
「あれは......魔族か?」
ザクロは魔族に対して強い嫌悪感を持っている。
故に、魔族というだけで酷く嫌悪感が湧いてくる。
というか、あの女も魔族だったのか。
しかし、魔族特有の角が無かった。
「ともかく、確かめる必要がある。もしあの人が魔族なら俺は......」
ハイねは魔族の男と話しているようだ。当然、声は聞こえない。
様子見しているが、何かと首を横に振っている様子だ。
何かの勧誘を断っているのか、もしくは単に否定してるだけなのか。
話が終わった様子だ。ハイネがこちらへと引き返してくる。
話していた男の気配も消えた。問い詰めるなら絶好のチャンスだ。
「なぁ、今のは仲間か?」
「っ!......見ちゃったんだね、今の」
「正直、凄い戸惑っている。俺の故郷は魔族に襲われたからな」
「っ!? そ、それじゃあ、その傷も!」
「あぁ、そうだ。だから........俺はお前が敵じゃないことを知りたい。
こう見えても必死に怒りを抑えてるんだ。なぁ、聞かせてくれるよな?」
「.......とりあえず、戻ろ」
ハイネは自らの退路を断つようにザクロと一緒に家へと戻った。
そして、机を挟んで向かい合うように進むと、最初に口を開いたのはザクロだった。
「まず聞くが.......お前は魔族でいいのか? 角がないが」
「私は魔族だけど、生まれつき角がないんだ。だから、色々と不都合なことが多くてね。
それでもこの姿で生きていくしかなかったから、生きていくために必死に勉強して.......そのおかげで今ではこんなことができてるけど、それでも別に自由に生きれてるって感じじゃないんだ」
「そうか。まぁ、俺の国の方でも角のない鬼人族はバカにされることが多い。角は鬼の証だからな。
だが、無いことが悪いことじゃない。それだけは言える」
「........そっか、ありがとう」
ハイねは嬉しそうに笑った。その笑みに嘘があるように思えない。
だからこそ、信じたい。恩人があの魔族の男と一体何を話したのか。
「なぁ、お前はあの男と何を話していた? まさか俺のことを話したのか?」
「いやいやいや、話してない! 信じて! それとはまったく別のことだから!」
「そうか。なら、その話していた内容を聞いてもいいか?」
「他愛のない研究の話だよ。今、上層部の命令で人を化け物にする新薬の研究をしててね。
これに逆らうと殺されちゃうから、今必死に作成してるの。
だけど、気が乗らなくてね。でも、さっきもああして定期的に進捗を確認しに来るの」
「何の研究をしてるんだ?」
「人を......化け物にする研究」
「そう、か」
ザクロは凄まじい葛藤に襲われていた。
ハイねを助けたいという理由と、魔族に加担したくないという理由。
その二つの気持ちがせめぎ合い、ぶつかり合い、悩みを大きくしていく。
しかし、例え相手が憎い魔族であろうとも女を助けない理由にはならない。
「なら、その研究を手伝わせてくれ。ただし、ぶち壊す方向性での話だけどな」
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