第156話 ヒナリータの意思
「さーて、途中寄り道が入ってしまったけど、次こそ目指す道は獣王国エレガンテだよ。
ほらほら、ヒナちゃん、家族と再会出来る日が刻一刻と近づいてるよ。嬉しいね」
「まぁ、っても今の歩きのペースじゃまだまだ時間かかりそうだけどな」
「ここら辺はあんまり馬車も通らないみたいだしね〜」
現在、ナナシ達が歩いているのは獣王国エレガンテまで続くハートバード街道である。
精霊国から出立して長らく彼らは地道にこの街道を歩いて進んでいる。
要するに、それだけ行商の馬車すらも通らないということだ。
単に運が悪いだけなのか、はたまたこの街道の先で何かトラブルが起きているのか。
どちらにせよ、到着までには時間がかかることは確か。
もっとも、魔法を使ってビューンと飛べばあっという間に行けるだろうが、それは「冒険の醍醐味がない」というナナシの謎の主張によって却下された。
とはいえ、そういう旅は最初こそ新たな街に期待に胸を膨らませて楽しく思えるものだ。
しかし、その気持ちも長く続く訳ではなく、今やその気持ちも消え失せ淡々と日々をこなすだけ。
そんな時こそ盛り上げ役の道化師の出番だが、彼のテンションは何かと的外れなことも多いので、今やただうるさいだけの人と化している。
そんな折、ただ歩いてだべって食事するだけの毎日に少しだけ変化が起きた。
その変化を起こしたのは最年少のヒナリータであった。
「ナナ兄、ヒナに戦い方を教えて」
「む?」
木陰の下で昼食を取っているとヒナリータがそんなことを言い始めた。
そんな少女から聞くとも思っていなかった言葉に、口いっぱいに食べ物を入れていたナナシは首を傾げる。
よもやこの子の口からその言葉を聞くことになろうとは。
「どうしたのさ」
「ヒナは思った。精霊国での冒険で戦いがどんな感じかわかった。
あの時は戦えたけど、それはあくまであの世界にいた時だけ。
だから、ヒナは現実でも強くなりたい。もう守られるだけの存在じゃない。
今度はヒナが守る番。いざという時に皆を守れるように」
ヒナリータが真っ直ぐこちらを見る。瞳に強い炎の輝きを感じる。
この子は以前にも同じようなことを言った。
しかし、あの時とは違い焦燥感は感じされず、さらには強い覚悟を感じる。
わざわざ聞き返さなくてもこの子がどんな気持ちで言っているのか伝わってくる。
ナナシは口の中の食べ物を飲み込み、周りに座っている仲間達を見た。
ミュウリンもレイモンドもゴエモンもヒナリータの言葉には賛成のようだ。
ならば、その意思を止める理由はどこにもない。
しかし悲しいかな。自分は教えるのに向いていない。
「ヒナちゃんの意思はわかった。協力することを約束する。
だけど、教わるとしたら俺よりもレイモンドの方がいいかな。もしくは、ゴエモン。
恐らくそっちの方が早く強くなれる」
「なんで? レイ姉はナナ兄の方が強いって言ってた。ゴエ兄はわからないけど。
勉強だってできる人に教わった方がいいように、戦闘技術だってナナ兄に教わった方がいいはず」
「確かに、その言葉は最もだと思う。だけど、俺の場合は実践での叩き上げほとんだ。
つまり、ほぼ我流での太刀筋で俺にしか適応しない。多少は型を齧ってるけどね。
その剣を教えてしまうと、きっとヒナちゃんの剣はめちゃくちゃになってしまう」
「だから、ナナ兄からは教えてもらえないってこと?」
「そういうこと。剣の打ち合いだったら型が無い俺の剣は実践に近いからいい経験になると思うけど、単純に剣を教わるということならおススメはできないかな」
「そういう意味じゃ俺もだな。俺は生まれはゴロツキどもの集まりだし、そこでケンカに明け暮れて鍛えた戦い方だからな」
「ちなみに、話題に出なかったけどボクは拳で戦う超接近戦だし無理だね~。
ただ、剣は剣での間合いがあるから、異種格闘戦で戦う際にはどういう間合い取りをすればいいかは学べると思うよ~」
「ふ~ん、そっか。なら、レイ姉、ヒナに剣を教えて欲しい」
「そうだな。よし、わかった。だが、オレはこと指導となると手を抜くつもりはねぇぞ? 覚悟はできてるか?」
「もちろん。だから、言った。ヒナは強くなりたい」
「そっか。それじゃ、午後から早速始めるぞ」
そして、午後からヒナリータ強化訓練が始まった。
とはいえ、最初から剣を振るわけではなく、教えられたのは体づくり。
つまるところ、走ってスタミナをつけたり、筋トレで筋肉をつけたり、投げる物を見て動体視力を鍛えたりとばかりだった。
それだけのメニューであっという間に一週間。
一応、獣王国に向かう旅の途中なので、訓練時間は午後のみと非常に短い。
加えて、いられるのはそこに着くまでであり、教えられることも限られている。
故仁、一回ぐらい剣を触れさせてもいいのでは? と思うナナシであったが、レイモンドの教育方針ではまだらしい。
そんな指導に対してヒナリータは弱音一つ吐かずにメニューをこなしていく。
その頑張りを端から眺めるナナシ、ミュウリン、ゴエモンの三人は運動会に来た保護者のような緩さで話していた。
「ヒナちゃん、頑張るね~。さすがだと思うよ。
昔のボクだったらこれでもちょっとサボってたかも」
「というか、ミュウリンはお姫様だったんだし、そういった武術以外にも色々な教養を身に着ける時間が必要があったのでは?」
「まあね。勉強ばっかしてると体動かしたくなるけど、結局疲れるしなぁ」
「そう考えると、方や勇者で方や魔王の娘だろ? 対して、俺はどこぞのゴロツキ。
なんだろ、なんか惨めになってきた。というか、ここにいるのが恐れ多い」
「って言っても、元勇者だし」
「ボクは元お姫様だね~。だから、気にしなくていいよ。今更出し」
「そうそう。というか、ここまで一緒だけど俺はあまりゴエモンの目的を知らないんだけど。
結局、何がどういうことでレイモンドと出会ったんだ?」
ナナシは率直に聞いた。
ゴエモンと出会ったのは温泉街アールスロイスだ。
その時にはすでにレイモンドの同行者として行動していた。
レイモンドが自分と行動するようになり、そこにゴエモンも加わることとなってなんやかんやあり今に至る。
そのなんやかんやが結局曖昧のままで、というかその話をまともにした時があっただろうか。
昔の記憶を掘り起こしてもそういう思い出はない。
自分がふざけて滑りまくった思い出しかない。
そんな質問に対し、ゴエモンは「あ~」と話しづらそうにしながらも、頭をかいては言葉を口にした。
「別に大した理由じゃねぇんだ。俺はずっと人探しをしてる」
「人探し? 同郷の仲間とか?」
「あぁ、一緒にスラムで育った奴さ。いつも一緒で生きるために悪行三昧。
お縄についた数は数知れない。だがまぁ、そんな笑える思い出も多い奴だ。
けど、ある日を境に死んじまった」
「「.......え?」」
あまりにも脈絡もなく放たれた言葉にナナシとミュウリンは言葉を失った。
一方で、そんな表情に気付きながらもゴエモンは話を続ける。
「俺が住んでた場所が魔族に襲われてさ。
その時に一緒に戦ってたんだが、相手の数と力に押されて敗走したんだ。
ケガをしたアイツを背負ったまま崖沿いに追い込まれ、足場が少し崩れた時にアイツを放しちまった。
高さが相当あるところの崖だったもんでよ、俺は死んじまったと思った」
「だけど、先の目的からすると生きていたと?」
「そういう噂を耳にしてな。探してるんだ。探して見つけたら、謝りたい。
ちゃんと助けてやれなかったってことを、不甲斐ない自分を正直に伝えて。
ただそれだけの目的さ。あまり気にすることじゃねぇよ」
ゴエモンは乾いた笑みを浮かべた。
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