第155話 魔神の陰謀
魔界――そこは数年前まで存在していた魔王によって統治されていた領土の名前である。
そして、魔界の最北端に存在するのが魔王城であった。
しかし、魔王無き今はただの無法地帯の場所と化していた。
『おらああぁぁぁ! 死ねええええぇぇぇぇ!』
『てめぇが死ねぇ! 俺は生きて次代の魔王になるんだよ!』
『あんたらには譲らないわよ! 私の前で跪きなさい!』
今や魔王城の周辺は色々な魔族によって日々戦いが行われている。
他民族国家である魔族にとって種族統一は悲願なのである。
故に、そこでは混沌とした環境が続いていた。
しかし、それはあくまで他の魔族での話だ。
当然、先代魔王の臣下は先代魔王の血筋で続くべきと考える。
そして、その臣下の一人であるフェズマはかつての主がいた場所へと戻ってきていた。
「帰ってきたかフェズマ殿。して、この格好はいかがなされた?」
フェズマがいる場所は魔王城の王の間。
しかし、彼が跪く目の前には空の玉座があるのみ。
その玉座の横で話しかけるの魔王に仕えていた古株の家臣ロートリオ。
その老人はボロボロのフェズマの姿を見て首を傾げる。
「これはその.......」
「ふむ......まぁ大方予想はつく。恐らくこれまでの報告書での濁したような文章から推測するに、立て続けに実験が失敗しているのだろう。違うか?」
「それはナナシという男が邪魔しているからで!
その男がいなければこの現代に神話時代の魔神を復活させることも可能で――」
「確かに、報告書の文面から見れば確かな性能なのだろう。
しかし、その魔神が今なお一体も復活していないという時点でそれが結果であろう。
魔神は魔族が神に至った姿とされているが、我らが崇める邪神様と同じ神に他らない。
つまり、神とはこの世ならざる力を持った存在のことを指す。そうだろう?」
「くっ、それは......」
「フェズマ殿が目指している場所は知っている。
その手で神を生み出すこと。まさに禁忌の所業。だが、それこそ邪神様の眷属。
そして、その指標としているのが神話時代のものとされる書物に書かれている絶対的な存在」
「それがわかっているならなぜ呼び出した!?
私は今新たな研究で忙しい! あの男に負けるようではまだまだだ!
とにかく時間が惜しいんだ! 用がないなら帰らせてもらう!」
「用ならある。それもとても重要な仕事がな」
ロートリオはゆっくりと歩きだし、玉座へと近づいた。
そして、魔王しか座ることの許されない玉座に腰をかける。
瞬間、フェズマの口から飛び出る怒号。
「何をしているお前! そこは神聖なる場所だぞ!
いくら貴様が今は亡き魔王様に仕えた古株魔族であろうと座っていい場所ではない!」
「その忠誠心たるやまことに感服だ。貴様の亡き主君に代わって褒めて遣わす」
雰囲気が変わった、とフェズマは真っ先に気が付いた。
目の前にいる老人はロートリオのはずなのにまるで別人に感じる。
加えて、先ほどの声もいくつものトーンの違う声が重なって聞こえた。
しかし、その声の奥底にあるのは邪気を帯びた低い声。
「な、何者だ.......? ロートリオ大臣、ではないな?」
「気づかぬか? 今貴様の目の前にいるのは、貴様が夢見て止まないこの世ならざる超常的な存在ぞ?」
「なんだと......!? だが、確かにこの気配は感じたことがある。
私が魔神を生み出す際にロートリオ大臣から提供された古の神の遺物とされる物。
ま、まさか!? お前は......いや、あなた様は邪神様であらせられるのですか?」
「左様。我はこの世界に現存し干渉する聖神と対をなす本当の神――邪神ファルディアート。
今こうしているのはこの世界を魔族が統べる世界へと手助けしてやるためだ。
この老木にはこの世界の器として肉体を借りている」
「なるほど、そのようなお考えをお持ちでしたか。
では、今このようにして現れたのは一体.......?」
「先程この老木が言った通り、貴様に仕事を依頼するためだ。
貴様にはこの我が世界に干渉するために手を貸して欲しいのだ」
「もったいないお言葉。もちろん、全身全霊で協力させていただきます。
して、私は一体何をすればよろしいのでしょうか?」
「いづれ来る勇者を殺すためにこの我に肉体を作って欲しいのだ」
ファズマにとって「勇者」という単語はとても耳障りの悪い言葉であった。
勇者という存在は知っている。
この世界を統一しようとした魔王を殺した愚か者だ。
故に、魔族は勇者の種族である人族を嫌っている。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというやつだ。
「貴様も勇者という存在はしているだろう?」
「はい、もちろんです。魔王様を殺した憎き存在を私は到底許すことはできません。
しかし、勇者は魔王様を殺した後、行方不明になっていると聞きます。
我々からの報復を恐れた雲隠れとも思い、部下に居場所を調べさせましたがどこにおらず。
故に、魔王様との戦いに傷つき、魔の森で魔物に食われたと結論づけていました」
「ふっ、その発想は研究者としては些か短絡的な考えだな。
魔王はこの世界でも稀有な力を持った存在であった。
しかし、その魔王すらも倒したのが勇者なのだ。
たとえ瀕死であろうとも、勇者が魔物ごとき矮小にやられるはずがない。
ましてや彼奴には絶対に死ねない理由があるからな」
「絶対に死ねない理由......?」
「それは――うっ!」
「ファルディアート様!?」
突然胸を押さえて苦しみだしたファルディアートにファズマは動揺する。
ファルディアートは言うなれば敬愛する魔王よりさらに上の畏怖すべき存在。
同時に、内乱が起きまくり衰退の一途を辿る魔族にとって唯一の実在する希望だ。
そんな存在が胸を押さえ苦しみだし始めた。希望が揺らいでいる。
近づこうとするファズマをファルディアートは手を伸ばして静止させた。
そして、ファルディアートは小さく深呼吸を繰り返すとしゃべり始める。
「気にするな。ただの器の寿命だ。やはり老木の器に無理に入ったのは失敗だったな。
体力もなければ、その消耗も激しい。こうして我がこの世界にいれる時間も僅かだ」
「ファルディアート様.......」
「時間が惜しい。用件だけ端的に説明する。心して聞け。
我はこの世ならざる存在だ。故に、この現世に存在できる時間は非常に短い。
そのために、我がこの世界で活動できるようにするための器が必要だ」
「なるほど、その器を私に作成して欲しいということですね?」
「話が早くて助かる。そう、我は偉大なる神であり、その内包する力を現世に押し留めるにはあまりにも今の現世にいる人間の器では脆弱すぎる。
加えて、勇者が殺そうとしているのはこの我だ。
何度も逃げておるのにしつこく追いかけまわしおって」
「勇者の狙いがファルディアート様なんですか!?」
「左様。しかし、神ではないものが幾度となく渡りに来れば、肉体に支障が出る。
まぁ、されどその支障が未だ軽微なのは女神の加護があってのことだろうがな。
とはいえ、今がチャンスであるのは明確だ。故に、貴様に器の作成を依頼する」
「はっ、ファルディアート様のためなら例えこの身が滅びようとも必ず作成してみせます。
して、偉大なる御身の器を作成するにあたり、その辺の人間ではロクな結果にはならないでしょう。
もし何か必要な材料があるのでしたら教えていただきたい」
「その殊勝な行動にこちらも敬意を払おう。
我の肉体は神気を帯びておらねばならぬ。魔神の一部を使え。
しかし、それだけでは恐らく割れの力を抑えきれない。
故に、獣王国の地下深くに眠るとされる獣神の遺物が必要だ。
これであの勇者との因縁にも決着をつける」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)