第153話 旧友の話
―――数週間前
ハイエス聖王国――そこは人口のほとんどが聖神リュリシールを信仰する信徒で構成された世界で一番の宗教国家である。
白を基本色としたその国の家々は外壁が白く塗られており、それが観光客の名物となっている。
また、ハイエス聖王国は聖神教の総本山である聖王教会がある場所でもあり、ハイエス聖王国外から聖地巡礼として訪れる人も少なくない。
そんなハイエス聖王国の聖王教会本部に、絶対に神に祈らないであろう二人の少女が来ていた。
「クレア、聖王教会の本部ってここで合ってるの?」
「たぶんね。といっても、この国に来たのは初めてだから確信はないけど」
見上げれば首を痛めるほど大きい教会を見つめるのは瞬光月下団のクレアとハルだ。
二人がここにやってきたのは、ハイバードに攫われた子供達を親御さんのもとへ送り届けるついでのお調子者の道化師からの依頼だ。
「依頼内容はこの手紙を届けることだけど.......そう言えば、誰に届けるか言ってなかったよね?」
「とりあえず、一緒に渡されたロザリオを見せればなんか反応あるんじゃない?」
「それもそうね。なら、早速行きましょう」
難しいことは考えず行動あるのみの精神で動く二人。
二人は門番にロザリオを見せようとしたが、確かこれはシスターだけに見せてと言っていた。
なので、門番には直接シスターに手紙を渡したいということを説明。
「それは出来ない。この教会は由緒ある施設だ。一介の冒険者が入れるような場所じゃない」
「そこをなんとかお願いします。この手紙を渡すだけでいいんで」
「渡すことなら我々がやる。わざわざ手渡しを望む理由はなんだ?」
門番が強情だ。業務に忠実ともいうだろうが、二人にとっては都合が悪い。
徐々に二人の不審さに磨きがかかり、門番の疑いゲージがマックスになってしまう。
その時、背後から一人の女性が声をかけた。買い物から帰ってきたシスターだった。
「あの、どうかされました?」
「これはシスターマーガレット様。実はこの者達がシスターに直接手紙を渡したいということを申しておりまして......」
「シスターに? シスターであれば誰でもよいのでしょうか」
「アタシ達は依頼人にシスターに渡すようにしか言われてないから。あ、後、このロザリオも」
クレアはハルに指示を出し、持っているロザリオをシスターマーガレットに提示する。
最初は怪訝な顔で見ていたマーガレットだったが、そのロザリオの真の意味に気付いたのかハッと息を呑んだ。
「.......なるほど、どうやらシスターなら誰でもいいというわけでは無さそうですね。
わかりました。えーっと、すみません、お名前は?」
「クレアよ。こっちの獣人族がハル」
「クレア様に、ハル様ですね。では、お二人にはこれから会っていただきたい方がいます。ついて来てくださいますか?」
ロザリオ一つ見せただけで急に話が進んでいき、イマイチ理解できていない二人。
シスターマーガレットの許可で教会の中に入ると、進んでいくのは大聖堂のさらに奥。
所謂、関係者以外立ち入り禁止区域と呼ばれる場所であった。
「え、一体どこまで進むの? っていうか、あのロザリオ何!?」
「さぁ、わからない。だけど、一つ言えることはさすがナナシってことだけ」
ハルはまるで自分のことのように誇らしげに笑った。
そんな友人の変わってしまった姿にクレアは苦笑いしか浮かべることが出来ない。
すると、クレアの声が聞こえていたのかシスターマーガレットが質問に答えた。
「あれは世界に四つしかない特別なロザリオなんですよ。
そして、それを持っているということは、クレア様とハル様はそれを託すに値する信頼できるお方ということです」
「そこまでのことが言えるんだ」
「はい。なぜなら、この世界の誰であろうともそのロザリオの本来の所持者から奪うことなんて不可能ですから」
その言葉にハルとクレアは顔を見合わせる。
二人とも薄々には勘付いている。このロザリオを渡した人物の正体が何なのか。
そして、それは恐らく正しい。ということは、これから会う人物は――
「着きました。少しお待ちください。シルヴァニア様、お客様がお見えです」
「え~、今日はやる気なしだから適当に追い払っておいて~」
マーガレットが扉をノックすると、奥から若い女性の声が聞こえてきた。
しかし、その声に覇気はなく、むしろ気力のなさが伺える。
そんな言葉にマーガレットはニコッと笑みを浮かべ、二人を見た。
「大丈夫そうですので、どうぞ入ってください」
「え、今確実に断られてませんでした?」
「いえ、いつものことですので。それに必要なお勤め以外は基本的にグータラしてるだけですから」
「そうなんですか.......」
神に仕える聖職者がグータラしているとはこれ以下に。
加えて、真面目そうなマーガレットがフランクな態度でありながら敬称で呼ぶ相手。
ただのシスターではないだろう。加えて、先ほどのロザリオのこともある。
「では、どうぞごゆっくり」
マーガレットがドアノブを掴み、そっと扉を開ける。
扉の奥には小さなテーブルにぐでぇと寝そべるシスターの姿があった。
ただし、マーガレットのような一般的な黒を基調とした修道服ではなく、対照的に白を基調とした修道服であった。
見た目は金髪に青い瞳。
人が良さそうなオーラを放っており、安心感を与えてくる。
ただし、グータラな態度がだいぶシスターとしての雰囲気を壊しているが。
「ハァ、結局通されるか~」
シルヴァニアは仕方なさそうに背筋を伸ばすと、ニッコリと笑みを浮かべた。
先程のグータラな態度が嘘であったみたいに。
「初めまして、私はシルヴァニアと申します。この教会で偉い人やってます」
「し、シルヴァニア.......!? まさか生きる女神と呼ばれる聖女シルヴァニアさんですか!?」
「聖女って?」
「もうハル、もう少し世の中に目を向けなさいって言ってるでしょ?
シルヴァニアさんは魔王を倒したと呼ばれる勇者パーティの一人だよ」
「まぁ、正確には魔王を倒す直前まで一緒に旅をした元勇者パーティの僧侶ですけどね」
クレアの反応にシルヴァニアは苦笑いしながら答えた。
そして、わずかに見せた暗い表情にハルとクレアは顔を見合わせる。
これはどうやら色々とわけありらしい。
「さーてと、出会って早々辛気臭いのもなんだし、さぁ座った座った。
それじゃ、お二人の名前を教えてもらってもいい?」
「クレアです。こちらはハル」
「クレアさんにハルさんね。で、一体どんな手品を使ってここまで来たの?」
シルヴァニアが興味津々な様子で気さくに話しかけてくる。
クレアはマーガレットの時と同じようにシスターだけに見せるよう言われたロザリオを見せた。
瞬間、ニコニコしていたシルヴァニアの表情が驚きに変わった。
「どうしてこれが.......もしかしてレイちゃん――レイモンドに会ったりしなかった!?
レイちゃんは私の大事な仲間で、おまけにその近くに変な男もいたよね!?」
シルヴァニアはグイッと前のめりになってクレアとハルに迫る。
そんな突然の反応に二人は体をのけぞらせて距離を取った。
やはりというべきか、案の定というべきかこの人はナナシと知り合いらしい。
聖女とも知り合いということはもはやそういうことと考えるべきだろう。
「これはそのナナシさんって方から預かってるものです」
「もしかしなくてもその反応的にナナシと知り合いなんだよね?」
「えぇ、もちろん。切っても切れない縁で繋がった人です。
まっすぐで頑固者でまじめで努力家で......そして一人で責任を背負いたがる死にたがりの大馬鹿野郎です」
「「.......」」
「よろしければお二人のお話、聞かせてもらえませんか?」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)