第152話 世界に一つしかない二つの髪飾り
全身が目の前の光景から拒絶する――それがナナシの感じた全てだった。
頭には激しい頭痛が起こり、体は不自然にプルプルと震える。
手先は痺れ、冷たくなり、動悸が激しくなっていく。
「ハァハァ......」
呼吸が乱れてくる。脂汗が大量に溢れ出て、とても息苦しい。
当然ながら、そのような環境になっているのはナナシだけらしい。
おかしな話だ。ここに来るのは初めてであるはずなのに。
「ナナ兄......?」
様子がおかしくなり始めたことにヒナリータが気付く。
向ける表情は心配の顔そのものだ。いつものうるささが無いせいだろう。
この死体を見ていると何かを忘れている気がする。とっても大事な何かを。
先ほどの魔族との戦いの時もそうだ。思い出さないといけないはずなのに。
「ナナ兄!?」
ふらっと体から力が抜け、ヒナリータの肩から落ちる。
それに一早く気づいたヒナリータによってキャッチされた。
体が小さいせいで上手く力が入らない。
「ミュウ姉、ナナ兄が!」
「大丈夫、ここから離れれば落ち着くから。心配ないよ」
「そう......なら、ヒナが見てる」
ヒナリータはそう言ってナナシの体を連れて部屋の外を出た。
*****
「あの......本当に大丈夫なんですか?」
ビクトリアの心配する声。それに返答したのはミュウリンだ。
「うん、大丈夫。前にも一度あったし」
「とはいえ、二度も同じ光景であんなになるなら考えた方が良いけどな」
ゴエモンの言葉は一理ある。
というのも、ナナシは一度ハイバードの城の地下室にあった死体を見て、一人だけ気分を悪くしたのだ。
それと全く同じ状況で再び気分を悪くした。
となれば、この死体に何か関係があるのは確かだ。
「とはいえ、前回見た時も本人には心当たりが無さそうだったんだよな。
ま、それにしては尋常な怯え方をしていた気がするけど」
「それにもう一つ不思議なのが、ここの空気がとても清んでいることだよ。
ナナシさんには申し訳ないけど、ここがとても不気味なようには感じない」
「それなんだよな~」
レイモンドがキョロキョロと辺りを見渡す。それに合わせてミュウリンも周囲を見た。
しかし、二人が特に違和感を感じるようなことはない。むしろ、気分がよくすら感じる。
それがおかしいのだが。なぜ、ナナシとこうも違うのか。
ミュウリンが死体に近づいてみる。この死体に何か原因があるのかもしれない。
すると、何も身に付けていない死体の右手に何かが握られていることに気付く。
それは少し塗料が剥げた金メッキのカギの形をした髪留めだった。
「これは......」
ミュウリンは右手から髪留めを拾い上げる。
「ビクトリアさん、この死体は見つけてからそのまま?」
「はい、そのはずです。それがどうかされたんですか?」
「いや、何でもないよ」
そう返したが、何でもないはずがない。
城の地下室にあった死体の時も狼のペンダントが死体にかかっていた。
まるでそれだけは肌身離さず持つかのように。それほどまでに大事なもの。
城の地下室の死体であれ、この精霊国の死体であれ、知り合いでもない故人に対し、何かの贈り物をすることは考えづらい。
加えて、この髪留めだけ他の貴金属に比べて劣化が激しい。
まるでこの髪留めだけかなりの年月の風化が起きたかのように。
「ナナシさんとこの死体には何か関係がある......」
それは確かだ。しかし、本人ですら知り得ない原因を特定することは出来るのか。
この死体は他の場所にもあるのか。
その死体にも何か道具を持たされているのか。
どうしてそんな死体がポツンと残っているのか。
ナナシの気分の悪くなる原因は? 逆に自分が気分が楽になる原因は?
疑問を考えれば数えきれない。それほどまで情報が足りない。推測が立たない。
「ナナシさんは一体何を抱えているの?」
―――ガチャ
ドアの開く音がした。
ミュウリンが振り返って見れば、ヒナリータの両手に乗るナナシの姿がある。
少し気分が落ち着いた様子だ。しかし、完全に本調子というわけじゃないみたい。
「もういいの~?」
「うん、みたい。ナナ兄が連れてってくれって言うから。
でも、ナナ兄、またさっきみたいになったらもう部屋には入れないからね」
「大丈夫、大丈夫。僕は道化師だよ? 道化師はメンタルコントロールが上手なのさ」
「嘘つきとも言うけどね」
「信用が無い......」
ナナシは苦笑いしながらヒナリータに死体のそばまで連れて行かれる。
そして、目の前で死体をまじまじと見つめた。
そんな様子をミュウリンは隣から伺う。
「やっぱ忌避感というかなんというか......この死体を見てると妙な気分の悪さが襲ってくるね。
さすがにもう慣れ始めてきたけど。でも、いい気分になれないのは確か」
「ナナシさんはこの死体を見て何か思うことはある?」
「何もない......はずなんだけど、どうにも頭に靄がかかってるような感じなんだ」
「知ってるはずなのに全く思い出せないってことか?」
「そういうこと」
知ってるはずなのに思い出せない。たまにある気持ち悪い感覚だ。
しかし、それは普通何かちょっとした物だったり、出来事に関することだ。
大昔に一度だけ入ったと言われる人の死体を見て何を思い出せないのか。
恐らく、本人すら忘れている重要な繋がりがある気がする。
「とりあえず戻ろうか。このまま見続けるのも骨の死体にも悪いと思うからね」
「だな。んじゃ、撤収だ」
「大将、本当に何か知ってんのか?」
「きっと、恐らく、たぶん.......ごくわずかに」
「最終的に確信度が凄く小さくなってんじゃねぇか」
ミュウリンの言葉に合わせて仲間達が帰り始める。
なので、手に握っていた髪留めをそっと骨が握りしめていた拳に戻した。
そして、仲間達の後ろに続いていく。
―――十数分後
王の間に戻ってきたナナシ達は玉座に座るビクトリアを見ていた。
そして、彼女の口から語られるのは改めて国を救ってくれたことに対する褒め言葉だ。
「改めて、この国を救っていただきありがとうございます。あなた達が倒してきたどの魔物もダダンダンという感じで手に負えるほどではありませんでした......いえ、一体はどうにかなったかもしれませんね。
ともかく、あなた達のおかけでこの国は存続することが出来ます。
気持ちばかりですが報酬がありますので受け取ってください。
では、サトサト報酬の授与に移ります。進行をお願いします」
「はい、ではゴエモンさんから前へ」
「おう」
そして、ビクトリアは前に出たゴエモンに報酬を与えた。
報酬の名は「精霊の祝福」というものであり、それは自身が望む力を強化してくれるもの。
それによりゴエモンは俊敏性、レイモンドは筋力、ミュウリンは魔力量が強化された。
これはこの世界のステータスに限らず外界でも永続的に働く効果である。
「ナナシさん、前へ」
「はいは~い」
小さいナナシはビクトリアにしゃがんでもらい報酬を得る。
その直後、虚空を見つめるようにボーッとし始めたナナシ。
その様子の変化をミュウリンは敏感に感じ取った。
「ナナシさん、大丈夫?」
「あ、あぁ、つい懐かしい気分に駆られただけだよ。気にしないで」
懐かしいとは気になるワードだ。
しかし、それを本人すらあまり理解してない様子。
「最後にヒナリータさん、前へ」
「はい」
ヒナリータも同じようにビクトリアから報酬を貰う。
そして、勇者である彼女にはさらに別の報酬が与えられた。
「はい、これ。恩人であるあなたには特別にいつでも精霊を呼び出せる魔法のカギを渡します。
このカギで呼び出した精霊は外界でもきっとあなたの力になってくれるはずです」
「それは......っ!?」
ビクトリアから渡されたカギを見てミュウリンは思わず息を呑む。
なぜなら、それは宝物庫にいた死体が握っていたカギの形をした髪留めと同じだったからだ。
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