第151話 宝物庫の死体
「やっほー、起きてるかい?」
襲い掛かってきたフェズマ達を返り討ちにしたナナシ。
彼は地面で寝転がっているフェズマが目を覚ますと早速声をかけた。
その声に寝ぼけているのか反応が鈍い。しかし、すぐに二度見される。
「な、なんで貴様がここに......!? いや、それよりも私は斬り刻まれて死んだはずじゃ......」
「殺さないよ。なんたってこの姿の俺は優しさで出来てるからね。おかげで元の姿にも戻れてるでしょ?」
ナナシが示した言葉にフェズマは驚いた様子で自身の手を見る。
そして、元に戻っている姿に驚くように「なぜだ」と呟いていた。
その言葉から察するに一度使ったら二度と人間には戻れないのだろう。
しかし、所詮は魔法の副産物。であるなら、解除する方法もある。
「そいつは企業秘密。だけど、効果は実際にご覧の通り。人間生きててなんぼだから」
「くっ、まさか勇者がこんなにも憎い存在とはな」
その言葉にナナシがピクッと反応する。
これまでフェズマからそんな風な指摘は一度も無かった。
全く気付いていない前提で話を進んでいるはずだった。
しかし、急にそんなことを確信めいた様子で言う。この変化は一体?
「どうして正体を知ってるって顔だな? ようやく貴様の驚く顔が拝めた。
とはいえ、正直私もどうしてふとそう思ったのかはわからん。
だが、貴様が憎き勇者であることはわかる。まるで目の前に仇が現れたようにな」
ということは、この様子の変化は「偽神薬」が原因であるということだ。
何を媒介としているか分からない力だが、どうやらその力の源は勇者を相当憎んでるらしい。
ならば、相手は勇者と所縁の人物であるということである。
.......正直、勇者時代は色んな魔族から恨みを買ってるので見当もつかない。
しかし、最後の最後に良い情報が手に入ったようだ。これはかなり大きい情報だ。
となれば、きっとフェズマから手に入る情報はこれぐらいだろう。
後はこの過激派魔族をどうするか。そんなの決まってる。
「それじゃ、はい。もう帰っていいよ」
「っ!? 何を企んでる?」
フェズマが訝し気な様子で見てくる。
ナナシは百パーセントの善意だというのに。
「何も企んでないよ。さっきも言ったけど、俺はこの姿では人殺しはしないと誓ったんだ。
この姿は覚悟の表れってね。人を笑うわす道化師が人殺しって、それどんなクレイジーピエロよ?」
「......そうか」
フェズマは立ち上がる。
そばで寝ていた部下二人も目が覚めたらしく、すぐに状況を察して立ち上がった。
相変わらずフェズマは疑いの目を向けてくるが、白衣のポケットに手を突っ込むと背を向けた。
「ふん、後悔するなよ。貴様という存在を認知した時点で次の標的は貴様だ」
「ご忠告どうも。あ、でも、もう魔法は使えないようにしたからそれだけは注意ね」
「なんだと?」
その言葉を聞きフェズマは手のひらに魔力を集め始めた。
しかし、手のひらの上ではうんともすんとも変化が起きない。
それがわかるとワナワナと手を震わせ、ギュッと握りしめた。
「貴様ァ! やってくれたな!」
「命は保証するけど、また同じことで仲間に迷惑かかるのは勘弁だからさ。それじゃ」
ナナシは手をひらひらと動かし、背を向けた。向かう場所は皆がいる精霊界だ。
皆が寝静まった夜の間にこっそりと出て行ったので、戻る時もこっそりしなければいけないのだ。
「覚えておけよ! ナナシ!」
「道化師ナナシでよろしく~」
ナナシは後ろに向かって再びてをひらひらさせ、その場を去る。
そして、来た時と同じように精霊界へ繋がる切り株にダイブ。
すると、精霊界ではビビアンが器用に空中で寝ながら待っていた。
「ただいま、ビビアン。どうやらずっと待たせてたみたいだね」
「ハッ!? な、なんですか!?......ってナナシさんですか。用事は終わりました?」
「無事に。それじゃ帰りますよ。それにしても、この世界全体に時間遅延魔法かけるとか何者です?」
「ただしの道化師さ。それにそうしないと嘘がバレちゃうしね」
*****
翌日、ナナシ達はビクトリアに案内され、とある地下に案内されていた。
木の内部をくり抜いたような螺旋階段をかなりの段数降りていく。
まるで隔離しているかのような厳重さだ。
「この下に見せたいものがあるつってたな。それはどんなだ?」
「なんと言いましょうか。一言で言えばん~? って思うよな存在です。
だけど、あなた達にとってはそれを管理していることにひゃーって思うかもしれません」
「相変わらずのフワフワぐらいだなぁ」
返された質問の答えにレイモンドは頭を抱えた。
どうやら彼女が聞きたかったような答えではなかったようだ。
すると、今度はゴエモンがビクトリアの回答に突き詰めた。
「んじゃ、具体的に何があるとか教えてくれ。ほら、魔道具とか伝説の剣とか。色々あるだろ?」
「一言で言えば、人間の死体です。といっても、骨ですが」
その言葉に全員が息を呑んだ。予想外の回答に言葉が思いつかない。
加えて、その内容で思い出すのはいつぞやのハイバードの城にあった地下空間。
そこにも人間の死体があった。そして、その時は――
「ナナシさん、気分はどう?」
ミュウリンが心配した様子で尋ねてくる。
イマイチ状況は飲み込めていないが、シリアスな状況とはわかるヒナリータもナナシを見る。
そんな視線を浴びながら、ヒナリータの肩に乗るナナシは答えた。
「今の所大丈夫だよ。とはいえ、なぜ人間の死体が......。
それはもしかして大昔に例外的に精霊界へと入った人間の死体ってことか?」
「恐らくは」
「恐らく?」
「何といいましょうか、その人間に対しての記憶がフワフワして上手く思い出せないのです。
私達精霊は悠久の時を生きるので、気が付けば過去というのはよくあるのですが......それでもあの時の記憶は忘れてはならない大事な記憶だったはずで、思い出せないのが不思議でならないのです」
ナナシはその言葉にホットマウンテンでのモンキチや弟子達の話を思い出した。
あの時の会話でも大昔にやって来たという人間の年代がバラバラだった。
つまり、それほどまでにどの精霊にとっても記憶があやふやなのだ。
しかし、どの精霊に聞いても“大昔に人間がやってきた”ということ自体の記憶はある。
それほどまでどの精霊にとっても知って然るべき重要な出来事が起きたにも関わらず。
まるで意図的にその重要な記憶を思い出せない様にしているかのように。
「精霊にも干渉するほどの力......仮にも神の眷属である精霊相手に、だ。
それほどまでの膨大な魔力を有してる存在なんてそこれそほとんどいないはず」
ナナシはぶつくさと聞いた情報を整理する。
されど、頭に浮かぶのは疑問ばかりで中々答えに辿り着くような感じではない。
加えて、その真実を知ることに僅かばかりの恐怖を感じている。
一体どんな類の恐怖かはわからない。
それでも何か恐ろしいことを忘れてる気がしてならない。
「着きました。この先です」
考え耽っているといつの間にか螺旋階段を降り切っていた。
そして、目の前にあるのは二メートル程の両開きの木の扉。
扉の中央には右手の形をした窪みがある。恐らく鍵穴だろう。
「今から封印を解きます。開ければ、部屋の内装はその時のままです。
正直、今でも見せるかどうか迷っています。
ですが、それでも“見せるべきだ”という気持ちの方が大きいままです。
ですので、気分を害されるかと思いますが、一度ご覧ください」
ビクトリアは窪みに右手をかざす。
瞬間、両開きの扉に描かれた模様に魔力が流れ、線にそって光り輝く。
同時に、扉は開き、内部の光景が目に飛び込んできた。
「くっ!」
元は宝物庫であっただろう金銀財宝の数々。
そんな中で財宝にもたれかかりながら、骨で尚形を保つ謎の死体。
ナナシはその死体を見て、再び身もそぞろな恐怖に襲われた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)