第150話 フェズマの策略#2
「それじゃ、二つ目の質問ね。以前、俺はハイバードという貴族に会った。
その男は自身の体に妙な薬物を投入すると、自ら人を辞める道を選択した。
その薬物はあなたが作ったものでしょ? アレは一体何?」
ナナシから尋ねられたのは例の薬物のことだった。
その質問にフェズマは答える前に一度頭の中で回答を整理する。
まずあの薬は「偽神薬」という神の如き力を得る特別な薬物だ。
それを使えば人の身でありながら、人の理から外れることが出来る。
もっとも現在もまだ試行段階中であるが。
しかし、それを素直に答えるのは不味いだろう。
アレは我が主様が協力してくれた特別なもの。
つまりは恩寵を受けて生み出されたものなのだ。
それを下手に公言すれば、これまで同様に研究所が潰されかねない。
加えて、この男の力は未知数。
万が一、刃が主様ののどもとに近づくことはあってはならない。
故に、語るのはあくまで表面的だけ。
下手に逆らってもチャンスをフイにするだけだ。
「アレは人ならざる力を得る力だ。
もっともハイバードに渡したものは調整中の薬物だがな。
そのため随分と体が肥大化して妙な姿になっていただろう?」
「あぁ、まるでアールスロイスにいた魔神像のようにね。
もしかしてあの魔神像も元は人だったのかな?」
「ハッ、想像にお任せする」
フェズマはそっと右腕を背もたれにかけた。出来るだけ自然に疑われないように。
同時に、手のひらを後ろに向け、袖の中から注射器を取り出す。
「なんか不思議なんだよな。
アレを初めて見た時、記憶に靄がかかっているような感じがしたんだ。
どこかでこの感じを知ってるというか。忘れちゃいけないことを忘れてるような」
ナナシは足を組み、腕を組んだ。まるでふんぞり返るような態度だ。
そして、その男の口からニヤリと告げられる。
「だから、もう一度見せてくれない?――目の前でさ」
「っ!?――焔を纏う三蛇!」
バレている! と思ったフェズマはすぐさま魔法を発動させた。
一瞬にして作り出したのは地面から出現する炎の蛇。
三匹いるそれはナナシを取り囲むようにとぐろを巻き、一斉に襲い掛かる。
ボンッ! 炎が弾け、周囲に炎が広がっていく。
その光景を見ながら、フェズマと二人の部下は手に持っている注射器の針を首に刺した。
注射器の中に入っている液体がどんどん減る。うぐっ!?
「あがあああああ!」
体が猛烈に焼けるように痛みが生じる。
拒絶反応とは違う――これまでには聞いたことがない症状だ。
そして、薬物を投入して感じるのは強い憎悪。
まるで目の前の男を殺すために生きていると思わされるような感覚がある。
ただ殺したい。憎い。この男さえいなければ!
フェズマの肉体がボコボコと膨張し始める。
しかし、部下二人と違いがあったのは、フェズマは圧縮されるように元の体の大きさに縮んでいき、対して部下二人はハイバードと同じように十メートルもの巨人へと変化した。
三人の体は総じて濃い青のような肌色をしている。
まさに魔神像と似たような姿といえる。
そして、三人それぞれから生える二本の副腕。
生物学的に存在しえない二つの腕が増えていた。
「......なるほど、これが神の力か。素晴らしい。どんどん力が溢れてくる」
拳を握ったり、開いたりして感触を確かめる。
今なら十数メートルの大地を破壊して、岩盤を掴みだせそうだ。
加えて、無かったはずの副腕がまるで最初からあったかのように力の使い方がわかる。
本当に素晴らしい力だ。ただし、今にも理性が飛びそうなほどの憎悪を制御しないといけないが。
「――なるほど、それが薬物の本当の力ってところか。
やはり懐かしい? 感じがする。いや、俺的にも嫌いな気配なんだけどね。
ずっと何かを忘れてる気がする。それが思い出せない。
だけど、どうやら俺はそれについて何かを知ってることは確かなようだ」
「ならば、思い出させてやろうか? その時にはすでに死んでるかもしれないがな」
「大丈夫だよ。たぶんその状態でも俺の方が強いから」
「舐めるのも大概にしろ! 行け、お前達!」
フェズマは指を差し、部下二人に指示を出す。
十メートルからの巨体から繰り出される二つの拳。
それはあっという間にナナシを覆い隠す。
―――ドゴォォォォン!
盛大な地鳴りとともに地面が爆発する。周囲に大量の砂煙が舞った。
その中から煙の尾を引くように後退してくるナナシ。
逃げた敵を追いかけ部下二人は走り出し、さらに巨腕を振りかざし圧し潰す。
「光刃・螺旋斬禍」
対して、ナナシは右手に光の剣を作り出し、それを空中に突く。
刹那、ナナシに届く巨大な腕は螺旋を描くように斬り刻まれ、直後には弾け飛んだ。
「豪炎斬!」
その時、ナナシの背後からフェズマが斬りかかる。
フェズマはこの状況は想定していた。
なぜなら、今の部下二人は偽神化したハイバードと同じだからだ。
そんな弱い存在が二人がかりで挑もうとも結果は見えている。
だが、囮には使える。それだけで二人の死は十分だ。
「ここで道化師の小粋なジョークだ。俺は目が見えなけど、周りは見えてるよ」
「っ!?」
炎の剣がスカッと空を切る。半身でナナシに避けられてしまった。
瞬間、飛んで来るのは左拳の裏拳。顔面に直撃し、フェズマはのけぞる。
しかし、ナナシは逃がすまいとフェズマの肩を掴み、右手で腹部に一発。
「がはっ」
「対人戦闘がからっきしのようだ。せっかく腕四本あるのに勿体ない」
「ぬわっ!?」
フェズマは思いっきり投げ飛ばされた。体がぐるんぐるんと回転する。
世界が目まぐるしく変わる。体が言うことを聞かない。なんて力だ。
そして、そのまま部下二人の間に通り過ぎたところで、フェズマは気合で体を制御する。
「お前達、突っ込め! 私が援護する」
フェズマは右腕、左腕それぞれで風のエネルギー、雷のエネルギーを生み出す。
偽神薬で高まった魔力を使い、膨大な魔力を高密度で圧縮。さらに圧縮。
当たれば先の<獄炎鳥>の比でないほどの甚大な範囲で爆発する。
そう、まさに地図を作り替える必要があるほどの所業――神の御業である。
「私をそばから離したのは失敗だったな。
避けれるなら避けてみろ。全てが消えるがな――風雷竜虎」
フェズマは二つのエネルギーを発射した。それは空中を移動しながら形を変える。
風の竜と雷の虎。空中をわが物顔で移動し、先行していた部下二人に追いついた。
そして、四つの攻撃が一斉にナナシに向かう。されど、ナナシは涼しい顔を崩さない。
「臨兵闘者皆陣列在前」
ナナシは突如両手で言葉とともに印を結び始めた。
同時に、足元に白い魔法陣を展開させる。
「世界の理を纏う者よ、火も水も木も土も風もあまねく存在の一切の縁を切断し、細断し、分離させよ。この場の全ての繋がりを排除し、理に反する存在を罰し、白日の下のに曝せ」
ナナシは長い詠唱を終えると両手をそっと敵に向ける。
「一度やってみたかった印結びからの完全詠唱。そんじゃ、是非とも味わってくれ―――断罪」
瞬間、フェズマの目の前に広がったのは縦横十五マスほどのマス目のある斬撃。
それは部下達や魔法を通過したかと思えば、一瞬でサイコロ状に斬り刻んだ。
「あ、無理だ」
フェズマは目の前の斬撃にポロッと言葉を零す。
その言葉を最後に彼の意識は途方の彼方に消し飛んだ。




