第15話 道化師の推し事
「助けてくれてありがとな、嬢ちゃん。まさかあんなにスゲーとは思わなかった」
「えへへ、それほどでも~」
冒険者の男に褒め言葉を貰い、ミュウリンは照れ臭そうに頭をかく。
その横でジャランとギターを鳴らすのがナナシである。
「凄いでしょ! 凄いでしょ! さすが俺の相棒。ラララ、相棒。
よ、世界一! ナンバーワンキューティープリティーガール!」
「もっと褒めたたえるがよい~......なんてね」
相変わらずノリがいいミュウリンは胸を張って答えるが、すぐに恥ずかしそうに元に戻る。
そこがまたいい、というのがナナシの強い気持ちである。
「あれだけの魔物も凍っちまったのなら、もう脅威とはならなさそうだな。
ハァ、これでようやく仕事は終わったわけか」
「申し訳ないけど、君達にはもう少しここで見てもらうよ。素敵なショーをね」
「は?」
ナナシの言葉に首を傾げる冒険者達。
瞬間、巨大な咆哮を聞いた。
―――ウォオオオオォォォォン!
強風が吹くほどの大きな声に冒険者達は耳を抑えていく。
まるでガンガンガンと耳元に巨大な音が鳴っているかのような衝撃だ。
その声に何事かと冒険者達が一斉に声のする方を見れば、僅かな地響きが伝わってくる。
同時に、強烈な嫌な気配が近づいていき、体が勝手に震え始めた。
巨大な何かが凍った木々をなぎ倒し向かって来る。
やがてバリンと凍った魔物を踏み潰して現れたのは双頭の狼。
その大きさは五メートルはある黒色の化け物だ。
「お、オルトロス......」
一人の冒険者が呟いた。
オルトロス――森の深層部に住むと噂されている強者の中の強者だ。
そもそも実在しているかどうかも怪しい準神話級生物。
推奨レベルは人外レベルと呼ばれる銀ランクが複数パーティで徒党を組むか、金ランクがパーティで挑む相手。
つまり、現状の冒険者でこの魔物に勝てる相手はいない。
突きつけられる未来の選択肢は、踏み潰されて死ぬか、切り裂かれて死ぬか、噛み砕かれて死ぬかのいずれかである。
「終わりだ......」
「勝てるわけない。こんな化け物」
「クソ、クソ! せっかく生き延びたと思ったのに!」
冒険者が突きつけられた覇気に戦意を喪失していく。
とある者は武器を落とし、とある者は膝から崩れ落ち、とある者は過去の思い出を振り返った。
そんな中でも動じないのがナナシとミュウリンだった。
「手負いのオルトロス。これはちょっと面倒な相手だね。どうする?」
「大丈夫、ナナシさんはそのまま――」
そして、ミュウリンは真面目な顔つきで言った。
「見てて」
言葉の真意を理解したナナシは確認する。
その選択肢はどっちに転ぶか賭けになるよ、と。
「......本当に大丈夫なのかい?」
「うん、大丈夫だよ。でも、ピンチになったらよろしく」
そんな少し情けなくもされど相棒心をくすぐってやまない信頼の言葉。
相変わらず強い子だ。ならば、信じるしかあるまい、とナナシは恭しく頭を下げた。
「イエス、マイレディー。君の仰せのママに。それじゃ、僕も推し事を頑張るよ」
「ふふっ、頑張って。んじゃ、ボクも......魔変龍換<龍闇の爪>――展開」
ナナシに見守られながら、ミュウリンは一人でオルトロスに向かって歩いていく。
同時に、軽く両腕を開けば大きめなガントレットが装着される。
これは特殊な血を引くミュウリンのオリジナル装備だ。
黒と紫が混じった巨大な手は頭を覆えるほど大きい。
そして、五本の指から伸びる鋭い爪は軽く動かしただけで三十センチの鉄を軽く切断できるほどの切れ味を持つ。
この黒色武装は――実の所、魔族の特権能力である。
つまり、これを使うということは自らを魔族であると証明してるに他ならない。
周囲がどういう目で見ているのか気になる、という気持ちはミュウリンも分かっている。
それでも、ある程度想定はしてるけどもしかしたらと願ってしまう。
だって、それが相棒にも内緒の願いだから。
「ごめんね、君はきっと何も悪いことはしてない。
だけど、このままだと悪いことが起きちゃう。
だから、その前にボクが仕留めさせてもらうよ」
「バァウ、バァウ!」
双頭がそれぞれ吠える。
自身の威圧にも動じない相手を警戒しているようだ。
瞬間、ミュウリンは地面を蹴り、真っ直ぐオルトロスに接近していく。
すると、オルトロスは狙いを定めて前足スタンプを繰り出した。
しかし、その攻撃は少女には当たらない。
少女が横に避けた直後、前足がバキッと地面にめり込む。
前足を中心に周囲五メートルの地面が割れ、隆起した。
それほどの一撃をその魔物を持っている。当たればひとたまりもない。
「常闇の爪」
ミュウリンは体を捻らせ、オルトロスの顎下を狙って右手を振るった。
瞬間、右手からは三本の暗黒の爪が放たれる。
その攻撃に対し、オルトロスは片方の頭で赤い魔法陣を展開した。
火炎ブレスでもって爪の斬撃を弾くつもりだ。
しかし、その防衛行動は無駄に終わることになる。
「無駄だよ。ボクの爪は魔法を切り裂く」
暗黒の爪は放たれたブレスを切り裂き、やがて赤い魔法陣ごとオルトロスの頭を引っ掻いた。
「ギャウン!」
相手が怯んでるうちに地面に着地したミュウリンはすかさず近くの木に向かって跳躍。
そして、木のしなりを利用してオルトロスに接近した。
「せい」
空中で回転をつけながら、ダメージを負った頭に向かって回し蹴り。
ミュウリンの一撃にオルトロスの体勢が大きく崩れていく。
しかし、大きな魔物は踏ん張りを見せると、頭を小さな少女に向けた。
まだ無事な方の頭から緑色の魔法陣が展開される。
―――ボゥオオオオォォォォ
放たれたのは体が軋むほどの強風ブレスだ。
その攻撃は数多の木を根こそぎひっくり返し、数十メートルの風の通り道を作る。
常人ならばあっという間に吹き飛ばされ、無数の木々に体を打ち付けられているだろう。
そして、攻撃はミュウリンに直撃したかと思われた。
しかし、少女は咄嗟に地面に向かって魔力の弾丸である<魔弾>を放ち、反発力で上空へ飛び出して回避していたようだ。
ふぅー、危ない危ない、とミュウリンは思いながらホッと胸をなでおろす。
「おすわり」
落下に合わせて左手でバシンとオルトロスの頭を弾いた。
すると、その魔物は強制的に地面に頭を叩きつけられる。
そして、その魔物が怯んでるうちに少女は後方へ移動。
今度は巨大なふさふさした尻尾を掴むと、両足を開き踏ん張った。
「ふんしょー!」
ミュウリンは両腕を伸ばし、体を捻っていく。
回転に合わせ尻尾が引っ張られ、尻尾に繋がった下半身がズレていった。
やがてはオルトロスの全身がミュウリンの動きに合わせて動き始め、そしてある一定の速度に達した瞬間に巨体は突如として浮く。
「ぐるんぐるんぐるんぐるん」
「キャウン!」
百五十センチほどの少女が五メートルもの化け物を振り回している。
しかも、しっかりと風を感じるほどの勢いで。
その光景には冒険者達もあんぐりもいいとこだろう。
ナナシだけはペンライトを振り回すように、落ちていた木の棒を振り回していたが。
「よいしょー!」
ミュウリンは盛大にオルトロスを空中にぶっ飛ばした。
そして、真下から真上にいる大きい狼を見つめる。
「バイバイ、狼さん。命は大事に使わせてもらうよ」
ミュウリンは両手を合わせる。
その手を頭上へと伸ばした。
「暗黒波動」
ミュウリンの真下に巨大な紫色の魔法陣が展開される。
直後、その魔法陣の直径に沿った闇の柱が上空に向かって伸びた。
闇の砲撃は天高く登り、オルトロスの胴体を捉える。
そして、巨体を貫通した。
ミュウリンが魔法を止めると、闇の柱も消えていく。
その数秒後に、オルトロスの亡骸がドスンと地上に降ってきた。
「終わった。皆、終わった......よ」
ミュウリンが冒険者達の方へ振り返る。
同時に、かける声は弱く小さくなっていった。
答えは一つ――皆が怖がった目で見ているから。
魔族の特徴である“魔装”を見せてしまったからにはもう言い訳出来ない。
いくら頑張って皆のために命を張っても、圧倒的な力による恐怖が先行している。
少女の伸ばした手も、だんだん短く折りたたまれていく。
「ミュウリン、お疲れ」
「ナナシさん......」
声をかけてくれるのはいつだってナナシだけだ。
優しく向ける笑みがいつもミュウリンの心をポカポカさせる。
しかし、少女は思うのだ――今回は彼の頑張りを無駄にしてしまった、と。
魔族と人類が仲良くなる世界を目指してるだろう相棒の邪魔をしてしまった。
意を決して正体を明かしてみたけど、結果はダメだったみたい。
「よし、それじゃ俺も推し事を始めるかな」
「え?」
突然、両脇を抱えられてしまったミュウリン。
今の姿は胴が長い猫のポーズだ。
すると、ナナシはミュウリンを抱えたそのままにオルトロスの胴体に乗る。
そして、彼は大声で叫び始めた。
「ナーンツィゴンニャ~~~! ババギチババ~~~!」
「!?」
突然、ナナシがわけのわからない言葉を叫び出したことに、ミュウリンはサッと顔を向けた。
しかし、そんな驚く小さな相棒を無視するように大きな相棒は一人でしゃべり出す。
「見よ、この幼き少女がオルトロスを倒した!
冒険者達の命を、街の平和を救ったんだ!
だから、皆この少女に言うべき言葉があるだろ!」
ナナシの言葉に冒険者達は戸惑いを見せる。
だが同時に、ナナシの意見ももっともだという反応をするものも多かった。
なぜなら、その少女の奮闘が無ければ今頃生きていないのだから。
故に、冒険者達は誰もが言うべき言葉を想像しただろう――ありがとう、と。
そして、冒険者達は示し合わせたように言葉に出す。
「「「「「ありが――」」」」」
「そうだ、可愛いだ!」
「「「「「え!?」」」」」
冒険者達は一斉に困惑した。
エモくなりかけた雰囲気がぶち壊れた。
ミュウリンもすかさずナナシを見る。
「このミュウリンの姿! これだけですでに可愛い!
さらに温和な声! 気を遣えてノリがいい姿勢! 最高に推せる!
これぞ可愛いを極めた異世界生物だ!
可愛い最高! 可愛い最高! さぁ、お前達も可愛い最高と叫ぶんだ!」
「え、ちょ、ナナシさん――」
「可愛いは最高! はい、リピートアフターミー! 可愛いは最高!」
「「「「「......か、可愛いは最高」」」」」
「声が小さい! 可愛いは最強!」
「「「「「か、可愛いは最強!」」」」」
「可愛いは無敵!」
「「「「「可愛いは無敵!」」」」」
「可愛いに種族は?!」
「「「「「関係ないです!!」」」」」
「可愛いに悪意は?!」
「「「「「必要ないです!!」」」」」
「推しは誰だ!!」
「「「「「ミュウリンちゃんで!!」」」」」
「最後に可愛いのは~~~~~」
「「「「「ミュウリンちゃんです!!」」」」」
今ここに冒険者達の心は一つになった。
推しが可愛い。それだけで世界は丸くなる。
相手の力強くても、角が生えてても、魔族でも推しならば、むしろ全てが加点要素。
そう、推しが可愛い。それだけで世界は仲良くなれる。
これぞ道化師ナナシの推し事なり。
「でぇへ、ぐぅへへへへへへへへへへ~~~~~~~」
普段ここまで好意を示されたことのないミュウリンは表情をとろけさせてバグった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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