第149話 フェズマの策略#1
フェズマはナナシを見た瞬間すぐに思った。こいつはなんなんだ、と。
頬にペイントした盲目の男――それがありのままの姿を見た印象。
されど、心の奥底からは言い得ぬざわめきを感じる。
まるで頭で考えるよりも先に体が戦うなと示しているように。
「お前がナナシか。長き時を渡り目覚めたさせたフレイムドラゴニアをいとも容易く屠り、我が大事な実験対象の魔神像を斬り刻んだのは?
そして、ハイバードに渡した新薬の性能結果をコケにしてくれたのは?」
その言葉にナナシは概ね正解と思ったが、一つだけ事実と違うことがあることに気付く。
それは魔神像を斬り刻んだということ。
恐らくはトイリャンセ迷宮でのことを話しているだろう。
だが、アレをやったのはレイモンドだ。
もっとも、そういう風に意識が向くように仕向けたので否定しないが。
「おや、そちらさんだったのか。いやはや、今では神代と呼ばれる生き物と戦うなんて思ってなかったよ。
あんなのいたら普通は大地の半分が焦土になってしまうからね。見過ごせなかった」
「魔神像はあの迷宮にいる何人もの冒険者を飲み込んできた。
そして、そいつらの力を養分として成長し、正しく神に相応しい力を手に入れつつあった。
少なくとも、経過報告では銀ランクの冒険者が徒党を組もうと勝てやしないだろう」
「でも、事実俺が勝っちゃった。研究者が憶測で物言っちゃいけないよ」
「思考と感情は別物だ!」
彼ら四人の周りに濃い霧が立ち込める。
先程火の鳥と水の龍がぶつかった衝撃で出来た水蒸気だ。
されど動きが妙におかしい、とフェズマが気づいたのはナナシと会話を始めてすぐだった。
その霧はまるで周囲を覆うように広がっているのだ。
「俺も聞きたいことあってさ、少し話そうよ」
ナナシは地面を操り、即席の椅子を作り出す。
そこに座れば足を組み、長期戦の姿勢を見せた。
一方で、フェズマは相手の実力を警戒し、逃走を企てる。
「お前達、引くぞ」
フェズマがそう声をかければ、部下の一人がその場に煙幕を張る。
その煙に姿が紛れたのを確認すると、一目散に反対方向へ走り出した。
目の前にはすでに怪しげな挙動をする濃霧が立ち込めている。
警戒するのも程々に、意を決してその濃霧に飛び込んだ。
「っ!?」
異常事態を理解したのは少し走った後だった。
濃霧の中で襲ってくると思いきや特にその様子は無し。
ずっと見えていた霧が僅かに薄くなっている。
そこが霧の晴れ間だと思って飛び込んだ。
すると、見えてきたのは――なぜか椅子に座ってるナナシだった。
瞬時に周囲を見渡せば、どこもかしこも濃霧に覆われている。
しかし、違いがあるとすれば、フェズマ達が見ているのはナナシの横側。
先ほどまで彼らがいたのはナナシの正面だったのに。
「......煙幕?」
ナナシが向いている正面方向の森の入り口。
そこには先ほど使ったであろう薄くなった煙幕が残っていた。
となれば、ここに辿り着いたのは偶然ではない。
「おい、お前。一人で走って逃げろ」
「え? ですが.......」
「早くしろ! 命令だ!」
フェズマの怒気のこもった言葉に部下の一人はビクッと反応し、急いで来た道を戻る。
あっという間に濃霧に飲み込まれてしまう部下の姿を見つめる。
「次はお前だ。行け」
「は、はい!」
少ししてもう一人の部下にも同じように命令を出す。
そして、濃霧へ走っていく姿を見ながら、フェズマは一つの仮説を立て思った。
一回ならば偶然かもしれない。しかし、二回、三回も続くならそれは偶然ではない。必然だ、と。
「やはりか......」
フェズマは全てを理解した。
なぜなら、彼の正面方向、さらにナナシの後ろ側から部下の二人が姿を現わしたからだ。
明らかにオートリオ森林とは別方向に走った部下が同じ場所で顔を合わせてる。
極めつけはオートリ森林からやってきた部下がいたことだ。
「これはお前の結界ということだな。俺達をどこにも逃がすつもりはないという」
「いや? そんなことはないよ。ちゃんと生きて帰すつもりではいる。俺は道化師だからね。
だけど、その前に俺の質問に正直に答えて欲しいだけなんだ。会話に武器も拳も必要ない」
「ふっ、どうだか」
フェズマは諦めたように歩き出し、顎をクイッと動かし部下を集めた。
ナナシの近くへ移動する。すると、三人分の椅子が用意されたのでそこに座った。
「それじゃ、楽しいお話をしよう。緊張しなくていい。俺から危害を加えるつもりはないから」
何をしでかすかわからないナナシの一挙手一投足に警戒しながら、フェズマは話を始める。
「それで? 聞きたいことというのはなんだ?」
「まず一つ。君達は過激派? それとも穏健派?
過激派ならどうしてあのようなことをしたのか教えて欲しい」
「その口ぶりからして穏健派には既に会ってるようだな。
ミュウリン様に会ってて見逃すような行為をするなど売国奴に等しい。恥知らずめ」
「同じ種族に対して随分な言い方だね」
「魔王様が討たれたからといって相手の意に沿うだけの人間が同じ魔族なわけなかろう。
人類と共存の道? 笑わせる。従属の間違いではないか。都合よく己を騙してるだけだ」
フェズマは過激派の中でもかなり思想が強いタイプの人間である。
魔族の民を率いて戦った魔王の意思を受け継ぎ、今度こそ人類軍を完膚なきまでに叩きのめすというのが彼らの望みだ。
故に、はなから人類との共存という考えはないのだ。
この考えはナナシにとって最悪の相性といえる。
「それで人類に歯向かうためにあのようなことを?」
「そうだ。あいにくお前によってその望みも潰えてしまったがな。
悉く私の邪魔をしおって。どうやって私の策略に気付いた? 情報管理は徹底させてたはずだ」
「その割にはアールスロイスの迷宮では穏健派の魔族に例の魔神像の存在はバレてたみたいだけどね」
「バレた所で問題なかったから放置していたにすぎない。それほどまでに強大に育っていたのだ。
それを斬り刻むなど......加えて、徹底的に隠していた心臓まで潰されるとは!」
フェズマにとってアールスロイスの魔神像はそれが一番の誤算だった。
なぜなら、設計した通りなら例え斬り刻まれようと、心臓が潰されない限り再生し続けるからだ。
加えて、万が一倒されても、その肉片の一部から新たな魔神像が作られる手はずだった。
だが、心臓が潰されてしまえば、その全てが水泡に帰す。斬られた肉片の一部であっても。
故に、魔神像がある空間のさらに地の底に心臓を隠した。誰も近づけない場所へ。
後は胴体と心臓の間に根のようにいくつもの血管を繋げれば完成だ。
それほどまでに完璧だった。
どの冒険者にだって心臓の位置は気づけようがない。
何十もの結界で偽装し、侵入を防ぎ、隠ぺいしてきた。
だが、結果はどうだ? 目の前の男によってきれいさっぱり潰されている。
腹立たしいことこの上ないとはまさにこのこと。
「どうやって気づいた!?」
だからこそ、問い詰める。研究者にとって要因にあるのはたった一つの答え。
その答えが目の前に転がっている。聞き出さないはずがない。
そんな問いかけに対し、ナナシは「う~ん」と悩むと答えを一つ。
「強いて言うなら......探偵がいるところに事件が起きるんだよ」
「どうやらまともに答える気がないようだな」
ナナシの回答にペッとツバを吐くフェズマ。
道化師か何だか知らないが相手はこちらを舐め腐ってる。
なら、まだチャンスはあるはずだ。
この男さえいなくなれば世界は魔族を軸に動き出す。
「一つ目と言っていたな? まだあるのか?」
そのためには決定的なチャンスを生み出す必要がある。
今はまだその時ではない。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)