第148話 エンドロールの裏側#2
――外界(人間界)
精霊界の入り口があるオートリオ森林の近く。
平原を挟んだ反対側の森には一人の白衣を着た浅黒い肌の男がポケットに手を突っ込みながら歩いてきた。
その男の名はフェズマ=ガルガン。
こめかみ辺りから枝先が別れれた角を生やす魔族である。
そして、その男がやってきた理由は精霊界を侵略するために放った魔物の経過観察だ。
「おい、俺の可愛いドロロンちゃんはどうだ? もう侵略を終えたか?」
フェズマが背の高い木の上に向かって声をかけると、そこから二人の黒ずくめの男が降りて来る。
その二人は白衣の男に跪けば、その状態のまま報告を始めた。
「いえ、報告のカラスが戻って来ていません。ですので、まだ継続中であるかと」
「そうか。どうにもあの子は戦闘能力は高いけど、頭が良くないからな。
......やはり自我の成長を早めるために知識の詰め込みをするよりかは、ゴーレムのように短い命令での思考に制限するげきだったか。
ということは、スライムのような液体の体でそれを補う脳を核とするには小さすぎのようだな」
部下の報告を受けてすぐにブツブツと呟き、自分がしてきたことを振り返るフェズマ。
試行を反省し、改善点を探る姿勢は養子と合わせてまさに科学者であった。
もっとも分類としてはマッドサイエンティストになるが。
そんな一人の世界に没頭しているフェズマにもう一人の男が声をかける。
そして、彼が伝える際に発した声は少し震えていた。
「フェズマ様、恐れながら報告させていただきたいことがございます」
「ん? どうした? そんなに改まって。遠慮するな、言ってみろ」
「はい。実は今より数日前、精霊の国があると思わしきオートリオ森林にて数人の冒険者らしき姿が向かって行くのが確認されました」
「冒険者......?」
フェズマは顎に手を当て何かを考え始める。
そんな彼は頭の中で精霊に関する知識の辞典を開き、それに関する情報を言葉にした。
「確か、精霊は成人した人間には干渉しないはずだ。
俺が魔族だからハッキリした理由は定かじゃないが、一説によると『成人した人間は子供の頃には無かった汚れを持っている』とかなんとか。
それに過去のどの文献にも精霊が冒険者を引きつれる例などない。
まぁ、そもそも精霊の国があるかどうかも実際眉唾ものであるが」
そう呟くフェズマだが、それに関しては正しいと認識してもいいかもしれない、とも思っている。
というのも、オートリオ森林のどこにもドロロンと思わしき魔力を感じないからだ。
当然、その森林は広大なので捉えきれていないことも考慮に入れている。
されど、野良の魔物に倒されることは考えづらい。
なぜなら、あの魔物にはハイバード=ロードスターにも使った薬品が使用されてるからだ。
投与されてる量が少量とはいえ、ドラゴンを瞬殺できるほどには強化してある。
故に、“何らかの原因で本来の力が出せないほど弱体化させられてる”場合でもなければありえない。
それらの総合的な判断からして、ドロロンが無事に精霊の国を見つけ、現在もなお侵攻中と考える方が妥当性があるのだ。
「で、話は以上か? まだ何か重要な話が残ってるんじゃないのか?」
「はい。その冒険者の内訳が子供一人に冒険者が四人で、その冒険者の内一人が人類軍の英雄レイモンド=アトラスジョーカー」
「レイモンド!?」
「そして、疑似神格化したハイバード=ロードスターを倒した盲目の道化師ナナシ」
「あのクソ野郎も!?」
「そして、我らが魔族の偉大なる御方グラバレス=ダークディア=アルバロードが一人娘ミュウリン=ダークディア=アルバロード様」
「ミュウリン様もいるだと!? そう言えば、人族で特定保護対象となった魔族がいたな。
まさかその魔族がミュウリン様とは......なら、もう一人は誰だ!? そいつも名のある奴か!?」
その言葉に部下二人は互いに顔を見合わせて言った。
「鬼人族の男です。名は分かりません」
「そうか。ならいい」
一人だけ扱いが雑なゴエモン。他の三人が目立っているため仕方ない。
そんな驚愕なメンバーに頭を抱え始めたフェズマ。
よりにもよってどうしてこんなメンツが集まっているのか、と。
疑問に思うことは沢山ある。まずレイモンドは人類軍の英雄だ。
英雄が魔王を倒したとなれば、今頃贅沢な暮らしをしていてもおかしくないだろう。
加えて、それほどまでの英雄を放っておくはずがない。
そして、そんな人類の代表のような存在がなぜ魔王の娘たるミュウリンと一緒にいるのか。
逆もまた然り。ミュウリンは魔王の意思を受け継ぐ唯一無二の存在だ。
それに戦場に出てないとはいえ、父親である魔王が倒されたことは知っているはず。
であれば、なぜ不倶戴天の仇である存在と一緒に行動をしているのか。
考えられるとすれば、奴隷につける首輪“隷属の首輪”をつけてることだが。
そして最後に、あの憎きクソッたれことナナシである。
この男はフェズマの企てを二回も邪魔してくれた。
一回目はフレイムドラゴニアの復活の阻止、二回目は地下の疑似魔神の破壊。
他にもあげるとすれば、ハイバードに渡した新薬の性能をコケにしたこと。
とても許されるべき存在ではない、それがナナシに対するフェズマの印象だった。
「くっ、なら話は別だ。この森林一体を焼き払う」
「フェズマ様、正気ですか!? この森にはまだミュウリン様がいるのですよ!?」
「それにまだフェズマ様のお気に入りのドロロン様が暴れてる最中ですよ!」
「嫌な、予感がする。そして、それは恐らく当たる――見ろ」
腕を組んだフェズマが顎をクイッと動かし、部下達をとある方向へ視線を誘導させる。
すると、森の方からは一羽のカラスが飛んできており、その口には赤い花。
それが示す意味は――任務が失敗したこと。
「ま、まさかドロロン様がやられた!?」
「バカな! あのお方の戦闘能力は精鋭魔族の私達でも束になっても勝てなかったというのに!」
「やはりな。考えられることは色々あるが、これが事実だ。
よって、経った今からこの森を焼き払う。お前達も力を貸せ」
直後、フェズマは足元に巨大な赤い魔法陣を展開した。
そこへさらに二つの二回り小さな魔法陣が組み合わさる。
三人から溢れ出る膨大な魔力は空気を震わせ、やがてそれは近くの木々をザワザワとやかましく鳴らす。
「ドロロンちゃん、これがお前への手向けだ。
せめて盛大な火葬でもってお前の死を見送ってやろう。
滾る炎よ、道行く一切合切を焼き払い、己が焔の楽園を作り出せ――獄炎鳥」
フェズマが右手をかざすとそこには直径一メートル程の巨大な火球が出来上がった。
そして、それを放つとその火球は空中で形を変え、火の鳥となって大空を羽ばたいていく。
向かう先は精霊の国があるとされるオートリオ森林。
その火球が当たれば、周囲三百メートルは漏れなく火の海となるだろう。
加えて、燃え移る場所は広大な森林なので、炎が燃え広がることを考えれば被害規模はもっと甚大だ。
「さぁ、お別れの時だ。色々な意味でな」
フェズマが森に向かって行く火の鳥を眺めていると、一瞬森の奥で何かが煌めいた気がした。
その方向に目を凝らした瞬間、森の奥から五メートルある火の鳥を優に超える巨大な水の龍が現れ、あっという間に火の鳥を食べてしまった。
「なっ!?」
フェズマは一気に発生した水蒸気を見ながら驚きのあまり声を漏らしてしまった。
なぜこんなところであれほどの水量の龍が生み出せるのか、と。
瞬間、前方からやってきた気配に顔を向けた。
「誰だ!?」
「は~い、どうも故郷のこと思い出させてくれてありがとう。
おかげで今更ながら懐かしい気持ちになってしまったよ。
というわけで、お礼代わりにこの道化師が素敵なショーを見せてあげる」
等身大の姿となったナナシはニヤリと笑った。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




