第142話 ラスダン
村がある方角から煙が上がっていることに気付いた勇者一行は急いで村に戻った。
その村に近づくにつれて遠くから強い明かりが灯っているかのように光が漏れ、同時に煙が増していくと同時に空気が熱くなっている。
そして、やがて辿り着いた村の光景に勇者一行は愕然とした表情を浮かべる。
なぜなら、目の前で地面に力なく倒れる精霊達の姿、さらに燃え盛る宿の光景があったからだ。
突然の衝撃にヒナリータは狼狽える。
かつてない状況に判断能力が追い付いていないようだ。
そんな勇者に肩に乗るナナシが落ち着かせるように声をかけた。
「ヒナちゃん、落ち着いて。今やるべき行動はわかる?」
「え、えーっと......」
「救助だ。皆に手分けして精霊達を連れて来るよう指示を出して。回復は俺とミュウリンがやる」
ナナシは焦るヒナリータに指揮官という命令を与えた。
その結果、やることが見えた勇者はすぐさま指示を出す。
「レイ姉とゴエ兄はヒナと一緒に倒れてる精霊を連れて来る。
そして、ナナ兄とミュウ姉は連れてきた精霊を治療してあげて」
「了解だ」
「おう、わかったぜ!」
「任セロリ」
「お任せあれ~」
そして、勇者一行は手分けして行動を始める。
ヒナリータ、レイモンド、ゴエモンが次々と精霊を抱えては地面に横たわらせる。
そこに回復魔法を持つナナシとミュウリンがその精霊達を治療していく。
そんな作業をすること十数分。全ての治療が終わり、精霊達が起き上がる。
「あれ、わたくしはドロロンにやられて倒れていたはずでは......」
「意識が目覚めた?」
嘴の先が割れたペストマスクをつけるメールは自身の怪我が治っていることに驚く顔をしたが、声をかけてきたヒナリータの顔を見てすぐに状況を察した。
「......なるほど、どうやらわたくし達は勇者様一行に助けてもらったようですね。これは一体なんとお詫びしたらよいか」
「そんなことは気にしなくていい。それよりも何があった?
さっきドロロンって言ってたけど、まさかそいつにこの村はやられたの?」
その質問にメールは「はい」と答えると、事の状況を話し始めた。
それは三十分ほど前、丁度勇者一行が最後の“死魔病呪の樹”を伐採していた頃だ。
ドロロンから上手く身を隠せていたラスボスニア村に突如として来訪者が現れたのだ。
『ほう、おでが長らく見かけていなかったと思ったらこんな所にあったとは。
たまには遠くまで散歩してみるものもいいものだど』
突然聞こえてきた声にメールが振り向けば、そこには得体のしれない不定形の生物がいた。
特徴的なドロドロと絶妙なしゃべり口調......それがドロロンだと気づくのに時間はかからなかった。
『あ、あなたはドロロン!?』
『いかにも、おでがこの世界を征服する絶対悪ドロロン様だど。
おでがこの場所に住むことを決めた際に邪魔した先住民め。
まさかこんな所で隠れているとは全然全くこれっぽちも予想だにしていなかったど』
物凄くたまたま発見したことを主張してくるドロロン。
そんな魔物の顔は自らを“絶対悪”と名乗るだけに相応しい邪悪な笑みをしていた。
対して、メールはドロロンから漂う死の圧に臆しながらも勇気を持って尋ねる。
『この村に何の用だ?』
『何の用? それはまた異なことを聞く。お前達はおでの創造神に相対する善神の眷属。
であれば、創造神の敵はおでの敵! グフフ、問答無用で消えてもらうぞ! 眷属ども!』
それから、ドロロンはあっという間に精霊達を蹂躙していった。
思うがままに為すがままに、ラスボスニア村に悪行と破壊の限りを尽くして。
そして、それが勇者一行がこの村に来る前に起きた出来事の全容だ。
その事実を聞いたヒナリータは顔に怒りを滲ませながら、声は努めて抑えながら言った。
「離してくれてありがとう。事情はわかった。安心して、必ずドロロンはヒナ達が倒す。
だから、信じてここで待ってて欲しい。必ず約束を果たして戻って来るから」
揺るぎない決意の瞳にメールは安心した様子で笑った。
「はい、わかりました。勇者様一行の無事と健闘を心より祈っております」
メールより力強いエールを受け取ったヒナリータは立ち上がると、一人村の入り口に向かって歩いた。
そして、背中越しから仲間達にこれからの方針を告げる。
「ナナ兄、ミュウ姉、レイ姉、ゴエ兄......ヒナのわがままを聞いて欲しい。
今からドロロンをぶっ倒しに行く。だから、どうか手伝って欲しい」
時刻はすっかり夜だ。加えて、先ほどまで死魔病呪の樹を四本伐採してきたばかり。
体力的にも集中力的にも時間を置いて回復させてから挑んだ方が確実だろう。
されど、そればかりがベストタイミングではない。正しい選択ではない。
たった今、小さな勇者が瞳の奥に闘志を滾らせている。
ならば、今この時こそが勇者の最高パフォーマンスを発揮できる時だ。
それを勇者の仲間達はすぐさま感じ取った。
「良かった。丁度同じ気持ちだったんだ」
「ちーとばかし不完全燃焼だったみてぇだ。やるか」
「ま、ちょっくら城にいるボスを倒すだけだしな」
「問題も先に片付ければ気持ち良く明日を迎えられるしね」
ヒナリータの横に並ぶように移動したナナシ、レイモンド、ゴエモン、ミュウリンがそれぞれ言葉をかけていく。
その言葉はこれからラスボスに挑むというのになんとも軽い。
それこそこれまで挑んできたどのボスよりも舐めたような口調だ。
だが、それは何よりも勇者の意思を汲んだ言葉であったのは確か。
「......ありがとう」
ヒナリータはスッと感謝の言葉を口ずさむと、気持ちを切り替えて先陣切って歩き出した。
「それじゃ、行こう――最後の戦いへ」
「「「「おう!!」」」」
―――十数分後
勇者一行は結界が解除された城に突撃していた。
その城はダンジョンのように入り組んでおり、さらにはあっちこっちに魔物がいる。
そんな魔物は最終エリアというだけあって度の魔物より手ごわかった。
しかし、デバフから解除された勇者一行の敵ではないようで、鎧袖一触で倒していく。
そして、全員のレベルがレベル30近くになったところで、上へ上へと移動を続けた末に辿り着いた場所は最後の戦いに相応しい王の間であった。
彼らの目の前には槍を持った悪魔が描かれたような巨大な両開きの扉がある。
「どうやらここが最後の場所みてぇだな。
ってことは、この先にドロロンがいるってことだ」
「だな。出会った初っ端からあれだけの殺気見せてたんだ。逃げるタマでもねぇだろ」
「それじゃ、これから最後の戦いが始まるわけだね~。なんだか少し緊張してきた」
「大丈夫ダイジョーブ、俺達なら問題ない。だろ? ヒナちゃん」
レイモンド、ゴエモン、ミュウリンが目の前のゴテゴテの扉を見ながら感想を零し、ナナシがヒナリータへと覚悟を尋ねる。
それに対し、勇者はただ力強く答えた。
「うん、ヒナ達なら大丈夫。行こう、この世界を救うために」
ヒナリータの覚悟が示された所で、ゴエモンが「それじゃ開けるぞ」と扉を押し開けた。
ギギギと音を立ててゆっくりと開く扉の隙間から最初に見えてきたのは、扉から真っ直ぐ伸びるレッドカーペットだ。
次に見えてきたのは広い部屋の両サイドにある数本ずつある石柱。
「グフ、グフフ、よもやこんな時間に来ようとは思わなかったど」
声が聞こえる正面。相変わらず一度聴いたら忘れることのない語尾のタイプの声だ。
直後、影が覆う玉座付近に窓から月光が差し込み、やがてその声の正体を晒す。
「よく来たな、勇者一行。おでの睡眠を削りに来たこと後悔させてやる」
月光に照らされながら玉座に座る全ての首謀者ドロロンは醜悪な笑みを浮かべた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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