第141話 死魔病呪の樹
「植樹?」
メールの口から紡がれたのはラスボスであるドロロンがやっているという行動だった。
字面からでは何とも環境に優しい行動に思えるが、それが全て良い結果をもたらすわけではない。
それがわかるのはメールが語った話からだ。
「えぇ、その行動がどういう目的かは最初は定かではありませんでした。
ただ、行動の結果、ドロロンの居城の周りには四本の巨大な木が生えることになりました。
それをわたくし達は“死魔病呪の樹”と呼び、それがこの呪毒の霧の発生源です」
「なるほどな、それでこんな環境になってるわけか。
なら、ドロロンはその木を増やそうとしているってことか?」
レイモンドの質問にメールは首を横に振った。
「はい、その通りです。ただ、その四本の木の生命力が凄まじいのか、その四本の木は周囲の木々の生命エネルギーを吸い上げているようなのです。
その結果、周囲の木々はたちまち白く枯れ果て、いくら植樹してもその木が育つことはないようです」
「え、頭悪っ......」
「そういえば、モンキチがそんなこと言ってた」
レイモンドとヒナリータが歯に衣着せぬ言い方をする中、メールは「他にも問題はございまして」と話を続けた。
「その四本の木はどういうわけかドロロンの居城を囲むように疑似的な結界を形成しているようなのです」
「なんでそんなことテメェがわかるんだ?」
「前に一度ドロロンの城に潜入しようとした精霊がいたのですが、呪毒の霧の結界に阻まれて入れなかったようで。
なので、恐らくはその木を破壊しないことには結界を壊せないでしょうし、一本でも残っている限り呪毒の霧がわたくし達を蝕み続けると思います」
そんなことを言うメールだが、勇者一行からすればやることは何ら変わりないようで――
「ま、なんにせよこの状態異常とデバフをなんとかしなけりゃならんしな」
ナナシの言葉に頷き、ヒナリータも言葉に続く。
「ヒナ達はドロロンを倒す。あの魔物はそういうタイプだったから容赦はしない。
でも、そのためには万全な準備をしてからになる。その準備として厄介な木は破壊するだけ」
「......左様ですか。であれば、ささやかながらわたくしも勇者様一行のお力になりたいと思います」
「というと?」
「このマスクです」
―――翌日
「こちらが全員分のサイズに合わせたマスクでございます」
そう言ってメールが勇者一行に渡したのは全員分のペストマスクである。
そのマスクを興味深そうに装着したヒナリータはすぐさまマスクの内側から漂う香りに気付いた。
「ん? このニオイは?」
「嘴の先に状態異常を緩和する薬が入っています。
それを燻し、煙を吸引することで体に状態異常への耐性を作るのです。
なので、このニオイが感じるうちは状態異常のことを気にしなくていいということになります」
「ほー! それはありがたいな!」
「ですが、あまり長くは続きません。予備の薬もお渡ししますが、効力は三日ほどでしょう」
「三日もあれば十分だよ。ありがと~」
ゴエモンとミュウリンの嬉しそうな反応にメールも笑みを浮かべる。
この精霊にとっても呪毒の霧は自身だけではなく村を蝕む害悪なのだ。
それを取り除いてくれるという勇者の助けになりたいと思うのが精霊情というもの。
「喜んでいただいて幸いです。どうやらあちらのお二方も大変お喜びの様子で」
「あー、まぁ、あっちはちょっとベクトルが違うけどな」
苦笑いをしながらゴエモンが見つめる先にいるのは、レイモンドと彼女の頭に乗っているナナシであった。
その二人(特にネズミ)はなんともこのマスクの“デザイン”が大層気に入った様子で――
「ま、ままま、まさか俺の人生の中でペストマスクをつける日がやってこようとは!!
この夢にまで見た中二心をくすぐる特徴的なデザイン! あぁ、なんと素晴らしきことか!
例えば、この目のガラス周りのゴテゴテした感時に対し、このスラッと滑らかで漆黒の皮が見事なバランスの調和を生み出している!」
「わかるぜナナシ! それに嘴の先端にかけての曲線美!
さらにただの美ではなく機能性を付け加えた秀逸なデザイン性! くぅ~、これはイかすぜ!」
「まさか大将だけではなくレイモンドもあんなにはしゃぐとはな」
「ナナシさんは男の子だからね~。それにレイちゃんも男勝りだから」
「レイ姉も男の子だった?」
ヲタク気質のナナシはさておき、実の所レイモンドもどちらかというとこういうのがこの身の人物である。
それもそのはず、彼女が三歳の時に目を引かれていたのは人形ではなく甲冑だったのだ。
言うなれば、女児がプ〇キュアではなく仮面〇イダーを見るようなもので、彼女は生粋の男勝りな性格なのだ。
故に、中二心が理解できる彼女には実に刺さる。ただそれだけのことだ。
ちなみに、その時のアトラスジョーカー家は父親や二人の兄が歓喜し、女の子可愛がりしたかった母親は卒倒したという。
マスクをつけてからいつまでも興奮し続ける二人を見かねた残りの三人は、いつまでも出発しようとしないレイモンドの背中を押しつつ、ドロロンの城を囲む死魔病呪の樹の伐採に向かった。
「グガァーーーー!?」
「ピャアアアア!?」
「キャイン!?」
あっという間に飛び交う魔物の断末魔。
それからの勇者一行の行動というのは実にスピーディーであった。
というのも、勇者一行はデバフによるステータス異常が出ているものの、積み上げられた絆による連携はその一切のデバフ効果を凌駕したのだ。
死魔病呪の樹の周りにはたくさんの魔物がいて、それこそ現在の勇者一行のレベルに近い魔物もいたが、一度戦闘モードに入った彼らを止められる魔物など存在せず、あっという間に三十メートルものある木が伐採されていく。
一つの木が伐採出来たのなら、後はそれを三回繰り返すだけ。
今の勇者一行であれば何の造作もないことであり、残りの三つの木の伐採もすぐに終わった。
そして、最後の木が伐採された瞬間、呪毒の霧は嘘のように消えていき、視界良好の世界へ変化した。
「ふぅー、なんかノリに乗ってたからあっという間に終わった感じだな。もう夜だ」
「だね~。それに霧も消えたみたいでなによりだよ」
そんなレイモンドとミュウリンの言葉を聞きつつ、ヒナリータはペストマスクを外す。
すると、鼻を突き抜けるような清涼な空気に変わっていることに気付き、すぐさま自身のステータスを確認した。
「やっぱり全ての状態異常とデバフが無くなってる。
呪毒の霧の“呪い”の効果が無くなったみたい」
「確かに、気持ち体が軽い気がするわ。これならいつでも城の攻略を始められるけどどうする?」
肩に乗るナナシの問いかけに対し、ヒナリータは腕を組んで考える。
現状、全員のHPは万全でメールからもらったペストマスクのおかげで魔道具の消費も少ない。
であれば、このままの勢いで突撃しても何の問題もないはず。
「......よし、さっさと問題を解決に――」
「ちょっと待て、なんかあっちの方角から煙が出てないか?」
ヒナリータが行動方針を決定しようとしたその時、レイモンドがとある方向を指さして言った。
その方向を見てみれば、彼女の言う通り森の奥の方で煙らしきものが天に上っている。
瞬間、突如としてヒナリータの心中に胸騒ぎが起きた。
「な、なぁ、あの方向って確か......」
ゴエモンも何かに気付いたように表情が強張る。
彼だけではない。この場にいた誰もがその感情だ。
「うん、あの方角はメールさんがいた場所。何かあったかもしれない。急ごう!」
そして、勇者一行は急いで村へと戻って行った。
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