第138話 怪しげな森での出来事
モンキチとの戦いが終わり、ナナシも解放された。
一つの目標が達成されたヒナリータはナナシを肩に乗せると、再びモンキチの前に戻って行く。
そして、もう一つの目標であるクリスタルについて尋ねた。
「クリスタルを返して」
「そう焦んなって。ちゃんと約束は守るからよ」
モンキチがそう言うとすぐそばに一体の弟子がやって来る。
その弟子は両手に箱を持っており、そこには大事そうに赤いクリスタルが入っていた。
「これだろ? ほら、受け取れ」
ヒナリータはそっと箱に手を伸ばし、クリスタルを掴む。
ホラーフォレストで手に入れた緑のクリスタル。
マリンウェーブで手に入れた青のクリスタル。
ホットマウンテンで手に入れた赤のクリスタル。
どれも癖があるような魔物を相手にし、苦労することもあった。
だけど、それらを全て乗り越えて今がある。
「残るはこのクリスタルをはめるためのペンダント」
これでようやくクリスタルが三つ揃ったことに一つの目標の達成を感じて喜ぶ勇者。
同時に、この旅もそろそろ終わりが近くづいてることにも気付く。
しかし、そうであってもそれは足を止める理由にはならない。
「これで三つ揃ったってわけか。ってことは、次はドロロン様のとこに向かうのか?」
「そのつもり」
ヒナリータは一切の間も置かず答えた。
そんな勇者から向けられる強い瞳にモンキチはそっと笑う。
「なら、このまま闘技場の奥にある通路を使え。
オレァがドロロン様に行く時によく使う道だ」
そう言ってモンキチは顎をクイッとさせて方向を示した。
そんな敵ながらモンキチの随分な親切ぶりにヒナリータは目も丸くする。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「こう言っちゃなんだが、オレァは別にお前さん達がドロロン様に勝とうが負けようがどっちだっていいのさ。ただ、生みの親ってだけで多少の忠義を持ってるだけだ。
それに今のオレァは知的好奇心の方が旺盛でな。だから、生かしてくれるとありがたいんだが?」
そんなモンキチの懇願にヒナリータはサッと答えた。
「いいよ、別に」
「まぁ、さすがにボスを生かすほど甘く......っていいのか!?」
「うん、理由は最初に戦った三体と同じ。
だけど、ヒナ達がいなくなった後に好き勝手されるのは嫌。
だから、勝者として命令する。これ以上の悪さをせず、精霊達を守ること。
そして、全ての魔物を従えていうこと聞かせること。わかった?」
「なるほど、そういうことか......あぁ、承知した。我らがボスよ」
そして今、ここにホットマウンテンの攻略は終わった。
勇者一行は少し休息すると、教えてもらった通路からホットマウンテンを出る。
長いこと洞窟にいたせいか外はすっかり朝を迎えていた。
周囲の森からカァカァとカラスが鳴くうるさい声を聴きながら、ようやく帰ってきたマイナスイオンの環境に勇者一行は感動していく。空気がとっても美味いのだ。
そんな各々が気持ちよく伸びをしていく中、同じように伸びをしたナナシは突然置かれた自分の状況について尋ねた。
「ふぅ、こうも気持ちいいと思いっきり走り回りたいね。
というわけで、俺の拘束を解いてくれるかい?」
「ダメ」
現在、ナナシはネックレスの一部だ。
何を言っているか分からないと思うが本当のことである。
もっと詳細に言うならば、胴体に紐を巻かれたナナシがネックレスのようにしてヒナリータの胸元でぶら下がってるのである。
こんな光景が見られるようになったのはほんのついさっき。
それこそ洞窟から外へ出るその直前ぐらいで、突然ヒナリータがそんな奇行に走ったのだ。
そして、ナナシは逃げる隙も与えてもらえずあっという間にネックレス。
「え、何がダメなの......?」
ヒナリータの即答拒否に困惑するナナシ。
すると、過保護になった妹は答える。
「ナナ兄は貧弱。それにまたいつ攫われても困る。だから、もっとも確実な方法を取った」
「いや、だからといってこれはさすがに......ナナシさんも自由が欲しいよ。ねぇ、皆もそう思うよね?」
ナナシは同じヒナリータを守る保護者に訴えかけた。
すると、彼らはニコッと笑みを浮かべる。
「ま、別に何も支障ねぇだろ。本人が満足するまで我慢しな」
「嬢ちゃんのやりたいことを見守るのが俺達だろ?」
「心配させた罰を受けるんだね~」
「ふっ、残念ながらご褒美――ってそうじゃなくて! くっ、俺に味方はいないのか!」
「ナナ兄、うるさい」
ヒナリータによる唯我独尊が発動し、ナナシはしばらくこのままとなった。
しばらくの間、ナナシのレベリングをしつつ、一同は地図を見ながらラスボスがいる場所まで向かって行く。
そして、辿り着いたのはホラーフォレストにも似た薄気味悪い場所だった。
「なんかまばらに葉っぱが白っぽい樹木が増えてきたな。妙な感じだ」
「そうだな。それにホラーフォレストよりなんか嫌な予感がする」
それが勇者一行の見たままの光景だった。
不気味な運息を漂わせる森に生える木の一部が、まるでペンキを塗られたかのように脱色されている。
それは葉っぱの一部のものもあれば、幹の一部が大きく白っぽいのもあると様々だ。
ただ、先ほどのレイモンドとゴエモンが言葉にするほど特別何かが起きてるわけでもない。
出現している魔物が少し強くなっているが、その程度はRPGを熟知しているナナシからすれば、ボスエリアに近づいてるのだから当然のことだという反応になる。
故に、さほどバチバチに警戒して慎重に進まなければいけないというわけではないのだが、その白い樹木がだんだんと増えて来れば話も変わってくる。
「どんよりとした雲、まるで雪を被っているかのような白い木々、そしてなにやら怪しげな紫色の霧......どう考えてもこっちの方がよっぽどホラーだよな」
「なんとも不思議な光景だよね~。こんな環境のせいかどうにも足取りが重くなってるような気がするよ~」
そんなことを言うナナシとミュウリン。
その言葉は共感に値するようで他の三人も頷くほどだった。
そして、さらに進み周りがほぼ白い木しか見えなくなったところで、最初に異変を生じさせたのはゴエモンだった。
「へ、へっ,,,,,,ヘックシュ!」
「おい、汚ねぇな.....ん?」
「ちゃんと顔を背けたからいいだろ,,,,,,ってどうしたよ?」
ゴエモンが盛大にくしゃみをしたことに対し、レイモンドから嫌味を言われかと思えば、彼女は態度を急変させて表情を強張らせる。
その様子に不思議がるゴエモンを指摘したのは同じく目を丸くしたヒナリータだった。
「ゴエ兄......血......」
「へ? 血?」
指さされてた位置に触れるようにゴエモンは自身の鼻下に指を近づける。
瞬間、指から感じるは少しサラサラしながらもねちょっとした感覚。
そして、指を遠ざけて確認して見れば、指先にはねっとりと血が付着していた。
「え?......えぇっ!? なんかすっごい血が出てる!?」
「なんか変なもんでも食ってたんじゃねぇか?」
「いや、一緒に行動しててそんな素振り見せてねぇだろ」
ゴエモンの主張は一理ある。
なぜなら、勇者一行はボスエリアまで多少の休憩を挟みつつも、ずっと互いの姿が確認できる距離で過ごしてきたのだから。故に、アリバイがあるというのが本人の主張だ。
すると、その話の流れに続くように、ならばと迷探偵ナナシの推理が炸裂する。
「そうか、わかったぞ! エッチな妄想してたんだ! ほら、戦闘も今だと過剰戦力で暇だし!」
「わぁ~、ゴエモンったらや~ら~し~い~」
「ゴエ兄......」
「ばっ、違げぇよ!? 大将は変なことを言うんじゃねぇ!!
それから、ミュウリンも悪ノリはやめてくれ! 嬢ちゃんは真に受けない!」
必死に否定するゴエモン。しかし、その必死さが逆に怪しさを増幅させている。
そんな慌てふためく男を見ながら、ナナシが「冗談じゃ~ん」と言ったその時――ゴエモンの様子が急変した。
「.....ぅ、ごはっ!」
ゴエモンが口から吐き出したのは大量の血。
瞬間、この場の空気は一瞬にしてシリアスな空気へと突入した。
加えて、異変が訪れたのは何もゴエモンだけではない。
「......え?」
ヒナリータの鼻からスーッと血が流れポタっと落ちる。
さらにミュウリンも、レイモンドも、ナナシも同じようなことが起きた。
つまり、勇者一行全員が突如として謎の出血をしたのだ。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




