第137話 ボス戦 モンキチ#2
モンキチV.S.勇者一行の戦い。
互いに一歩も譲らないその戦いは次なるステージに移行していた。
RPG風に言うならば、強制イベントによるボスの強大な一撃が放たれる演出だ。
「ハァーーーー」
モンキチは大きく息を吸うと、吐き出しながら両手を動かしていく。
それから、その手は腰のそばに拳を添える。
瞬間、その魔物の周囲にはボゥと突風が吹き荒れた。
その数秒後、空中に大きく跳躍する。
「安心しな、闘技場内は結界が張ってあるから周りに被害が及ぶこたぁねぇ。気持ち良く食らっときな!」
モンキチは前方に体を回転させると、そのままの状態で地面に落下してく。
そして、地面に降り立つその瞬間に放ったのは遠心力を伴った強烈な踵落とし。
「モンキチ流奥義――猿天踵!」
モンキチが落とした踵は闘技場の中心。
そこから闘技場全域にわたって地面に無数のヒビが入って行くと同時に、モンキチがいる中心は眩い光が発生する。
その光は瞬く間に膨張していくとともに、膨大な熱量を闘技場一杯に広がり大爆発を起こした。
―――ドゴオオオオォォォォン!!
闘技場内を包み込む盛大な爆発。
結界が張ってあることで逃げ場のない衝撃は結界内で暴れ狂う。
つまり、どこにいようと確定で大ダメージを負うということだ。
「これでくたばってくれりゃいいけどな」
煙が周囲を包む中、モンキチはその場で一回転するように回し蹴りする。
その蹴りの風圧によって周囲一メートルの煙が晴れた。
「ま、そうは行かねぇだろうよな」
瞬間、モンキチはノールックで右方向から飛んできたナイフを指で挟んでキャッチした。
「定石の奇襲だな。となれば、当然次は逆サイドだ」
モンキチの言葉通り、煙を纏ってゴエモンが飛び出してくる。
すると、その魔物はナイフを投げて牽制。
当然、ゴエモンに弾かれてさらに剣を振るわれるが、モンキチは後退して距離を取る。
「で、挟み撃ちだろ?」
モンキチの背後からはレイモンドが大盾を構えて飛び出してくる。
そこに合わせるようにその魔物は後ろ蹴りで盾を止めた。
すると、すぐにレイモンドが剣を突き出してくるが、その攻撃すらもモンキチは半身で躱す。
「やるなぁ。なら、次はどう受け止めるんだ!?」
猛るレイモンドの言葉の直後、彼女のピッタリ背後からミュウリンが現れた。
「っ!? なるほど、大盾を構えて突っ込んできたのは最初からこれが狙いか!」
「大当たり~! ってことでぶっとべ!」
奇襲に次ぐ奇襲に次ぐ奇襲。
否、この三人からすればミュウリンの攻撃こそが本当の意味の奇襲だ。
その行動はモンキチの虚を突いたようで、その魔物が作り出した僅かな隙にミュウリンの拳が叩きこまれる。
「くっ!」
モンキチは咄嗟に両腕でガードし、さらに自ら後ろに跳ぶことで威力を殺す。
それはその魔物が現状で最も背後に隙を晒している瞬間だった。
そんな隙を勇者は見逃さない。
「スーパースラッシュ」
モンキチの背後から現れたヒナリータが両手に持った剣を真っ直ぐ振り下ろす。
「わかってんだよ!――裏モンパチ」
その攻撃を予測していたようにモンキチは拳を振るった。
その魔物がやったのはただの裏拳だ。
ただし、剣の一撃を防ぐには十分な威力を持った裏拳だ。
―――キンッ
ヒナリータの拳とモンキチの拳がぶつかり合う。
そして、聞こえる音は金属同士がぶつかったような音。
「俺の方が僅かに早かったな!」
―――パキンッ
瞬間、モンパチはヒナリータの剣を叩き折った。
そこに生まれる隙をその魔物は逃さない。
すぐさま振り返り、拳を振りかぶる。
「惜しかったな! これで終わりだ――」
モンキチはギラついた目でもって戦いの終幕宣言をする。
ニヤッと笑う顔はまさに勝利を確信しているようだ。
そこに生まれるほんの僅かな、それこそ針の孔ほどの小さな油断。
たったそれだけが勝負の勝敗を分けた。
「っ!?」
目の前の勇者は剣を折られてもなお折れていない目をしていた。
瞬間、モンキチは思う――オレァは外界の子供という存在を理解してるはずだった、と。
与えられた知識によるものだが子供というのは力一辺倒で、大人ほど臨機応変に対応できるわけではない。
故に、剣を折ってしまえば、そこに残るのは明確な隙のみ。
だが、目の前の勇者は違った。
剣を折られてもなお拳を構え迎え撃つ姿勢を見せている。
いや、もはやそうなることを前提にしたかのような動き。
勇者の目から見える勝利への飽くなき渇望――その姿は正しく戦士。
「スーパー猫パンチ」
「ふっ、見事だ」
直後、ヒナリータのフルスイングの拳がモンキチの腹部に突き刺さる。
「がはっ!」
メリメリメリと深々に拳が刺さったモンキチは、瞬きよりも早く吹き飛び壁に叩きつけられる。
そして、そのまま壁に寄りかかりぐったりしたまま動かなくなった。
その瞬間、戦いの終了を知らせる銅鑼が鳴る。
戦いが終わったというのに周囲は静かだった。
それこそ師範が敗れたというにもかかわらず、どの弟子もが悔し涙を浮かべるだけで立ち尽くしている異様な光景。否、それが戦士として師範の戦いを汚さないための姿だ。
「痛ってぇ......ハハハ、完敗だ。完敗。まさかあの瞬間に次の手を用意してたとはな。
そこは読み切れなかったオレァのミスか......それはそれとしてやっぱ連携キチィ~」
ぐったりとしたモンキチは天井を見上げる。その顔は負けたというのに晴れやかだ。
まるで気持ちの良い勝負が出来たから結果がどうであれ満足だと言わんばかりに。
すると、そんな死にかけの魔物の前にヒナリータがやってきて、そっと手を差し出した。
そんな妙な行動をする勇者にその魔物は怪訝な顔をする。
「なんだぁ? もしかしてオレァも生かすつもりか?
さすがにボスを生かすのは甘いどころか変人だぜ?」
「違う、ナナ兄を返して。それとクリスタルも」
「ハハッ、わかってたがいざスルーされると意外と来るなぁ」
モンキチはそんなことをぼやきながら、軋む体を無理に動かし右手を上げる。
すると、その合図を見た弟子の一人が手にしていた木の棒からナナシを解放した。
「ん~! は~~~~、やっと解放された。これも皆のおかげだな。
おーい、皆ー! 助けてくれてありがと――」
ナナシが大きく叫びながらぴょんぴょんと跳ねた瞬間、モンキチのそばにいたヒナリータが一瞬にして走り出し、散々心配させた兄の前に立つ。
そして、両手でどうしようもない兄を包み込めば、胸に押し付けるように強く抱きしめた。
「ナナ兄......!」
涙目にながら喜びを噛みしめるヒナリータに対し、こんなことになることは予想外だったナナシは「え? あ、え?」と慌て始めた。まさかここまで心配されてたとは、と思うほどには。
「良かった、ナナ兄が無事で......」
依然ナナシを抱えたままのヒナリータは安堵で力が抜けたのかその場にへたり込む。
そして、涙ながらに紡ぎ出した言葉は謝罪の言葉だった。
「ナナ兄、ごめんなさい。ナナ兄はずっとヒナのことを見てて、それでヒナのことを想って言ってた。
だけど、ヒナが言うこと聞かなかったからナナ兄が大けがを負って、さらに捕まって」
「まぁまぁ、ヒナちゃん落ち着いて。俺は大丈夫だった。それが全てだよ。
それに俺の方こそ心配させてごめん。だから、またいつもみたいに仲良くしてくれたら嬉しいな」
「......うん、する。いつもみたいにうるさいナナ兄は無視する」
「そこは反応して欲しかったな。無視は止めて」
「――でも、今はダメ」
ヒナリータは涙を拭うと、両手に持ったナナシを目線の高さまで上げる。
そして、大切な兄にずっと抱いていた目標を告げる。
「ナナ兄はいつ死んじゃってもおかしくない貧弱なHP。だから、これからはヒナが守る」
「......そっか。なら、お言葉に甘えちゃおっかな。
あ、でも、俺だっていつまでも守られるつもりは無いからね?」
「うん、わかってる。ナナ兄もヒナと一緒に戦って欲しい。頼りにしてる」
「任された!」
その瞬間、二人は顔を合わせてニィと嬉しそうに笑った。
いつもどこか仏頂面のヒナリータもやはり笑顔は年相応といった雰囲気を纏う。
この時確かに二人の絆はより強く結びついた。




