第13話 笑顔の日常を取り戻すのも道化師の仕事
午前中をいつものストリートライブに捧げ、昼ご飯を挟み、冒険者ギルドに向かう。
それが今のナナシとミュウリンの日常だ。
しかし、そんないつもの日常は今日ばかりは様子が違った。
冒険者ギルドがなんだか慌ただしくしているのだ。
まるで慌てた様子で冒険者が冒険者ギルドから出ていき、急いで森の方へ向かっていく。
ナナシ達が冒険者ギルドを覗いてみれば、いつもガヤガヤと賑わってるのが嘘みたいに人が少ない。
中にいる人も慌てた様子で外に出ていき、あっという間にギルド内の冒険者人数は数えられるばかり。
ナナシが周りの様子を気にしながら歩いていると、慌てた様子の受付嬢がぶつかってきた。ソフィアだ。
「どうかしたの?」
ミュウリンが声をかければ、ソフィアは慌てた様子で答える。
「魔物の大群が襲ってきたんです!」
その言葉にナナシとミュウリンは顔を見合わせた。
「「ひゃー!」」
「ホントに『ひゃー!』ですよ!」
「でも、どうして急にそんなことが? 魔物は縄張り意識が強くて、他の魔物と徒党を組んで襲ってくるなんてことはまずないはずだけど」
「以前、魔物の縄張りが変化したかもしれないといった話をしましたよね?
それから他の冒険者さん達に調査して貰っていたんですが、何かと冒険者さん達が戻ってこないという結果が相次いでいまして。
そしたら、今度は中層付近にいた魔物が一気に表層に現れて......このままだとこの街にまで来かねません!」
ソフィアが必至な様子で伝えて来る。
どうやらこれは思っている以上に緊急事態のようだ。
ならば、同じ冒険者として力を貸さなければ。
「そっか。それで他の人がいないわけか。なら、俺達も力を貸そう。手伝えることは何でも言ってくれ」
「では、あなた達はまだ新米冒険者なので、表層付近にいる中堅冒険者さん達の指示を受けて魔物を討伐してください」
「わかったよ」
ミュウリンが返事をし、二人は早速出発しようとする。
するとその時、ソフィアが「少し待ってください」と二人の行動を止めた。
二人が何事かと振り返れば、神妙な面持ちでソフィアは聞いてくる。
「お二人は最近ウェイン君達に会いました?」
「ウェイン達に? いや、ここ数日は会ってないな」
「そう、ですか。実はここ最近頑張っていた三人の姿が突然見えなくなって、それも依頼を受けてる最中に......最悪な場合を覚悟しなければいけませんね」
ソフィアが顔を伏せていく。
雰囲気からも悲しみの色が伝わってくる。
それは道化師がもっとも嫌う感情だった。
そんなことを思ったナナシはそっとソフィアの肩に手を置く。
そして、あえて明るい口調で言った。
「大丈夫、ノープロブレム! あの三人は強い子達だ。必ず生きてる。それを信じなきゃ」
「......ですね。はい、まだ決まったわけじゃないと思います!」
ソフィアの顔に徐々に力が戻り、やがて力強く返事をした。
もう大丈夫そうだ、とナナシは思い入り口に向かっていく。
あ、そうだ。ついでだらかこれも言っておこう。
「終わった時にはここをステージ会場にするから、貸し切りよろしく!」
「よろしく~!」
ナナシとミュウリンは冒険者ギルドを出た。
すると、ミュウリンはナナシの顔つきを見て、質問する。
「ナナシさん、これからどう動く?」
「ミュウリンは他の冒険者達の手伝いをしてくれ。
その間に俺はちょっと友達に会いに行ってくる」
「そっか......うん、わかった。行ってらっしゃい」
ナナシは前方に複数の魔法陣を展開し、さらに両足にも魔法陣を展開させる。
瞬間、ナナシの姿は消え、その場には砂塵とそれを眺めるミュウリンだけが残った。
*****
ラトラフ森林――そこは多種多様な魔物が跋扈する世界だ。
森の奥へ行くほど凶悪強靭な魔物が縄張りを形成し、一国の王のように振る舞う。
そこに侵入したら最後、王の資格無き生物は覇気に怯えるしかない。
「ハァハァ、くっ......おい、ウェイン、俺を......置いてけ」
「そんなこと出来るかよ!」
たくさんの背の高い木々が空を覆い隠し、昼間であっても薄暗い。
どこに何がいるかもわからない生い茂った道の中をウェインが歩く。
その隣には彼に肩を貸してもらっている傷を負ったカエサルの姿があった。
カエサルの腹部に巻かれた布が赤く染みている。
大きな傷を負い、血が止まらないようだ。
顔も青ざめ、このままでは失血死になるだろう。
クソ、俺が回復魔法を使えれば! とウェインは悔やむ。
唯一、回復魔法が使えるユーリには先に戻ってもらい、応援を呼んでもらっているのだ。
そのため、現状でカエサルの傷を癒せる人はおらず、出来ることはなんとかしてこの場所から抜け出すことだ。
「幸い、囮は頑張ってくれてるようだしな」
ウェインがチラッと後ろを振り向けば、木々の隙間から業火が吐かれる様子が見えた。
この辺を縄張りにしていたバジルホークという火の魔法を操る魔物の仕業だ。
そして、そのバジルホークの標的になっているのが二人の男――バルステンとセイクだった。
「ふざけんなよ! なんで俺達を狙うんだよ!」
「死にかけはそっちにいるくせに......水膜の盾」
二人は愚痴を吐き散らしながら、必死な形相で走っている。
時折来るバジルホークの火炎ブレスには、セイクが水の壁をつくって紙一重でしのいでいるようだ。
そんな二人は弱ってる若い冒険者達でなく自分達を襲うことに疑問に思っているようだが、バジルホークが狙わなかった理由は単純明快だ。
どちらが面倒な相手かを選別しただけである。
強者として君臨する魔物は長い時を生きやすい。
長寿命を生きる魔物は得てして多少なりとも知恵を持つようになるのだ。
今回の場合でいえば、“弱者は勝手に死ぬ”と切り捨てた結果だ。
故に、ウェイン達よりも強いバルステン達を優先的に狙っている。
そんな理由とは知らず逃げ惑う二人。
赤ランク彼らでさえもバジルホークの力には遠く及ばない。
なぜなら、この魔物は本来金ランク以上の冒険者――所謂、人外に一歩足を踏み入れた人間が相手する魔物なのだから。
毒も持たない二匹のアリが象に戦いを挑むようなもの。
加えて、地の利も身体能力も魔法の火力も圧倒的に相手の方が上。
バジルホークにとってこれは戦いではない。娯楽だ。
その一方で、この状況がかえってウェイン達には好都合だった。
なぜなら、弱い故に見逃され今も辛うじて生きているから。
もっとも、この話はバジルホークに当てはまっただけの話であり、他の魔物がそうである保証はどこにもないのだが。
「やめ――があああああ!」
魔術師であるセイクがバジルホークの強靭な爪にやられた。
さらに彼は纏っていた炎であっという間に全身があぶられていく。
そんな耐えがたいほどの痛みが彼の断末魔に変換される。
「セイク! 何やってんだこの役立たずが! クソ、他に盾は......!」
他に生き延びる方法を探すバルステンはあたりを見渡す。
瞬間、後ろの様子を警戒していたウェインと目が合った。
同時に、男はニタァと邪悪な笑みを浮かべていく。
瞬間、不味い、こっちに来る! とウェインはすぐに逃げようとする。
しかし、彼には手負いのカエサルがいるのだ。置いて逃げることもできない。
すると、すぐ背後からバルステンの声が届いた。
「こっちだ、クソ鳥!」
「うっ!」
バルステンに服を引っ張られ、ウェインが着ている服の襟がのどに食い込む。
そして、少年はそのまま後ろへと追いやられ、憎き男は先へと走って遠ざかっていく。
その光景を苦々しく見つめていた少年の背後からは火傷するような熱波が伝わってきた。
「ピヒャアアアア!」
「え?」
すると、バジルホークは甲高く鳴き、ウェイン達を通り過ぎる。
「は?」
ウェインの数メートル前方を走るバルステンの顔面をバジルホークの足が捉え、さらにアイアンクローするように持ち上げた。
「アアアアァァァァ‼」
ウェインの目の前でトラウマものの光景が広がる。
散々バカにして仕舞には囮にしようとした男達が皆死んだ。
そのことには、ざまぁみろ、とはウェインも思った。
しかし、それはそれとして目の前で大の男が一瞬で狩られたのも事実。
自分よりもベテランの冒険者が為すすべもなく逃げ惑い、やがて追いつかれ焼死していく。
少年の足が動かなくなるには十分な理由だった。
「ウェイン、お前だけでも逃げろ」
すると、カエサルが近くの木の枝を武器にし、バジルホークに対して構えた。
どうやら彼は自らを囮にすることで仲間を生かす選択肢をしたようだ。
しかし、そんな行動を仲間のウェインが許すはずがない。
「ふざけんなよ! お前も生きるんだよ!」
「この状況でどうやって......考えろ。二人で死ぬよかマシだろ。ユーリを一人にするな」
「だけど.....」
「走れよ!」
怒気と諦念の混じったカエサルの声。
きっと叫ぶだけでも辛いだろうに。
その必死に叫びの意味が分からないウェインではない。
彼はそっと拳を震わせた。
込み上げる涙も決して流してはいけない。
仲間の覚悟を無駄にしてはいけない。
「ウォオオオオ!」
カエサルがバジルホークに向かって動き出す。
同時に、ウェインは別方向に向かって走り出した。
それに対し、強者は冷静に、そして合理的に動く。
「ウェイン!」
バジルホークが向かったのは当然ウェインの方だ。
傷を負って死にかけのカエサルよりも、まだ動ける方を仕留めるのが最適と認識したのだ。
まばたきした時には、ウェインの眼前にバジルホークが接近していた。
両足のかぎ爪を構え、仕留める形だ。
避けるには猶予も覚悟も足りない。
「流々蛇咬」
刹那、アナコンダのようなサイズの水で形どられた蛇がバジルホークを襲った。
水の胴体でバジルホークのかぎ爪から炎を奪い、さらにヘビの頭が顔に噛みつく。
「ピギャッ」
すると、水で形成されてるヘビの頭はたちまちバジルホークの頭を覆った。
その強者は必死にあがくも実体のない体に為す術も無し。
やがてそのまま窒息死し、まるで水のヘビに丸のみされたように体の中で動かなくなる。
その光景に呆気に取られていたウェインだったが、すぐにハッとして水の蛇が飛んできた方向を見る。
こんなこと出来る人は一人しかいない、と思いながら。
「ハァイ、元気かいボーイ達。白馬の王子様のご到着だ。
さぁ、むさ苦しい冒険者ギルドに帰ろうぜ」
そこにはユーリを前に乗せ、光で形どられた白馬に乗るここぞとばかりにカッコつけたナナシがいた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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