第129話 失意の時間
一斉攻撃を受けたヒナリータを庇い、ナナシが攻撃される。
それはこの世界に来て一番の最悪の展開だった。
なぜなら、ネズミになるまでデバフを受けた彼は一番HPが低いのだ。
そして、敵から与えられたダメージはヒナリータ自身が良く理解している。
というのも、先ほど投げられた時のダメージがレベル21に到達したヒナリータのHPで半分にまで減らされたのだ。
勇者という職業で基本的なステータスは軒並み高いヒナリータが、だ。
対して、ナナシは圧倒的なスピードを持つが、少しでもダメージを受ければ瀕死になるという紙装甲っぷり。
それを考えれば先ほどのモンシローの強烈な一撃がナナシのHPを全て持っていったっておかしくない。
この世界はゲーム風ではあるがゲームではない。つまり、HPの全損は“死”を意味する。
「ナ......ナ兄......」
ヒナリータはその場にペタンと座り込んだ。
耳を伏せ、悲壮感たっぷりな顔で起き上がらないナナシを見つめている。
そんな戦意喪失した相手には手を下さないのか近くにいるモンジローとモンシローは何もしない。
「どうした? モンロクロ―?」
「モンシローだ! さっきから微妙に名前増えてんのなんなんだ。
いや、そんなことはどうでもよくてなんかさっき殴った感触がおか――」
「ウキー、これからどうするよ?」
自分の殴った拳を見ながら何かを言いかけたモンシローの言葉を遮るように、モンイチローがこれからの展望について仲間に話しかけた。
「ウッキー、どうするって言われてもこれ以上は何もしないよ。
だって、これ以上は弱いものイジメになるし」
その何気ないモンジローの言葉がヒナリータの心に深く突き刺さった。
「ウッキー、正々堂々が師範の教えだしな。
にしても、師範が目にかけてたから理由つけて挑んでみたのになんか拍子抜けだな」
「ウキー、連携されたならキツかったかもしれないが、始めっから勇者が孤立してたしな」
先ほどの攻撃よりも攻撃力の高い言葉のナイフがヒナリータの心をめった刺しにする。
その言葉が本人達が嫌味で言っていればある意味まだマシだったかもしれない。
しかし、無自覚で放たれるその言葉に勇者に敗北のレッテルをより強くし、勇者をより絶望へと叩き込んでいく。
「ヒナから離れろ!」
ダメージから回復したレイモンドがヒナリータの周りにいる敵に攻撃を仕掛ける。
しかし、そののろまな攻撃は簡単に躱され、距離を取られてしまう。
とはいえ、今はそれでいい。現状、最優先なのはヒナリータを守ることだ。
その考えは同じなようでゴエモンとレイモンドも集まってきた。
そんな敵意を見せるレイモンド達だったが、サルジャー達には戦う意欲はすでにないのか三体で話し合いを始める。
「ウキー、どうしたもんか。師範は戦ってみたいって言ってたけど」
「ウッキー、でも、こんなレベルじゃ師範をがっかりさせるだけだろうしな......う~む」
腕を組んでどうにか師範をがっかりさせない方法を考えるモンイチローとモンジロー。
するとその時、同じく考えていたモンシローが「あっ」と閃いたように言葉を漏らした。
「ウキー、どうしたモンシチロー?」
「ウキキー、増やすな増やすな。どこまで増やすつもりだ。
そんなことはどうでもよくて、そういや前に読んだどこかの本で“人は誰かを助ける時、何倍にも強くなれる”って書いてあったぞ」
「ウッキー、ということは、オレ達は勇者に仲間を助けに来させるように仕向けて、師範の望み通りに強くすればいいってことだな?」
「ウキキー、そういうことになるな。ってことで、丁度そこにお手軽に倒れてるネズミでも攫って行けばいいんじゃね? たぶん生きてるし」
その言葉にヒナリータが「え?」と顔を上げた。そして、僅かな安堵。
しかし、出来たのはそこまでで戦意を失った体は地面に縛り付けられたように動けない。
そんな感覚の中、勇者の目の前ではモンイチローが倒れてるナナシを拾い上げた。
「ウキー! うぉ、ホントだ。呼吸ある。運のいい奴」
「ウッキー、死んでるよりはマシだろ。それじゃ、戻ろうぜ」
「ま、待って――」
ヒナリータは手を伸ばす。決して届くことのない手を。連れていかないで、と。
しかし、そんな勇者の想いも虚しくサルジャー達はナナシを連れて洞窟の奥へ行ってしまった。
......ナナシが攫われた後のその場所は静かなものだった。
またもや誰かに守られてしまった勇者。
見守るだけが優しさと勘違いしてしまった保護者の三人。
夕暮れはすっかり夜に代わり、より静寂が辺りを包み込み、今の状況の惨めさを浮き彫りにさせる。
「う.....うぅ......うわあああああん!」
突如としてヒナリータの泣き声が夜の森に響き渡っていく。
そこにはここまでの道中の宿していた鬼気迫るような雰囲気はどこにもない。
ただ無力で、弱い、小さな少女だけがそこにいた。
―――キャンプ地近くの湖
しばらくして、泣き止んだヒナリータは湖の近くで三角座りしながらボーッとしていた。
その時の表情はまるで生気を失ったかのようであり、これまでの少女と比べると見る影もない。
そんな少女の横にミュウリンがやってきて、横に座った。
「......ナナシさんは大丈夫だよ」
ポツリとこぼしたミュウリンの言葉に、ヒナリータは視線を向けずに堪える。
「......どうしてわかるの? あの時は生きてても、きっといつ死んじゃってもおかしくないダメージは受けてた。ヒナが弱いせいで......」
「なら、ナナシさんが死んじゃうって信じちゃうの?」
ミュウリンは少しだけ意地悪な言い方で返す。
そんな質問に当然ながらヒナリータは首を横に振った。
自分の恩人が死んでもいいなんて思う人はどこにもいない。
だからこそ、その原因を招いた自分が許せないのだ。
「ヒナが弱いからこうなった。ヒナが弱いせいで守られてばっかで、守ってくれた人は傷ついて、戻ってこないお姉ちゃんもいた。
ヒナが......ヒナがいなければこんなことにはならなかった! ヒナがいなければ今頃皆楽しく暮らせてたかもしれない! ヒナがいなければ――」
ヒナリータが自分の劣情を言葉にして吐き出したその瞬間、ミュウリンはそっと小さな妹を抱き寄せる。
そして、慈愛の手でもって優しく妹の頭を撫で始めた。
「ヒナちゃん、ダメだよ。そんなこと言っちゃ。それはとても悲しい言葉。
その言葉を言ってしまったら、身を挺して守ってくれた人達が報われなくなっちゃう。
だから、守ってくれたことにはちゃんと誠心誠意感謝しないと」
「......」
ミュウリンの言葉でヒナリータの一時的な自暴自棄は止まる。
しかし、その優しい言葉をかけられてもなお自分が許せないのか姉の衣服を強く掴む妹。
自分に対する憎しみがこもったような手がそこにはあった。
「ボクはね、ヒナちゃんの気持ちがわかるつもりだよ。
ボクは魔族の王女として生を受け、人魔大戦の時には生き延びるように逃げ回った。
その時に一体どれだけの人が命を尽くして守ってくれたか」
「......なら、ミュウ姉は自分が憎くならないの? 守られてばかりの自分が」
「そりゃ、なったさ。ボクは力こそあったけど、王族の生き残りとして生き延びるために戦うわけにはいかなかった。
だから、逃げて逃げて逃げ続けて......そこにはたくさんの味方の命が消費された」
「だったら!」
「でもね、ボクは自棄にはならなかった。なってはいけなかった。
なぜなら、それがボクの命を救ってくれた弟フェインとの約束だからさ」
そして、ミュウリンは自分の忘れられない過去を話し始めた。
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