第128話 焦燥、そして失敗
ヒナリータの暴走が続く中、旅としては順調にホットマウンテンを上っていた。現在地点で言えば五合目ぐらいだろうか。
そんな勇者一行の顔には基本的に歩くことを放棄したナナシ以外疲労感が滲み出ていた。
というのも、先ほど目的地周辺にあるヒートヤーマ村で村長のムラオサからホットマウンテンの周囲で魔物が活発に暴れているという話を受け、その問題を早急に解決しようと勇者の命令でそのまま休まず弾丸登山を決めているのだ。
「なぁ、ヒナ、そろそろ休憩しないか? もう少しで日が暮れるぞ」
「もう少しだけ......もう少しだけ進む」
そんな言葉ももう幾ばくか繰り返し、あっという間に山の中腹だ。
ただでさえ山の道は登るだけでもそれなりの体力を消費するのに、夜の山は足元が見えづらくなり怪我のものとになる。
それはヒナリータとて理解してるだろうが、それでも進むことを止めない。
「アレはもはや意地になってるな」
「自分の言葉に引っ込みがつかなくなってる感じか。まぁ、嬢ちゃんも頑固なところあるしな」
「だけど、ヒナちゃんは今日ずっと一人で戦いっぱなしだよ~。
いくらレベルが上がったとはいえ、これ以上の体力の消費は危険だね」
「助けに入ろうとしても怒られるしな~。でも、流石にこれ以上は見てられないか」
先を歩くヒナリータを見つめながら仲間兼保護者四人は意見を固める。
そして、ミュウリンの魔法である<よい子よ眠れ>を勇者に向けて放とうとしたその時、丁度辿り着いたキャンプに良さそうな洞窟の見える開けた平な地に三匹の魔物が現れた。
「ウキー! 貴様ら、一体この地になんのようだ!」
「ウッキー! ここは神聖なる我らがモンキチ道場の入り口だぞ!」
「ウキキー! 道場破りか!? 道場破りなのか!? それならおいら達が相手だ!」
洞窟の上に腕を組んで並び立つ三体のサルの魔物。
その魔物はそれぞれハチマキと袖が破れた道着を着ている。
まるで長年修行を積んだ強者のようだ。
身長は百五十センチほどでそこまで大きくない。
しかし、体から発せられる闘志が見た目より存在感を大きくさせる。
それこそこれまで道中で戦ってきた魔物が石ころのような存在であるかのように思わせるほどには強者の風格がそこにはあった。
明らかに雰囲気の違う魔物に勇者一行も緊張で額に汗をかき始める。
加えて、今は疲労マックスの状態であり、戦闘としては非常にコンディションの悪い状態だ。
「やべぇ、これはとても今のオレ達に逃げ切れる相手じゃねぇ」
「中ボスってやつか? ハハッ、確かにちとヤベェな」
戦闘に長けているレイモンドとゴエモンも今の状況には苦笑い。
彼ら二人も道中で多少のレベルアップはしているが、それでもほとんどの戦闘をヒナリータに譲るもとい取られていたので、道中で戦っていた魔物が彼らのレベルと同格(レベル15ぐらい)とすれば、三体のサルの魔物は確実に格上となるだろう。
「ヒナちゃん、これは流石に加勢するよ! 嫌と言ってられる場合じゃないから!」
「ごめんね、あの魔物はヒナちゃんで一人に出来る相手を超えてる」
「......わかった」
ヒナリータも流石に自分の疲労を自覚しているのかナナシとミュウリンの言葉を受け入れた。
しかし、それでも劣勢的状況は変わりない。
唯一勝っている数も機動力の要である体力が無ければ意味がない。
ましてや、魔物が体力の回復に待ってくれるわけでもない。
「モンキチ師範の弟子! 気合のモンイチロー!」
「同じく弟子! 根性のモンジロー!」
「同じく弟子! 風邪をひいて行けなくなったモンサブローに代わりモンシロー!」
「「「いざ、参る!」」」
サッと自己紹介を済ませたサルの魔物――サルジャーの三体が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
最初に行動したのはモンイチローであり、その魔物はすぐ近くにいたヒナリータに向かって拳攻撃の<モンパチ>を繰り出す。
「くっ!」
ヒナリータは素早く剣の腹でガードする。
だが、衝撃と威力に加え疲労でもって後退させられてしまい、その隙を狙うようにモンイチローが蹴りを繰り出した。
されど、ヒナリータはその上段蹴りを体を逸らし顔面スレスレで躱せば、右手の剣を攻撃の後隙に向かって振り下ろす。
「っ!?」
しかし、それは背を向けているモンイチローの右手で右腕を掴まれ止められてしまった。
直後、モンイチローは右腕を掴んだままそ左手も添えて一気に背中を丸め投げつける。
「モンキチ師範流・投術――一本背負い!」
「かはっ!」
モンイチローに背中から叩きつけられたヒナリータ。
過保護に守られ、さらに隠した相手と戦い続けてきた勇者にとって一番大きなダメージだった。
「ヒナ!」
レイモンドが攻撃されたヒナリータに接近しようと走る。
しかし、その行動を阻害するようにモンジローが飛び蹴りしてきて、彼女は盾でガードすることを余儀なくされた。
「邪魔すんな!」
レイモンドは右手に持つ剣をブォンと振り下ろす。
剣は地面に直撃し、地面をへこませるほどの威力を生み出した。
だが、モンジローには半身で躱されてしまった。
「チッ」
これまでの敵とは違う明らかな動きを知っている強者にレイモンドは歯噛みしながら、立て続けに薙ぎ払いで攻撃を繰り出していく。
その直後、攻撃していた目標が突然目の前から消えた。
彼女は咄嗟に視界を周辺視野まで広げると、視界の右端に何かを捉え、同時に右腕が少し重くなってることに気付いた。
すると、彼女の剣の上にモンジローが乗っているではないか。
「エテ蹴り」
「ぐっ!」
決定的な隙を生み出してしまったレイモンドに対し、モンジローはすかさず顔面へと蹴りを入れて吹き飛ばした。
この瞬間、レイモンドは思った。相手は魔物じゃない......人だ、と。
一方で、モンシローは遠くにいるミュウリンに向かって狙いを定め走っていた。
しかし、その直線上にはゴエモンが割込み、行かせまいと立ち塞がる。
「行かせねぇよ――モンキークロー!」
「なっ! おいら達の技をどうしてお前が!? お前のようなサルは見たことない!
勝手にサルジャーの技を使うな! そして、これが本当のモンキークローだ!」
モンシローとゴエモンは互いに両腕を広げさせて突撃する。
そして、身長差と武器のリーチで勝るゴエモンが先に相手を間合いに入れ、一気に腕をクロスさせて先制攻撃した。
「なっ!?」
「ハッ、もう時代遅れの技なんだよ!」
しかし、その攻撃はモンシローが直前でスライディングし、ゴエモンの股下を通り抜けたことで躱されてしまった。
加えて、完全にゴエモンの裏を取ったモンシローはしゃがんだ状態から膝裏に蹴りを入れ、相手のバランスを崩すと、続けざまに後ろ回し蹴りを胴に入れて吹き飛ばしていく。
「これで残すは回復役のあのヒツジだけだ」
ゴエモンが吹き飛ばされたことを確認したモンイチローはミュウリンに向かって突貫する。
その口ぶりはまるで勇者一行の職業を知っているかのようだ。
そのことにミュウリンも目を見開く。
「ボク達のこと知ってるの......?」
「そりゃ、森の道中で見かけて観察させてもらったからな!」
「なら、それは情報不足だよ」
目前まで接近したモンイチローに対し、ミュウリンは酷く落ち着いていた。
なぜなら、彼女の羊毛の中にはただ一人存在感を隠せている仲間がいるからだ。
その仲間であるナナシが羊毛からニョキっと顔を出すと魔法を放つ。
「最大の隙は敵を狩る瞬間だってな!――びりりん」
「あばばばば!」
モンイチローに電撃が直撃する。
不意を突いたとはいえ、初めて敵にまともに与えたダメージだ。
その攻撃で怯んだ所にミュウリンがすかさず手にしていたほら貝で殴る。
「痛みは気合で克服!」
「くっ!?」
その瞬間、モンイチローは電撃を浴びながら蹴りでミュウリンの攻撃を弾く。
そして、思わぬ反撃に動揺を見せた相手にそのまま回転の勢いで後ろ蹴りを放った。
その蹴りはミュウリンの胴体に直撃する。
その展開は皮肉にもナナシの言葉が跳ね返ってきたような形になってしまった。
「ウッキー! 大丈夫か? モンイチロー?」
「ウキー! 問題ない。それよりも今がチャンスだ。行くぞ、モンジロー! モンサブロー!」
「ウッキー! おうとも!」
「ウキキー! おいらはモンシローだ!」
レイモンド、ゴエモン、ミュウリンと大きい目標が一時的に動けなくさせた所で、三体のサルジャーが一斉にヒナリータに向かって襲い掛かる。
「モンゴロー! 構え!」
「ウキキー! モンシローだ!」
先行して走り出したモンシローはヒナリータの数メートル手前で背を向け、さらに中腰状態になり両手でバレーのレシーブのような受け皿を作る。
すると、そこにモンジローが走ってきて、両手に彼が乗った所をモンシローが上に投げ飛ばせば、その数秒後に同じようにモンイチローも投げ飛ばした。
そして、空中では最高到達点から落ちたモンジローの上にモンイチローが乗り、モンジローを足場にすることでモンイチローはさらに高く跳んだ。
「これがオレ達の合体技――モンキースタンプだー!」
モンイチローは落下エネルギーを加えた拳を地面に叩きつける。
その瞬間、半径五メートルほど地面が凹んだ。
すると、その範囲に入っていたヒナリータはあまりの敵の猛攻に少し身を怯ませながらバランスを崩しいく。
そんな決定的な隙を逃す相手ではない。
「今だ、かかれ!」
モンイチローの言葉にモンジローとモンシローがヒナリータに接近する。
最初に攻撃を仕掛けたモンジローの拳の攻撃はなんとか剣でガード出来た勇者。
だが、疲労による体の制御の効かなさと、地面が壊れたことによる不安定さで背後に回ったモンシローの拳には対処できない。
――その時だった。
「ヒナちゃん!」
「きゃっ!」
どこからともなく現れたナナシが凄い勢いでヒナリータの頭を横からタックルする。
その衝撃で勇者は攻撃を回避した。しかし、代わりにその攻撃範囲にナナシが入ってしまう。
―――ドゴッ
「ふがっ!?」
「ナナ兄!?」
モンシローの渾身の右ストレートがナナシの顔面に直撃する。
そして、ネズミ体形の彼はあっという間に吹き飛ばされて木に叩きつけられてしまった。
それから、彼はそのまま木に張り付いたまま地面にポトッと落ち、動かなくなった。
その瞬間、目の前で起きた光景を目に焼き付けるように見てしまった勇者は敵を目の前にしながら、戦意喪失してしまった。