第127話 良くない展開の兆し
“ザブザブの海”ことウェーブマリンから出発した勇者一行は次なる目的地である“アッチッチ火山”ことホットマウンテンに向かっていた。
そこまでの道中は当然魔物が出現し、倒しながら進んでということを繰り返しながら、シャチークとの戦いでの反省を踏まえてレベリングしていく。
その行動自体は素晴らしいものだ。相手がかなりの強敵であり、ナナシの“ズル”が無ければ倒せないほどの存在だったが、もしそこですでにかなりのレベルに達していたのなら、そのまま“ズル”なしで戦えていたかもしれない。
しかし、問題があったのはとある人物の過剰なまでの闘争心だった。
「またドッペルゲン蛾が二体にカマントだ」
勇者一行の前に現れたのは影のような蛾と歯をカチカチさせてる七十センチほどのアリだった。
その魔物達はホッとマウンテンに行くまでの道中に現れる存在であり、これまでも何回も戦ったことのある相手だ。故に、戦い方もわかる。
「ヒナが一人でやる。手を出さないで」
その魔物相手に新調したマリンソードを両手で握って前に出たのがヒナリータだ。
相手が戦闘経験のある魔物とはいえ、複数いる以上一人で挑むのは常識的に考えれば良くない選択肢だ。されど、勇者は目に狂気じみた闘志を宿して一人突っ込む。
勇者の背中からは「一人じゃ危ないよ!」とミュウリンの頭に乗るナナシの声が飛んでいるが、その言葉を気にすることなくカマントに向かって襲い掛かった。
勇者は頭上に掲げた剣を振り下ろし、強烈な斬りつけ攻撃である<ハイスラッシュ>でもってカマントを一撃で倒した。
そのままドッペルゲン蛾に移行するが、その魔物は羽にある目のようなものから<催眠波>を出して勇者を近づけないように行動する。
しかし、勇者は強化された肉体でもってその状態異常攻撃を容易く躱すと、素早く斬り上げて一体めのドッペルゲン蛾を一刀両断。
さらに同じく<催眠波>を仕掛けようとする二体目のドッペルゲン蛾に対し、剣を投げつけると、剣先に刺さったその魔物はそのまま背後の木にぶつかり体固定されてしまった。
「終わり」
勇者は淡々とそう呟きながら、柄頭に向かって蹴りを入れて剣を押し込んだ。
それがドッペルゲン蛾の致命傷になったのかその魔物は粒子状に消え、勇者の経験値の糧となる。
一連の戦闘が終わった勇者は剣を引き抜くと、後ろで見守っていた仲間達を見た。
その時の彼らの表情が純粋に強くなった勇者に対し、感心するような表情であるかというとそれだけではない。
「ヒナちゃん、何も一人で倒さなくても......俺達もいるんだよ?」
「......ヒナが弱かったから誰も信じてくれなかったし、陰キャも死にかけた。
この旅でヒナは守られるだけの存在じゃないと思えてきても、それは思い過ごしだって否定された。
だから、今度は誰かを守れるように強くなる。実績が必要といったのはナナ兄だよ」
冷たく言い放つヒナリータは剣を柄にしまうと、一人先を歩き始めた。
その小さな後ろ姿を見ながら仲間兼保護者の四人は渋い顔をする。
「なぁ、これ完全に悪い方向に考えが進んでねぇか?」
「どうすんだよ、大将。完全にダークサイドに片足突っ込んでるじゃねぇか」
「このまま見守るのもなんだかな~って感じだよね。
でも、ナナシさんが僕の頭に乗ってる時点で難しいんだよね」
「そうなんだよな。聞く耳を持たれなきゃいくら声かけたって意味ないし」
実の所、ナナシがミュウリンの頭に乗っているのはヒナリータに拒絶されたのが始まりである。
というのも、ナナシの勇者に向けた言葉が彼が思った意味で伝わっておらず、どちらかといえば“弱いから否定された”という意味合いの方が大きく伝わっているのだ。
その結果、勇者は一方的にナナシを突き放すような感じになっており、定位置である勇者の肩に乗ることが出来ないのだ。
ちなみに、その時の拒絶されたナナシの様子は胸に手を当ててしばらく真っ白になっていたという。
また、それは勇者の行動にも表れ始め、魔物が出現すれば先ほどのように一人で突撃し戦闘を終わらせてしまうのだ。
この世界での冒険はRPG的要素があるが、経験値は戦闘した相手にしか入らずパーティで共有されるわけではない。つまり、戦う一人だけがレベルが上がっていくのだ。
そして、現在の勇者のレベルというとレベル19。その他ののメンバーの平均レベルがレベル14であり、この時点で一人で5レベルも上がっているのだ。
当然ながら、レベルアップすることは強くなることであり、レベルが上がる分には問題ない。
しかし、この冒険はゲームではなくリアルなので、一人で戦い続ければチームとしての連携は無くなってしまう。
チームとしてはチームプレーが出来ないのは追放案件である。
もちろん、保護者四人が見捨てることはないので、形としては勇者を支えるようなチームプレーになるが、それでも一人が独断専行で動き続ければ必ず綻びが生まれる。
その綻びが決定的なミスを生んでしまうことになることを保護者四人は恐れているのだ。
「また、魔物。片づける」
ヒナリータは目の前に現れた魔物を仕事のように淡々とこなしていく。
そこにはこれまでの旅にはあったワイワイとした楽し気な雰囲気はどこにもない。
「ヒナ、一旦休憩しないか? 流石に戦闘のし過ぎで疲れたろ」
「問題ない。レベルが上がったことで疲れにくくなってる。進めるうちに進む」
レイモンド撃沈。彼女はそっと手で目を覆った。
「ぎゅるるる~~~......アハハ、わりぃ腹の虫が鳴っちまった。やっぱ休憩に――」
「食べながら歩けばいい。戦闘はヒナがやるから」
ゴエモン撃沈。彼は大人しく歩きながら食べ始めた。
「ヒナちゃん、一緒にお歌でも歌わない? 前は一緒に歌ってたし、どうかな?」
「ミュウ姉、今はそれどころじゃない。旅に集中して」
ミュウリン撃沈。彼女は静かに悲しそうな顔で俯く。
ナナシよりも気軽に声をかけられる立場の三人があっという間にやられてしまった。
残すはナナシとなったが、勇者がこうなった元凶と考えればやるだけ無駄だろう。
「これはさすがに不味いけど......ここで手を出すのはな~」
さしものナナシも苦笑いを浮かべながら危機感を抱き始めた。
仲間の行動が制御できないというのはチームプレーの崩壊の兆しであり、その先に待つのは確実なバッドエンド。
となれば、唯一“ズル”が使えるナナシがヒナリータの行動に強制介入する手もあるが、それをすれば今度こそ決定的な溝が埋まれヒナリータは信用してくれなくなるだろう。
それにそれを使えば今度こそ勇者のための冒険では無くなってしまう。
それはナナシにとって何よりも避けたいことであり、故に“ズル”は使えない。
「最悪の場合は荒療治かな~。だけど、それはかなり分の悪い賭けになるし、それに解決方法は当人次第になってしまう。ハァ、もう少し考えてみるか」
そう呟きながら最良の方法でどうにかヒナリータの考えを正せないか思考を続けるナナシ。
しかし、そんな彼の思考と裏腹に最悪の荒療治が不本意な形で始まってしまうのであった。
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