第126話 預かる身として
異様な雰囲気で始まった討伐作戦。
それを指揮するナナシがまず初めに魔法を発動させた。
「行け、大量ネズミの大軍行」
瞬間、シャチークが形成する球体の外の土塊やサンゴ礁の一部が崩れ出し、その素材で出来たネズミが生まれた。
一匹、また一匹とネズミ算以上に数を増していく土塊ネズミは数にして千匹ほどになると、イワシの大群のようにまとまって球体に突撃した。
その突然の外側からの奇襲はシャチークも口を開けてしまうほどの衝撃のようだ。
しかし、土塊ネズミが球体に突っ込んでいくそばから肉体に弾かれてバラバラに崩れていくのを見て、海の王は気にするほどまでは無いと侮った。否、侮ってしまった。
大量に突撃する土塊ネズミはその大半がバラバラになるが、一部はその弾かれるのを逃れて海の王に張り付き始めたのだ。
まるで鉄砲も数うちゃ当たるといった状況になり、だんだんと土塊ネズミの重さで海の王の動きも鈍り始めた。
「クソ! 離れやがれ!」
「今だ!」
シャチークが身をよじって土塊ネズミに対処し始めた瞬間、動きが一瞬緩んだ。
その直後、ナナシが叫びヒナリータと陰キャ君以外の全員が突撃していく。
「しまった!!」
焦るシャチークに全員がガシガシとくっつき虫のようにくっついて離れない。
腕がない海の王は直接引きはがす術がないため、身をよじったり動き回ってどうにかこうにか剥がそうとするが、時間経過するたびに土塊ネズミがくっつき重さで動き回ることも難しくなった。
「ヒナちゃん、今だ!」
ナナシの叫ぶ声。その声にピクッと耳を反応させたヒナリータはギリッと歯を噛み締め、剣の柄をギュッと握った。
その様子を陰キャ君が心配そうに見ていると小さな勇者はそっと左手を彼の背に触れさせる。
「......大丈夫、行こう。皆が作ってくれたチャンスは逃せない」
「......わかりました」
ヒナリータの指示に陰キャ君は従って泳ぎ始める。
この時、小さな勇者は確かに思った――これは自分が弱いからだ、と。
弱いから守られてばかりで、弱いから信用されない。
もっともっと強くならなきゃいけない。誰よりも強く!
「これで終わらせるっ!」
シャチークの眼前に迫ったヒナリータは両手で逆手に持った剣を頭上に掲げる。
そして、目元から僅かに涙を零し、悔しさに口元を歪ませながら、海の王に剣先を突き立てた。
「がはっ......オレ様としたことが無様な姿を晒しちまった。
だが、これもまた弱肉強食......そういう意味なら仕方ねぇ」
ヒナリータに刺され、風前の灯火となったシャチークは自分の死を悟ると、頭に乗せていた王冠を取るよう勇者に指示した。
「勇者よ、テメェはオレ様から王座を簒奪した。ならば、その王冠はテメェが持つのが相応しい」
「......」
その言葉にヒナリータはただ黙ってじっと見つめるだけ。
そんな勇者の顔を見たシャチークは最後の力を振り絞って言葉にする。
「何があったのかは知らねぇが、勝ったのなら喜べ。じゃなきゃ、負けたオレ様が惨めじゃねぇか」
「......わかった。王冠を貰っていく」
「それでいい。じゃあな、テメェがイイ女になった時にでもまた会いに来るぜ」
その言葉を最後にシャチークの体は粒子状となって消えた。
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「村を救ってくださりありがとう。
囚われた仲間達も無事に帰ってきて、ワシの娘も感謝しておった。
そして、これがお礼のマックスポーションじゃ」
「おう、そうか。それは良かった。これはありがたく貰っておくぜ」
ビッグウォター村に戻ってきた勇者一行は村長のソンチョウにシャチークを倒したことを伝えた。
それを聞いたソンチョウはお礼に体力と魔力が回復するマックスポーションを渡し、それをレイモンドが受け取った......まではいいのだが、少々問題が発生しているのだ。
「それで......勇者様はどちらに?」
村に報告しに来てくれた勇者一行の中に勇者がいないのだ。
そのことにレイモンドは「あぁ、それなら......」と少しバツが悪そうな顔をして振り返る。
その視線を追っていけばそこには夕暮れで赤く染まる海を見ながら浜辺で黄昏るヒナリータの姿があった。
「ちょっと疲れてるだけだから気にしないでくれ」
「そうかい。なら、ワシが感謝していたことを伝えておいてくれ」
「あぁ、わかったぜ。ちゃんと伝えておく」
ソンチョウとの話もひと段落済むと、レイモンド達は改めて遠くに見える小さな女の子の背中を眺めた。
すると、その原因を作ったであろうミュウリンの頭の上にいるナナシにゴエモンが問いかける。
「大将、いいのか? あのままで」
「今の俺が何を言ったところで火に油を注ぐようなものさ。今は触れない方が良い。
それにもともと俺はこの世界で基本的には自由で色々なことを経験して、悩んで、考えて、解決して欲しいと思ってるから俺の言葉にどう考えるかだね」
「にしては、結構キツめの言い方だったと思うぜ。
ま、テメェが考えなしに言ってるわけじゃないことがわかってたから黙っていたが」
レイモンドが自分の気持ち的には陰キャ君に近かったことをハッキリと吐露した。
しかし、それでもナナシは自分の主張を曲げるつもりはないらしい。
「子供に調理を教える際に火の取り扱いを注意しながらも見守るように、多少の危険はその子の成長だと思って手を出さないこともある。
だけど、今回のボスの場合は精霊の実を食べていたことでイレギュラー的な強さに匹敵していた」
精霊の実はこの世界にしか存在しない精霊が食べるための果実だ。
しかし、精霊以外も食べることができ、その場合自分のあらゆる能力値が一段跳ね上がるのだ。
つまり、食べれば食べるほど強くなるということであり、それを食べ続けたシャチークは例外的な強さに匹敵していたのだ。
「あの時ヒナちゃんの作戦は危険な賭けではあったが、確かに有効的な作戦だったと思う。
だけど、俺達の立場で絶対に忘れちゃいけないのは、俺達は帰りを待つ母親の帰りを持つ娘さんを預かってるという身ということだ。だから、俺はヒナちゃんにゴーサインを出せなかった」
「......そうだな。テメェの意見が正しいと思う。オレ達は保護者だ。それは忘れちゃいけねぇ」
ナナシの正当性のある言葉に誰もが納得する中、その時に起きた明らかな不自然を指摘したのはミュウリンだった。
「ねぇねぇ、ナナシさん。一つ聞いていい? ナナシさん、本来なら使えない技使ってたでしょ」
それはナナシがミュウリンと協力してシャチークにダメージを与えた時と、相手の大技を打ち破る際に発動させた魔法についてだ。
そのことはレイモンドとゴエモンも気づいていたようで、ナナシも苦笑いしながら白状した。
「アハハ......さすがにわかっちゃうか。といっても、俺もたまたまこの村に来る道中の夜で暗かったらから<照明>を唱えたら出来ちゃって、そのまま他の魔法も発動させられることに気付いただけなんだけどな」
「そうなのか。う~む、俺は無理そうだな。<鬼火>を出そうとしても発動しない」
「オレもだ。盾の召喚魔法が発動しない」
「ボクも~」
「それじゃ俺だけか。ちなみに、この姿はどうやっても戻せなかったよ」
原因不明な状況に全員が首を傾げる。解決しようにもとっかかりが何もない。
であるなら、現状考えるだけ無駄だという結論に至ったナナシはすぐさま思考を切り替えた。
「ま、いずれわかるかもしれないし今はそこまで気にしなくていいだろう。
それに俺はこの度はあくまでヒナちゃんの冒険譚であって欲しいから極力使わないつもりだよ。
なんたって道化師は夢と笑顔をサポートするのがお仕事だからね」
「ヒュ~、ナナシさんカッコいい~!」
「よせやい、褒めるなよ」
ミュウリンからのノリのいいコールにナナシは身をよじらせて照れた。
しかし、そこにすかさず残りの二人からの毒が飛ぶ。
「ま、現に嬢ちゃんから笑顔消えてるけどな」
「頭の中、ネズミの丸焼きでも考えてるかもな」
「やめてよ、ワンチャンありそうなんだから」
それからしばらくの間、大人達は小さな勇者を見つめ続けた。
―――カァカァカァ
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)