第123話 キラーバイティング#2
「ガハハ! そんなノロマだと突っ込んじまうぜ!」
勇者一行の後ろから追いかけて来るシャチークは手に持っていた三又の鉾を進行方向にかざすと、自身の体を回転させ始めた。
やがて回転速度はドリルのように高速になり、そのまま突撃していく。
「オルカスパイラル」
その攻撃に気付いたヒナリータはすぐさま「陰キャ、後ろ!」と叫び、注意喚起する。
その声を頼りに陰キャ君が大きく右に逸れると、元居た場所にシャチークが高速で通り過ぎていった。
勇者のおかげでダメージこそなかった陰キャ君だが、シャチークの通り過ぎた余波で体が揺さぶられ、進む速度が一時的に低下した。
「おいおい、あんなの食らったら海の藻屑になんちまうよ」
「アレが親分です。それにこんなものはまだまだ序の口です」
ナナシの言葉に陰キャ君は目の前を泳ぎ過ぎていくシャチークを見ながらギリッと歯を噛み締めた。
すると、彼の言う通り海の王は勇者一行の誰よりも先を泳ぎ、突如として反転すると、強靭な尾を横に振るう。
「テールウィップ」
その尾から放たれた斬撃は海流の幅いっぱいに広がり、流れを断ち切りながらドルピッグ達に突っ込んでくる。
途中にある巨大な岩を切断しながら迫るその攻撃の直撃は不味いと感じたドルピッグ達はそれぞれ一斉に上下方向へと泳ぐことで斬撃を躱した。
「まだまだ!」
シャチークはドルピッグ達が自身の攻撃を躱すことで発生した僅かな速度減少を狙うように、海流に逆らいながら近くにいる不良君に迫った。
「ヒレ威!」
「オウオウ、これはヤベ――」
「やらせるかっ!」
シャチークがヒレでもって辻斬りのように攻撃を仕掛けたが、それはレイモンドのシールドによって防がれた。
何とか防ぎ切った彼女であったが、手に持っていたシールドには深々と傷跡が残っている。
まともに受けていれば致命傷は避けられなかっただろう。
「ガハハ、防いだか! やるじゃねぇの! なら、次は確実に当ててやる」
シャチークはそう言って海流に逆らいながら泳いでいき、やがてその姿を隠した。
その行動に全員が警戒した様子であたりをキョロキョロと見回す。
しかし、周りを見てもどこにも敵の姿は無い。
「っ!?」
悪寒を感じたゴエモンが咄嗟に下を見ると、もうすぐそばに黒い影が迫っていた。
「熱血! 下だ!」
「なっ!?―――がっ!」
「まず一体!」
海流の下から真っ直ぐ迫ってきたシャチークは背びれでもって探偵君を打ち上げる。
直後、攻撃が直撃した熱血君は口から血を漏らし、ゴエモンはバランスを崩して落ちていった。
しかし、熱血君の相棒は流されてもなおミュウリンの名を叫ぶ。
「回復シャボン!」
ゴエモンの意図を理解したミュウリンはすぐさま回復魔法でもって流される熱血君を回復させることで、幸いなことに彼は復活することが出来た。
後少し相棒が気付くのが遅ければ一撃死していただろう。
「ゴエモン!」
熱血君は復活するやすぐにゴエモンを追いかけた。
しかし、海流を逆らうの難しい上に、シャチークの攻撃を回避しなければいけない。
そう覚悟していた熱血君だったが、レイモンドがゴエモンの手を掴んでいたのですぐに元の状態に戻すことが出来た。
「ありがとよ、レイモンド。それと熱血は大丈夫だったか?」
「あぁ、全然大丈夫じゃなかった! だが、ミュウリンのおかげで無事生きている! だよな!?」
「みてぇだな」
その事にミュウリン&探偵君コンビも「良かった~元気になって」や「バーロー、心配させんなバーロー」と安堵の言葉を漏らした。
そんな中、同じように安堵しながらも陰キャ君だけは冷静に状況を分析する。
「でも、これで親分が変則的な動きをすることがわかりましたね」
その言葉を受け、ヒナリータは少し考えると発言した。
「なら、たぶん次はミュウ姉を狙ってくるはず。
ヒナ達のパーティの中でメイン回復役はミュウ姉だけだから」
「なら、あえて一緒に行動するか?」
「防御重視ってことか。試してみる価値はあるな」
レイモンドとナナシは互いの意見を一致させると、それはパーティの総意となり、勇者一行全員が集まり始めた。
勇者一行を背に乗せたドルピッグ達は互いの泳ぎが邪魔にならないようギリギリの位置を保ちながら泳いでいく。
その一方で、そんな行動をする勇者一行を海流の外から眺めていたシャチークは鼻で笑った。
「ハッ、皆集まれば奇襲も怖くないってか。そりゃオレ様を舐め過ぎだぜ!――オーシャンキャノン!」
海流を使って泳ぐドルピッグ達と並行しながら泳ぐシャチークは、一瞬彼らよりも先を泳いぐ。
そして、タイミングを見計らえば眼前に浮かべた魔法陣から水の砲撃を放った。
「「「「「っ!?」」」」」
それは海流の勢いよりも強いのか虚を突かれた勇者一行の目の前で砲撃が通過する。
ドルピッグ達は体をぶつけ合いながら咄嗟に反転すると、自身の勢いをほぼゼロまで殺した。
しかし、シャチークの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
―――ゴゴゴゴゴッ
水流がとんでもない音を鳴らしながら海流を割くように横へ移動してきた。
水の砲撃を放つシャチークが首を横に振って薙ぎ払っているのだ。
その攻撃を避けようにも、海流に逆らって泳ぐほどの推進力を生み出せないドルピッグ達はすぐさま上へ泳ぎ、海流から飛び出す。
完全に相手のペースに飲まれている勇者一行の目の前にシャチークが敵意も見せずに悠々と泳いで近づいてきた。
「ガハハ、目的地まで残り三分の一ってとこまで仕留められないってのは初めてだ。やるじゃねぇの。
だから、ここからはオレ様も数を使って攻めることにしよう。もともとはそういう組織だからな」
「ま、まさか......!?」
「今度は十五秒カウントにしてやるよ。もっともオレだけに注意してたら死ぬけどな」
そして、カウントを始めたシャチークに対し、ドルピッグ達は尻尾撒いて逃げるように海流に潜り込んで距離を取り始めた。
「陰キャ、今の言葉はどういう意味?」
「周りを見てみてください」
ヒナリータが先ほどのシャチークの言葉の意味を尋ねると、陰キャ君は周囲に答えがあると教えた。
その言葉通りに勇者が周りを見る。すると、そこには同じ海流の中で何体ものドルピッグ達が囲んでいた。
「ワシらもここからは敵として参加するから夜露死苦!」
「親分はサシで勝負するとは言ってねぇからな!」
「親分に敗北の二文字はいらねぇ!」
周囲を囲むドルピッグ達が次々に発言する。どうやらこれが先ほど言葉の意味のようだ。
圧倒的な数で囲い込みながら親分が勝つように子分達が邪魔をする。
これがキラーバイティングの最終ウェーブの状況である。
「行くぞ! やろうども!」
一体のドルピッグが叫べば一斉に激突してきたり、手に持っていた剣で攻撃してくる。
それに勇者一行が対処していると、十五秒カウントを終えたシャチークが五秒と経たずに追いついてきた。
「気合入れろ! おんどりゃ!」
それから、ゴールまでのシャチーク達の猛攻が始まった。
三分の二を泳いだ前半戦とは違い、体感だけで言えば残り三分の一の方が長い道のりを泳いでいる感じさえする勇者一行。
それもそのはず激しい攻撃の雨によってドルピッグ達が泳ぐことに集中できていないからだ。
速度低下した状況の中を、敵ドルピッグ達による弾幕攻撃とシャチークによるほぼワンパン攻撃が襲うのだ。勇者一行につくドルピッグ達の泳ぐ速度が遅くなるのも無理ない。
しかし、そんな猛攻の中でも勇者一行はめげずに防ぎ、躱しを続け、やがて見えてきたゴールへ海流を飛び出し辿り着く。
瞬間、シャチーク達の攻撃がピタッと止まり、勇者一行は安堵の息を吐く。
「ハァ~、生き残った~。やるじゃん陰キャ君」
「そこはもう死に物狂いでしたよ」
「ん、お疲れ」
鬼畜少女と思っていたヒナリータからのお褒めの言葉に陰キャ君は感動した。
他のコンビもそれぞれ互いの健闘を称え合うっていると、少し遅れてシャチークがやってきた。
「ガハハ、まさか子分達が参加しても動じない度胸に、さらに攻撃を防ぎきるタフネス。気に入ったぜテメェら!
さて、約束通りに元子分のテメェらはこれから自由だ。好きなように生きな。後はオレ様と勇者一行の勝負だ」
シャチークの言葉に勇者一行の専属ドルピッグ達は動く気配を見せない。
自由を確約された今ならどのように生きたっていいにもかかわらず、だ。
その様子に元親分も首を傾げた。
「どうした? なぜどこにも行かねぇ? 自由にしていいんだぞ?」
「な、なら、ヒナさん達はどうなるんですか?」
陰キャ君の強い眼差しにシャチークは、何を当たり前のことをという言葉を纏った様子で答えた。
「コイツらの目的はどうせオレ様が持つクリスタルを取り戻すことだ。
となれば、どうあがいたって戦うことになる。そこは避けられねぇ事実だ。
むしろ、テメェらの方がおかしいことを言ってるのを理解してるのか?
テメェらは理不尽にボコられて乗り物にされてんだぜ?」
シャチークの言葉は実に的を得ていた。
しかし、今のドルピッグ達にはその事実から目を背けてでも動く理由がある。
「オウオウ、確かに親分の言う通りだが、オレ達は親分から生きてレースに勝つっていう果てしねぇ夢を叶えたんだ」
「バーロー、それにそのレースで勝つには勇者達の救いがなければ無理だったバーロー」
「それはもはや命の恩人と同義! だよな!?」
「ってことで、ボク達は助けてもらった恩人のために戦います。これもボク達の自由のはずですから」
元子分達の意見を受け、シャチークは上機嫌に笑った。
まるで自分が見たかった仁義がそこにあるかのように。
「ガハハ、確かにオレ様の言葉の方が野暮だったみてぇだな。
なら、前座はこれで終わり。これからはオレ様と勇者一行の勝負と行こうじゃねぇか。
もちろん、ここからはオレ様一人の勝負だ。明言しよう」
その瞬間、シャチークは手に持っていた鉾先をヒナリータに向けた。
そのようなことをされても臆さない少女の強い瞳に親分はニヤッと笑う。
「やはりいいな。その目は。よし、この勝負でオレ様が勝てばこの勇者を嫁にもらう!」
「「「「「っ!?!?」」」」」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)