第121話 海の一難
「全員各々のドルピッグに乗ったな?」
レイモンドの掛け声に他の仲間達はコクリと頷く。
そんな勇者一行の下には当然先ほどボコボコにしたドルピッグがいた。
「よし、それじゃあテメェら、ボスの所まで案内しろ」
「オウオウ、姉御の言う通りにすんぞ! 全員聞いたな?」
「ふふっ、これからは仲間としてよろしくね~」
「バーロー、仕方ねぇから付き合ってやるよバーロー」
「さっきの敵は今の友! だよな!?」
「ハッハッハ、良い事言うじゃねぇか」
すっかり身も心も舎弟に成り下がったドルピッグ三体の姿に、一体だけ眼鏡をかけているドルピッグだけが違う反応をした。
「えぇ......なんでもう皆普通に従ってるんですか?」
当然と言えば当然の疑問だ。
しかし、この世は弱肉強食であり、弱者は強者に従うのがルール。
よって、強者になったヒナリータの答えはこうだ。
「......ひき肉にするぞ」
「ボクの上にいる少女が一番物騒なんですけど!?」
もちろん、ナナシ以外には心優しいヒナリータがこんなセリフを言うわけもなく身内の小動物に唆されただけだったが、言葉の効果はテキメンで眼鏡ドルピッグは大人しく従った。
すると、何かを考えるように腕を組んでいたナナシが発言する。
「なんというか、ドルピッグって種族名じゃん?
だから、これからは認識しやすいようにそれぞれ名前を与えて上げようと思う」
「......どんな?」
「ま、ここは見た目からってことでレイモンドのパートナーが不良君、ミュウリンのパートナーが探偵君、ゴエモンのパートナーが熱血君、そして我らが勇者の下僕が――」
「え? 下僕?」
「キャラ薄君だ」
「なんかネズミに酷い事言われてる!? なんでボクだけ悪口なんですか!?」
抗議してくる眼鏡ドルピッグもといキャラ薄君にナナシは「わかったわかった」と再案を出した。
「陰キャ君で」
「そんなに変わってない!」
「うるさい。耳もとと足元で叫ぶな。もうそれでいい」
ヒナリータの鶴の一言でキャラ薄君もとい陰キャ君に決定。
そして、それぞれにパートナーと名前が決まった所で勇者一行は海へと入水した。
勇者一行の指示によりようやく海に戻って来れたドルピッグ四体は、動きが制限される陸とは違い思い思いの動きをする。
「オウオウ、オレの泳ぎはこんなもんじゃねえ! かっとばしてくぜ!」
「バーロー、はしゃいで泳ぎ回るな。ここは優雅にトルネードだろバーロー」
「オレの泳ぎが一番荒々しく美しい! だよな!?」
「あーもう、皆落ち着ついてよ! 遊びじゃないんだから!」
テンション上がって動き回る仲間達をなんとかまとめようとする陰キャ君。普段の彼の苦労が伺える一面だ。
ただ実の所、海という普段は味わえない特別な世界を楽しんでいたのはその魔物達だけではなかった。
「ひゃっほー!」
「ハハッ! こいつはすげぇ!」
「まさか魔物の背に乗って海を泳ぐ日が来るとはな」
「水中バッジのおかげで呼吸も楽だし、体も地上と同じように動かせるね」
「感・動っ!」
ナナシ、レイモンド、ゴエモン、ミュウリン、ヒナリータは全てが水に包まれた世界にテンションが爆上がりしているようで、まるでおのぼりさんのように海中を泳ぐ生き物や自生する植物見て楽しんでいる。
さながら気分はスキューバダイビングをしているような感じだろうか。
そんなせいかドルピッグ達が「今から海流に入りますよ」という言葉も聞こえていない。
その結果、その魔物達が海流に入った瞬間、一番体重の軽いナナシはすぐさま流されていった。
「あ、あれれれ~~~!?」
「ナナ兄!? 陰キャ、ナナ兄が流された!」
「なんだって!?」
海流の力と自身の推進力で進むドルピッグ達から離れたナナシは、まるで電車から飛び降りるスタントマンのように後ろへ流される、否、置いていかれる。
ヒナリータの声に反応した陰キャ君はすぐに助けに向かおうとするが、海流の流れに逆らうのは暴風に逆らって進むも同じで、いくら頑張っても戻ることは出来ず距離はどんどん離れていく。
陰キャ君は流れに逆らうことを諦めると、海流を斜めに進んで流れの外に出た。
その流れは海を泳ぐ巨大な大蛇のようなものだ。大蛇の体を出れば来た道を戻るのも容易い。
「あっ! いました、ナナシさんです! 必死にもがいてますが、案の定全然意味がありません!」
「まぁ、ナナ兄はネズミだから。でも、助けられはするんだよね?」
「それは可能ですが、一つだけ不安要素があります。
というのも、ここら辺の海域にはボク達では到底敵わない巨大な魔物が回遊してることがあるんです。
ボク達が海流を使って移動するのは時短の意味もありますが、一番の理由はその巨大な魔物に襲われないようにサッサと通り抜けることです」
「ナナ兄曰く、それはフラグらしい」
「え?」
ヒナリータが指さす方向を陰キャ君も見た。
すると、海流にもみくちゃにされるナナシの近くには巨大な影が迫っているではないか。
それは近づくたびに巨大さを増し、やがて海流を飲み込まんとする巨大な口が丁度ナナシのいるあたりを捉える。
「ヒナさん、トバします! しっかり捕まっててください!」
陰キャ君はグッと尾びれを弾くと、勢いよく泳ぎ出し一度巨大な魔物を通り過ぎた。
そして、海流に突入すると、海流の力と推進力で一気に加速――巨大な魔物の口が閉じきる前に飛び込む。直後、素早く通り抜けた。
「ヒナさん、ナナシさんは!?」
「大丈夫、ちゃんとキャッチしてる」
「ひゃ~~、死ぬかと思った。サンキュー陰キャ君」
「百の善意だと思うのに名前のせいで素直に喜べない」
陰キャ君は一度海流に出ると少し遠くで待っている仲間達に合流していく。
そして、全員が揃ったことでようやく先に進める――と思ったのも束の間、まだ大きな問題が残されていたようで、その問題は海流をものともせず横断してくる。
当然、先ほど襲ってきた巨大な魔物のことだ。
「くっ、パックンタートルもしつこいですね!」
「パックンタートル?」
聞き返すヒナリータに陰キャ君は頷く。
「あの魔物の名前です。見た目の通り何でも飲み込むような巨大な口をしてる亀だからパックンタートル。
泳ぐのは遅いですが、何分図体がデカいですからどう頑張って泳いでも距離が少しずつ詰められるんです」
「つまり、逃げ切れねぇってことだろ? なら、やるしかねぇな」
「オウオウ、姉御の武勇伝がまた出来ちまうぜ!」
陰キャの弱気の発言を聞いてもなお戦意を見せたのはレイモンド&不良君コンビだった。
しかし、どうにも勝てるイメージが湧かない陰キャ君はすぐにその言葉に言い返す。
「正気ですか!? あの大きさですよ!?」
「オウオウ、姉御の言葉に文句でもあるんか!? オウ!?」
「いや、でも......」
それでも渋る陰キャ君にミュウリン&探偵君コンビとゴエモン&熱血君コンビも続く。
「バーロー、やるなら覚悟を決めろバーロー」
「大丈夫、ボクも手伝うからさ」
「心配するな。なんとかなる」
「ぶちのめせばいいだけ! だよな!?」
「皆さん.....ハァ、わかりましたよ」
最終的に皆の言葉に説得された陰キャ君。
そんな彼が最後に確認を取る相手は当然自分の主人である。
「皆さん、やる気みたいですけどそれでいいですか?」
「うん、問題ない。駄々こねるなら背びれ捥ぐところだった」
「一番幼い子は一番物騒なんだよなぁ......」
陰キャ君はヒナリータの圧力に疲れたようにため息を吐いた。
ちなみに、今の言葉はナナシに言わされたことではなく勇者本人の純度の高い威圧だったりする。
そして、ナナシが「それじゃやるか」と声をかけ、全員がパックンタートルに向かい戦闘態勢に入り戦いが始まる――その直前、パックンタートルの真横から三又の鉾が高速で飛んできて、巨大な魔物の頭部に突き刺さった。
「「「「「.......」」」」」
パックンタートルはその一撃で倒されてしまった。
そんな急展開に理解の追いつけなかった勇者一行は全員がキョトンとした顔をしていると、その鉾を放った張本人が風格を示すように悠々と近づいてくる。
「ガハハ! 随分な様になっちまったみてぇだな、テメェら!」
勇者一行の目の前に現れたのは王冠を被り、サングラスをかけた三メートルもの巨体を誇るシャチ――ドルピッグ達を率いる王シャチークだった。
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