第120話 カモネギ
「ククク、やはり水着というのは素晴らしい。魅力を引き出す万能アイテムだ。
これを作り出した者はなんという業の深き人物なのか。心より感謝を」
「なぁ、大将が気持ち悪いんだが」
「いつもの発作だ。気にするだけ無駄だ」
「ナナ兄うるさい」
砂浜で喜びを爆発させるようにぴょんぴょんと跳ねるナナシに、ヒナリータは上から見下ろしながらただただ純度の高い嫌悪の視線を向けていた。
しかし、ロリコンネズミに搭載されている自称パッシブスキル<ツンデレ>の前では無力。
その効果は威圧的な目元にほっぺが赤く染まっているかのような幻覚を付与できるのだ。
よって、どうしようもないロリコンネズミにはその視線すらある種のご褒美となる。
「ヒャッハー! これだからロリを愛でることは止められねぇ!
可愛いは世界遺産! 可愛い愛護団体があればすぐさまCEOになってやるぜ!」
「黙れ」
いい加減道化師が道化をやり過ぎているのがウザったく感じてきたヒナリータは、小さな足でナナシを踏みつけて動けなくさせる。
おだてるだけおだてておいて本当のことは何も言わない。
本当にムカつくどうしようもない変態の兄である。
「ぐへぇ、ぐ、苦しい......ひ、ヒナちゃん、これ思ったより息できないよ。
調子乗ったの謝るから助けて......だめ、それ以上グリグリされたら出ちゃいけないもの出る。
ミュウリン様、どうかこの憐れなネズミをお助けください」
「自業自得だから、たくさんのヒナちゃんからの想いを受け止めて上げて」
「想いどころか質の高い殺意......ぐぉ、苦しい......」
憐れなネズミの行動はついには慈愛のミュウリンの助けすらも失ってしまった。
自分が行ったことが罰として返ってくる。よって、人には優しくしよう。
懲らしめられたネズミをよそにヒナリータ達は楽しく遊びましたとさ、めでたしめでたし。
「あ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ.......!」
となることもなく、ヒナリータの小さな足で圧死するはずだったナナシの体にこちょこちょとこそばゆい感覚が駆け巡る。それを行っているのは当然少女だ。
少女は足の指先を器用に動かして憐れな小動物にくすぐりという罰で許すことにしたのだ。
「アハハハ! もう、やめ、腹がきつ.......ハハハハ!」
「......」
何かを感じているのか分からないがひたすら笑っているナナシを見つめながら、無心でくすぐり続けるヒナリータ。
そんな少女の横からミュウリンが話の流れを変えるように話しかけた。
「そういえば、ヒナちゃんは猫人族だけど水に入っても大丈夫なの?」
「若干の苦手意識はあるけど大丈夫。ベースが人間だから濡れても問題ない」
「そっか。それじゃ、一緒に海へゴー!」
ミュウリンはヒナリータの手を掴むと波打ち際へと走り始める。
そして、二人は押し寄せては帰って行く波の冷たさにワーキャー、妹に至っては初めての海に年相応に目を輝かせた。
そんな光景を保護者目線をするゴエモンとレイモンドが優しく見守り、ついでにくすぐられ続けてピクピクしているネズミを突いては一応安否を確かめたのだった。
それから、追加派遣で来るだろうドルピッグ達を待つ間、勇者一行はビーチ遊びを楽しみ始める。
例えば、ビーチフラッグをしたり、砂浜で城を共同で作ったり、ナナシとゴエモンに砂をかけて埋めたり。
そんなこんなで時間を過ごしていると、突然ヒナリータの耳がピクッと動いた。
勇者がビーチボールを両手に持ちながらとある方向に視線を向け、「来た」と言えば仲間達が警戒態勢に入る。
そんな勇者一行の視線の先――数メートル奥の海面には四つの背びれが浅瀬に向かっている。
そして、浜辺まであと三メートルと言う所で、四つの背びれは一斉に海面を飛び出し、浜辺へと降り立った。
「オウオウ、やっとたどり着いたぜ。ったく、仲間は何をサボってんだか......ん? アレって精霊か?」
「バーロー、精霊があんな姿をするわけないだろ。あれが恐らく勇者だ。
ってことは仲間は勇者達に倒された可能性が高いバーロー」
「つまり、勇者を倒せはオレの方が強い! そうだよな!?」
「え、あ、うん......そうかもですね?」
浜辺に現れた四体のドルピッグ達は勇者一行を見るとそれぞれ言葉を発した。
そんなドルピッグ達は個性的な格好をしていて、一体があるはずのない髪でできたリーゼントにサングラス、一体が探偵のようなベレー帽にサングラス、一体がハチマキにサングラス、一体が眼鏡といった格好だ。
ちなみに、眼鏡をかけてるドルピッグから目が意外とつぶらな瞳をしてるらしい。
そんなドルピッグ達を見て、腕を組んでいるレイモンドは最初に見たドルピッグ達から思っていた疑問を口にし出した。
「なぁ、昨日から気になってたんだが、やっぱアイツらの格好おかしくないか?
目にかけているあの黒塗りの眼鏡もそうだしよ、帽子ならいざ知らずヅラ被ってるぞ」
「それはたぶんこの世界のルールを構築した知識が影響してるんじゃないか?
少なくともあのサングラスはこの世界に存在しない代物だからね」
「あの黒塗りの眼鏡のことサングラスっつーのか」
異世界からの召喚者であるナナシが疑問に答えてくれたことでスッキリした表情のレイモンド。
となれば、次に思い浮かぶ疑問はこの世界は異世界人が構築したのかということだが、今は目の前に現れた敵に集中すべきだろう。
それに勇者一行はずっとこの時を待ちわびていたのだ。しかも、都合のいいことに四体も。
というのも、これから向かう場所は海と言うにもかかわらず、海での移動手段がなかったのだ。
水中バッジがある以上呼吸の心配はないが、水中を自由に動けても魚のように自在に泳げるわけではない。
ましてや、これまで戦ってきた敵はイルカのフォルム。
つまり、これまでの戦闘は陸上というアドバンテージを得ていたから楽に戦えていたが、水中ではむしろドルピッグ達に敗北する可能性の方が高いのだ。
他の手として、水の精霊に頼む手もあったが、脅威である水の精霊は全員捉えられてしまったらしい。
そういった理由で、どうにかして最低でも海中のドルピッグ達と同等の速度を出したい。
ならば簡単だ――その魔物を乗り物にしてしまえばいい。
「さぁ、ワイルドボアがサクサク草を加えてやってきた。ヒナちゃん、どうするよ?」
「もちろん......狩る」
「いや、狩っちゃダメだよ。捕まえないと」
少々殺意の高いヒナリータが先陣切って走り出すと、仲間達もその後ろに続いた。
そんな勇者一行の行動にドルピッグ達も戦闘態勢に入る。
「オウオウ、やろうってんかい! なら、こっちも遠慮......なく――」
「バーロー、お前らがオレの相手になる......かバ――」
最初こそやる気になっていたリーゼントドルピッグと探偵ドルピッグだったが、目の前から近づいてくる猛烈な気迫に圧されていく。
それは残り二体も同じ気持ちだったのかハチマキドルピッグは力強く言った。
「......うん、コイツは勝てないな! だよな!?」
「あわわわわ、なら、逃げなきゃ......あ――」
そして、四体のドルピッグは目の前に現れた死神にすら見える勇者一行に戦意喪失されるまでボコボコにされた。
この時、その魔物達は誓ったという――勇者一行に逆らわないことを。
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