第12話 密かに迫る悪意
「ん~、今日もいい朝だ~」
ナナシ、起床。
今日も今日とて、日銭稼ぎの一日が始まるかと思いきや、今日は少し違った。
「むにゃむにゃ......すーすー」
隣のベッドでいつもなら少し前に起きてベットの上でうだうだしているはずのミュウリンが珍しく未だ寝ていたのだ。
そんな彼女はへそ出しヘソ天しながら気持ちよく寝ている。
その格好は女の子としては少しだらしないだろう。
しかし、こんなにも気持ちよく寝ているのなら、起こすのはなんだか申し訳ない。
それはそれとして、ミュウリンのこういう姿を寝顔を見ることは珍しい。
「......」
ナナシの右手がそっと動く。
すかさず彼は左手で右手を抑えるが、まるで右手に封じる邪神が暴れるがごとく暴れるではないか。
その答えは一つ。とある気持ちに支配されていたからだ。
あのほっぺをプニプニしたい、というナナシの欲である。
人差し指を押し込めば、沈み込むように凹むだろう。
感触はモチっとしていて、摘んで伸ばせば伸びそうだ。
柔らかい謎物体Xがそこにある。
謎は男のロマンだ。確かめれるのなら確かめたい。
しかし、発生するのは倫理観の壁。
寝ている少女ににイタズラするのは如何なものか。
見た目の幼さも相まって、犯罪臭が半端ない。
「......やめよう。非常に悔しいが、やめよう」
湧き上がる衝動を必死に抑え、己を自制する。
欲をコントロールするのができる男のなせる技。
道化師であってもモラルは大事なのだ。
「触りたい~?」
突然聞こえた甘美な言葉。
ハッと声に顔を向ければ、掛け布団を抱き枕にしているミュウリンがいた。
微睡みを含む目を開けながら、ナナシをじっと見ている。少しだけ色っぽい。
ドキリンコとナナシの胸が鳴る。
まさか自分の欲が暴走しかけた姿が見られていたとは。
それに年上としてなんとも恥ずかしい限りだ。
それはそれとして、今の言葉はどういう意味でしょうか?
「ミュウリン、今のは......?」
ミュウリンは掛け布団に顔を半分埋めながらふにゃふにゃした口調で答えた。
「ん~? そのままの意味だよ~。なんだか右手が近かったから触りたかったのかなって~。何をしようとしてたの~?」
「そ、れは......頬を少し触ってみたいなーと」
ナナシは恥ずかしがりながらも正直に白状した。
あれほど魅力的なものに誘われない男はいないだろう。
すると、ミュウリンは目を細めて、ナナシを見る。
彼女の頬を赤くなってもその視線だけは外れることがなかった。
「ふーん、そっか......えへへ、えっち~」
「ギャバババババアアアアァァァァ!」
ナナシ、突如立ち上がれば、窓へダイブ。
瞬間、バリンとガラスが飛び散る。
そのまま二階の高さから通りへ落ちたんだ。
突然、宿屋から男が降ってきたことに住民は驚きが隠せない。
そして、ナナシが仰向けで寝ている所に、心配して一人の男が駆け寄る。
「おい、あんた大丈夫か!?」
鼻から血を流しているナナシは、今にも死にそうな顔で力なく言った。
「可愛いかよ......」
「は?」
ガクッと首を横向けるナナシ。
享年二十二歳。死因、尊死。
気持ちの良い朝の出来事であった。
******
ナナシ達がいる街の近くの森はラトラフ森林と呼ばれる。
その森には多種多様な魔物が住み、また森の深層と呼ばれる部分には大きな深穴がある。
その深穴は神話時代と呼ばれる大昔に大暴れしていたドラゴンを鎮めるため、神の一柱が落とした裁きの雷の跡とされている。
そんな神話の言い伝えも今ではありふれた昔話の一つでしかないが、それでもその深穴に行くのはやめた方がいいとされていた。
なぜなら、そこには未だドラゴンが生きており、神への恨みを晴らそうと力を蓄えているからだと。
「だが、そんな噂話にも満たない話を信じて前に進まないってのは冒険者とは思えないよな? お前達もそう思うだろ?」
頭がツルっとしたスキンヘッドの大男バルステンは顔だけ振り返り言った。
その横では彼の仲間である剣士トリューと魔術師セイクがいる。
彼らがいるのは森の中層部と深層部との境界線付近。
森の深層部への侵入許可は、本来銀ランクほどのベテラン冒険者パーティの実力差がなければいけない。
しかし、バルステン達は赤ランクだ。もちろん、無許可での侵入である。
森の深層部への侵入に対して冒険者ギルドが厳密な対策がしてるわけではない。
広大な森を全て規制することは不可能。
加えて、森への侵入許可は冒険者ギルドでは少し意味が異なる。
本来、それらの許可は「危ない」からが一般的だが、冒険者ギルドの意味合いは「生きて帰って来れる」である。
故に、規制区域を設けているわけでもないため、バルステン達のような冒険者ギルドからの信用度が低い連中が人目を盗んで入ることはよくあるのだ。
そういう侵入は大抵実力を過信して一旗揚げるものだが、今回バルステン達が侵入したのは違った。
それはバルステンが話しかけた相手が原因だ。
「僕達に何をするつもりだ」
バルステンの言葉に答えたのはウェインだ。
彼の他にもユーリとカエサルの姿もある。
三人の身体はどころどころ切り傷やあざがあり、一方的な暴行を受けたような様子だ。
すると、ウェインを見ながら、バルステンは鼻で笑う。
「決まってるだろ。お前達をこれから森の深層部に連れて行く。
雑魚のくせに俺に突っかかってきた罰であり、魔族と仲良くしようとかいう人類の敵だからな」
「俺達は別にあんたらが魔族と仲良くしろとか言ってねぇだろ。
そういう連中もいるってことを認識として置いて欲しかっただけだ」
カエサルがギリッと睨んだ。
歯を食いしばり、活路を見出そうと手首を擦り合わせる。
しかし、思いのほかキッチリ結ばれているのか手首が縄で擦れるばかり。
ウェイン達は全員身に付けていた武器は剝がされている。
魔法でどうにかしようにも手首につけられてる魔封じの腕輪が邪魔で魔法が使えない。
「それが魔族と仲良しこよしをしようとしてるってことじゃねぇか」
「それに魔族は金づるだ。あんな美味しい獲物を見逃す方がどうかしてる」
トリューとセイクがそれぞれ答えた。
そんな心無い言葉に腹を立てるウェインだが、縄で繋がれてる以上怒らせるのは得策ではない。
なにより、ウェイン達の武器はバルステン達が持ってる。
「それで私達を後ろからつけて狙った理由ですか。
だったら、私達を魔族の仲間として聖王教会に出さないのはなぜですか?」
聖王教会とは、捕縛された魔族を回収している専門機関だ。
集められた魔族がどうなっているかは、教会の一部の人物しか知らない言わばブラックボックスである。
「あそこは手続きが面倒なんだよ。
いちいち冒険者カードの提示やら過去の犯罪歴やら調べられてな。
だから、別の方法で稼ぐことにした」
バルステンの発言にウェインは眉を寄せた。
「別の方法?」
「最近この森で縄張りが変化したことは知ってるか?
魔物の縄張りは滅多なことじゃ変化しないが、逆に変化することがあったならそれは冒険者にとっても大きな危機が迫ってる前兆だ」
「ま、まさか......!」
「あぁ、未知の情報の調査報酬は凄まじい。
だが、当然未知の情報を得るには危険が伴う。
というわけで、テメェらの出番だ。
お前らには囮になってもらう」
バルステンは立ち止まり、盛大な悪人面を見せる。
「魔物は魔族が生み出したとされる生き物。
魔族と仲良しごっこするテメェらには最高の相手じゃねぇか!
せいぜい骨の髄までしゃぶられて胃袋の中で仲良くしてな!」
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