第119話 結果的にネズミの思い通り
「さぁ、ゴエモン! 海と言えば何だ?」
「クックック、そんなの決まってんじゃねぇか!
白い砂浜、煌めく大海原、そしてギラギラと輝く太陽!」
瞬間、ナナシとゴエモンは互いに目線を合わせ、コクリと頷き同時に叫んだ。
「絶好の水着鑑賞日和ー!」「絶好の筋力増強日和ー!」
「「......え?」」
一夜明けて翌日、勇者一行は砂浜にやって来ていた。
空一面に真っ青の絵の具が塗られたような景色の中でアホなテンションをしているのがゴエモンという顎髭の男とナナシという小動物である。
意見が一致してしかべるべきタイミングで全く違うことを言う二人。
互いに互いの意見が正しいと思っているのか「何言ってんだコイツ」という目で見つめ合ってる模様。先ほどの頷きは一体何を理解しあったというのか。
そんなアホな仲間を見て呆れた様子のレイモンドと、楽しそうなことをやってる光景を微笑ましく見るミュウリン、そして特定の小動物に対してジト目を送るヒナリータが近づいてきた。
少女はどうしようもない小動物を見ると一先ず先ほどの叫びに対して聞いた。
「何言ってるの?」
その言葉にナナシは「よくぞ聞いてくれました!」と腕を組みながら自信満々にしゃべり始める。
「いいかい、ヒナちゃん。俺達は今砂浜に来ている。そして、目の前には広大な海。
ここに来たということは当然やるべきことは一つ。遊ぶことだ。
だが、ここで遊ぶならそれなりに相応しい正装をしないといけない」
「よって?」
「ヒナちゃんの水着が見たい☆」
キラーンというSEが入りそうなドヤ顔をするナナシに対し、ヒナリータは素早くどうしようもない小動物の背後に回り込み、小さな体を両手で抑え込んだ。
そして、慣れた手つきで近くに落ちていた棒とレイモンドから渡された紐で繋ぎ合わせれば――完成! ナナシ(がエサの)釣竿!
殺意の波動に目覚めた少女は思いっきり釣竿を遠くへ投げ飛ばそうとする。
そのあまりに躊躇いのない行動にはナナシも「嫌ー! 助けてー!」と叫ぶほどだ。
しかし、少女が思う正当な行動はゴエモンによって止められた。
「待て待て嬢ちゃん! 落ち着け!」
「ご、ゴエモン.......っ!」
「おじさんどいて。ナナ兄を投げれない」
それでもなお投げようとする姿勢を止めないヒナリータにゴエモンは深く頷いた。
「わかる、気持ちはわかるぞ。何の疑いようもなく純度百パーセントでこの大将が悪いことは俺も重々理解している」
「ゴエモン......?」
「だが、それでもここは落ち着いてくれ。大将はまだ何かしたわけじゃない」
「そうだ! 俺は純粋な気持ちでレアリティSSSは確定のヒナちゃんの水着姿が見たいだけだ! この宣言は断じて曲げない!」
「大将は黙っててくれ」
「......やはり変態は死すべし」
ナナシの余計な言葉がただでさえ盛んに燃え上がっているヒナリータの怒りの炎に油をぶちまける行為になり、結果として少女の行動の正当性が増々上がり始めた。
そんな状況を作り出したどうしようもない小動物はあろうことか情けなくミュウリンに助けを求め始める。
今にも投げ込まれてもおかしくない状況の中、混じりっけなくナナシが悪いと知りつつも慈愛のミュウリンはどうしようもない小動物のために動き出した。
「もう困ったさんだな~、ナナシさんは。だ・け・ど、実はそれにボクも一枚噛んでたりするんだよね」
「?」
ミュウリンの言葉に疑問を感じたヒナリータは一時的に行動を止め、姉の行動を観察し始める。
すると、姉はナナシの魔法袋からサッと一つの衣服を取り出した。
「じゃじゃ~ん、ヒナちゃんに似合いそうな水着を宿から見つけてました~!
実の所ね、ボクもナナシさんと気持ちは似通ってて、ヒナちゃんには海を楽しんで欲しいって思ってたの。ほら、ボク達はこんな格好で着れないし」
「ミュ、ミュウ姉......まさかミュウ姉もそっち側だったなんて......」
ブルータスお前もか! と言わんばかりにショックを受けるヒナリータ。
少女にとってミュウリンだけが嘘をつかず慈愛で包み込んでくれる絶対神のような存在であった。
しかし、それがこんな変態ネズミに汚されてしまうなんて!
「な、なんかヒナちゃんの視線がめっちゃ怖いんだけど......」
「自業自得だな」
不俱戴天の仇のような目線をヒナリータから送られるナナシ。
もはや少女の目に映るのは兄でもなんでもない。ただの敵だ。
そんな妙な雰囲気が形成される中、状況を察しているレイモンドはため息を吐いて少女に声をかけた。
「まぁ、落ち着けって。そもそも本当の理由を言ってないナナシが悪いんだし」
「本当の理由?」
首を傾げるヒナリータから訝し気な目線を送られることに若干のショックを受けながらも、レイモンドは説明を始めた。
「昨日も話したナナシの言葉だ。昨日作戦があるとか言いながら勿体ぶって言わなかっただろ? それが今の状況に繋がって来る」
「どういうこと?」
「あくまで本人に確認取ったわけじゃないからここからは推測だが......昨日居た魔物はこの村から精霊の実を貰いに来てた。
だが、オレ達が倒したことで精霊の実を貰うことは叶わなくなった。
ここで重要なのは倒したということだ。その場合、敵側にとって困ることは?」
その言葉にヒナリータは顎に手を当てて少し考えると答えた。
「わからないこと......?」
「あぁ、その通りだ。精霊の実が受け取る受け取らないにかかわらず、それは必ず報告があって敵側はようやく状況を知れる。
しかし、その派遣された魔物をオレ達が倒したことで、情報が得れなくなってしまった。
となれば、次に敵側が取る行動は何だと思う?」
「......もう一度魔物を村に送る」
「いいぞ、よくわかってるじゃねぇか。一度だけじゃ偶然かもしれねぇが、二度目からは偶然じゃなくなる可能性はグッと高まる。
そんな新たに派遣された奴らがここにやってきて最初に見た存在がオレ達だったら?」
相手はビッグウォーター村をナワバリと言っている連中である。
加えて、相手は精霊ですらない存在。当然、敵意は砂浜にいる勇者一行に向く。
同時に気付くはずだ――先に精霊の実を回収に行った仲間達が帰ってこない理由を。
ヒナリータはレイモンドの問いかけに答えることは無かった。
しかし、言いたい意味は理解したのかすぐさま視線は小動物に向かう。
「ただまぁ、奴らがいつ来るかわからないってのが問題でな。時間ってのは結構厄介な相手なんだ。
いつまでも周囲を神経張って警戒モードじゃ、いざって時に疲れて十分な力が発揮できないこともある。
ってわけで、遊んで時間を潰すのが丁度いいのさ。
ついでに言えば、襲撃が来てもすぐに気づける連中ばかりだしな」
と、いうのがナナシの真意だとレイモンドは述べる。
その言葉に対し、ヒナリータはナナシに駆け寄り「そうなの?」と問いただした。
しかし、小動物は顔を背けて「チガウヨ。ヒナチャンノ水着見タカッタダケダヨ」と答えるのみ。
恐らく事実であろうことを認めない小動物に対し、少女は別の切り口から攻めることにした。
「答えたら水着着る」
「はい、その通りです。反論の余地もございませ――ぐへぇ」
正直に答えたらヒナリータに両手で首を絞めつけられるナナシ。
少女はじーっと小動物を見つめながらため息を吐く。
「......次からはちゃんと答える。いい?」
「わ、わかりました」
どうやらこの一見でヒナリータはナナシの扱い方を理解してきたようだ。
いずれこの憐れでどうしようもない小動物が少女に手玉に取られる日もそう遠くないのかもしれない。
その後、少女が恥ずかしがる様子も無く堂々と水着を着て砂浜に登場すれば、「天使が現れたぞー! いや、小悪魔でもいい! 可愛さが無限大だー!」とロリコンネズミは大歓喜したという。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)